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その十二 大量の窓
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「マリー様。また、お菓子をいただきました!」
「あ……ありがたいわ。みなさまが戻られたら一緒にいただこうね」
コレットから焼菓子が入ったバスケットを渡される。
困った。これで三日連続、お菓子をいただいてしまった。
お菓子の送り主は青年コックのマルク。
コレットが朝食の給仕で下げられたお皿を洗っていると、お菓子を渡されるのだという。
私はバスケットをテーブルに置くと厨房へ向かった。
ただ受け取るだけはさすがに気が引けるからだ。
「マルクへお礼を言ってきたわ」
「お手数をおかけしました」
言葉とは裏腹にコレットがにやにやしている。
彼女にはうっかり素敵な幼馴染みがいるんだと、ウィルの存在を漏らしてしまった。
意中の人がいるとバレている訳で。
なので別の人から良くされて、困っている私が面白いらしい。
もちろん私は下位とはいえ貴族出身なので、平民のマルクとはどうなる気もない。
彼も「失っていた仕事の意欲を取り戻せたお礼です」と言っているのだけど。
スザンヌ様もジゼル様も平民の男性には興味がないけど、ふたりの反応は微妙に違った。
スザンヌ様がテーブルに置かれたバスケットを見て眉を寄せる。
「マリー。あなた、少し勘違いしていますね?」
彼女は単純に、見目のよい男性が私に対して好意的なのが気に入らない様子だ。
「まあまあ、スザンヌ。お陰で王族のみなさまと同じ、手の込んだお菓子をいただけますし。いいではありませんか」
ジゼル様は洗い物を頑張ったあの日から、少し優しくなった。
私の仕事内容は相変わらず掃除ばかりだけど、時間を早める魔法が使えるようになったので、少しくらい仕事が多くてもなんとかできる。
そう思えるだけで気が楽なのだ。
「ジゼル様。先程マチルド様から伝言を預かりました。王城の廊下の窓が汚れているので綺麗にするように、とのことです」
「そ、それは早く掃除をしなければなりません! 今日か明日にでも」
スザンヌ様の報告にジゼル様が慌てた。
どうやらマチルド様の指示のようだ。
「でも困りました。今日は、二か月後に控えた『新年を祝う会』の打ち合わせがあるのです」
『新年を祝う会』はこの国で最も重要な夜会。
年の初めに開かれる最大の夜会で、王族が重大な発表をすることが多い。
今年は第一王子様がご婚約を発表されるとの噂だ。
ジゼル様がじっと私を見つめている。
これは、私が窓拭きをすると手を上げるのを待っているわね。
仕方ない。ここは下位貴族の孫娘が頑張りましょう!
「私が窓を掃除します」
「まあ、マリー。助かりますわ」
ジゼル様は私から期待の答えが引き出せたので、上機嫌になった。
一方、スザンヌ様も何やら妙に笑顔だ。
「場所は王城の会議室が並ぶ、二階の廊下です」
「え、あそこですか⁉」
窓自体は脚立を使えば問題なく拭ける。
私が驚いたのはその場所。
よりによって、真っすぐ伸びた長大な廊下なのだ。
「あの廊下の全ての窓だとマチルド様はおっしゃいましたよ」
「ぜ、全部ですかっ!」
数十枚ではきかない窓の枚数。
たぶん百枚近くあるだろう。
確かにあまり掃除されていないけど、マチルド様はなんだってあんな場所を……。
スザンヌ様は、さも愉快そうに口のはしを上げる。
「マチルド様が明日の朝には再度登城されるそうなので、それまでにお願いします」
「あ、明日の朝……」
「今度は王城の廊下なので平民が目立つのは困ります。コレットに手伝わせることはダメですよ」
「あ、あの廊下の窓全部を明日までにですか⁉」
「ほかに手の空いている者などいませんし」
自分でやるって手を上げたけど、私だって手が空いている訳じゃない。
声を出して言いたかったけど、グッとこらえる。
ジゼル様が「お願いね」と言って部屋を出るとき、あとに続くスザンヌ様が私を見てニヤリと笑った。
(これ、たぶん私への嫌がらせだ)
マチルド様はそもそも私を相手にしていないので、彼女が考えたことではないと思う。
きっとスザンヌ様がマチルド様を焚きつけたんだ。
ジゼル様が問題を抱えれば、そのしわ寄せは私へと向かう。
お皿洗いのときの仕返しかも知れない。
もし私が窓ふきを終えられなかったら、ジゼル様がマチルド様に叱責される。
それではジゼル様が困ることになるし、結局私も責任を追及されてしまう。
時間はもう昼過ぎ。
普通にやったら、明るいうちに終わる訳がない。
夜も寝ないでやるなら、終わるだろうけど……夜の王城は結構暗い。
コレットが点ける燭台の灯りだけで窓掃除をするのは困難だし、脚立作業なので危ない。
なんとか明るいうちに終わらせないと。
私はほこり避けの三角巾で頭を包んでエプロンを着けると、バケツと窓ふきの布と脚立を持って王城へ向かった。
「時間よ早まれ。アート!」
廊下の一番はしに到着すると、迷うことなく自分に魔法をかけた。
自分の体から緋色の光が放たれる。
それから一心不乱に窓を掃除した。
脚立を窓の下に掛け、すすいだ布で水拭きして別の布で乾拭きする。
脚立を下り、次の窓の下へバケツを移動させ、脚立を移動させて次の窓を拭くの繰り返し。
マルクからもらったお菓子を食べに、休憩室へ戻る暇なんてない。
少しも休まずに、ただひたすら窓を拭き続けて、ようやく廊下の半分くらいまできた。
体感で四時間くらい。本来の時間経過は半分の二時間くらいかな。
「ねえ、君!」
脚立からおりたところで、急に背後から声をかけられた。
「あ……ありがたいわ。みなさまが戻られたら一緒にいただこうね」
コレットから焼菓子が入ったバスケットを渡される。
困った。これで三日連続、お菓子をいただいてしまった。
お菓子の送り主は青年コックのマルク。
コレットが朝食の給仕で下げられたお皿を洗っていると、お菓子を渡されるのだという。
私はバスケットをテーブルに置くと厨房へ向かった。
ただ受け取るだけはさすがに気が引けるからだ。
「マルクへお礼を言ってきたわ」
「お手数をおかけしました」
言葉とは裏腹にコレットがにやにやしている。
彼女にはうっかり素敵な幼馴染みがいるんだと、ウィルの存在を漏らしてしまった。
意中の人がいるとバレている訳で。
なので別の人から良くされて、困っている私が面白いらしい。
もちろん私は下位とはいえ貴族出身なので、平民のマルクとはどうなる気もない。
彼も「失っていた仕事の意欲を取り戻せたお礼です」と言っているのだけど。
スザンヌ様もジゼル様も平民の男性には興味がないけど、ふたりの反応は微妙に違った。
スザンヌ様がテーブルに置かれたバスケットを見て眉を寄せる。
「マリー。あなた、少し勘違いしていますね?」
彼女は単純に、見目のよい男性が私に対して好意的なのが気に入らない様子だ。
「まあまあ、スザンヌ。お陰で王族のみなさまと同じ、手の込んだお菓子をいただけますし。いいではありませんか」
ジゼル様は洗い物を頑張ったあの日から、少し優しくなった。
私の仕事内容は相変わらず掃除ばかりだけど、時間を早める魔法が使えるようになったので、少しくらい仕事が多くてもなんとかできる。
そう思えるだけで気が楽なのだ。
「ジゼル様。先程マチルド様から伝言を預かりました。王城の廊下の窓が汚れているので綺麗にするように、とのことです」
「そ、それは早く掃除をしなければなりません! 今日か明日にでも」
スザンヌ様の報告にジゼル様が慌てた。
どうやらマチルド様の指示のようだ。
「でも困りました。今日は、二か月後に控えた『新年を祝う会』の打ち合わせがあるのです」
『新年を祝う会』はこの国で最も重要な夜会。
年の初めに開かれる最大の夜会で、王族が重大な発表をすることが多い。
今年は第一王子様がご婚約を発表されるとの噂だ。
ジゼル様がじっと私を見つめている。
これは、私が窓拭きをすると手を上げるのを待っているわね。
仕方ない。ここは下位貴族の孫娘が頑張りましょう!
「私が窓を掃除します」
「まあ、マリー。助かりますわ」
ジゼル様は私から期待の答えが引き出せたので、上機嫌になった。
一方、スザンヌ様も何やら妙に笑顔だ。
「場所は王城の会議室が並ぶ、二階の廊下です」
「え、あそこですか⁉」
窓自体は脚立を使えば問題なく拭ける。
私が驚いたのはその場所。
よりによって、真っすぐ伸びた長大な廊下なのだ。
「あの廊下の全ての窓だとマチルド様はおっしゃいましたよ」
「ぜ、全部ですかっ!」
数十枚ではきかない窓の枚数。
たぶん百枚近くあるだろう。
確かにあまり掃除されていないけど、マチルド様はなんだってあんな場所を……。
スザンヌ様は、さも愉快そうに口のはしを上げる。
「マチルド様が明日の朝には再度登城されるそうなので、それまでにお願いします」
「あ、明日の朝……」
「今度は王城の廊下なので平民が目立つのは困ります。コレットに手伝わせることはダメですよ」
「あ、あの廊下の窓全部を明日までにですか⁉」
「ほかに手の空いている者などいませんし」
自分でやるって手を上げたけど、私だって手が空いている訳じゃない。
声を出して言いたかったけど、グッとこらえる。
ジゼル様が「お願いね」と言って部屋を出るとき、あとに続くスザンヌ様が私を見てニヤリと笑った。
(これ、たぶん私への嫌がらせだ)
マチルド様はそもそも私を相手にしていないので、彼女が考えたことではないと思う。
きっとスザンヌ様がマチルド様を焚きつけたんだ。
ジゼル様が問題を抱えれば、そのしわ寄せは私へと向かう。
お皿洗いのときの仕返しかも知れない。
もし私が窓ふきを終えられなかったら、ジゼル様がマチルド様に叱責される。
それではジゼル様が困ることになるし、結局私も責任を追及されてしまう。
時間はもう昼過ぎ。
普通にやったら、明るいうちに終わる訳がない。
夜も寝ないでやるなら、終わるだろうけど……夜の王城は結構暗い。
コレットが点ける燭台の灯りだけで窓掃除をするのは困難だし、脚立作業なので危ない。
なんとか明るいうちに終わらせないと。
私はほこり避けの三角巾で頭を包んでエプロンを着けると、バケツと窓ふきの布と脚立を持って王城へ向かった。
「時間よ早まれ。アート!」
廊下の一番はしに到着すると、迷うことなく自分に魔法をかけた。
自分の体から緋色の光が放たれる。
それから一心不乱に窓を掃除した。
脚立を窓の下に掛け、すすいだ布で水拭きして別の布で乾拭きする。
脚立を下り、次の窓の下へバケツを移動させ、脚立を移動させて次の窓を拭くの繰り返し。
マルクからもらったお菓子を食べに、休憩室へ戻る暇なんてない。
少しも休まずに、ただひたすら窓を拭き続けて、ようやく廊下の半分くらいまできた。
体感で四時間くらい。本来の時間経過は半分の二時間くらいかな。
「ねえ、君!」
脚立からおりたところで、急に背後から声をかけられた。
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