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その十   超速皿洗い

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 すぐに周りの動きがゆっくりになる。

 厨房で立ち働くコックたちも、会場からお皿を下げて来るメイドたちも、後ろでお皿の水分を拭き取るコレットも、みんなの動きが遅くなった。

 私は腕や体から緋色の輝きを放ちながら、必死に洗い物をこなす。

 普通に洗ったら、コレットの早さには及ばない。
 でもいまは魔法で私だけ時間が早まっているので、格段に洗浄スピードが早い。

 会場から下げて来るお皿よりも洗うお皿の方が多いので、少しずつお皿の山が減っていく。
 しばらくしてようやく、目の前にあった皿の山がなくなった。

 今度はコレットの拭き取り作業もサポートする。
 私だけ、食器洗いと拭き取りの二刀流だ。

 最後に届いた食器を速攻で片づけて、私たちの仕事は早々に終わった。

 魔法を止めるため、胸に手を当てて「元に戻れ」と念じる。
 私の体からは緋色の輝きがなくなり、周りの動くスピードが元の早さに戻った。

 ふと視線を感じると、厨房で片づけをしていた青年コックが、先に洗い物を終えた私たちを見てビックリしていた。
 彼の視線にちょっと嬉しくなりながら、協力して頑張ったコレットと互いを慰労する。

「なんとか、コレットが灯りを点けてまわる時間の前に終わったわね」
「こんなこと初めてです! いつもなら灯りを点けてまわった後も、戻ってお皿洗いをしてたんですよ」

「まさか、スザンヌ様も一緒に残業したの?」
「いえ、私だけ残ってやってました」

 当然そうなるだろう。
 たまにとはいえ、貴族令嬢が洗い物をするだけでも頑張っている方である。

(平民のコレットに負担がいくのは仕方ないか)

 コレットが王城の灯りを点けに行ったので、私は休憩室に戻った。
 一息ついたところで、ジゼル様とスザンヌ様が戻ってくる。

 彼女たちも給仕が終わったようで、とても疲れた様子だ。

「私たちの片づけは終わりましたわ。マリー、手首の具合はどうです?」
「ちょっと、あなた何サボってるんですか⁉ さっさと洗い物をやりなさい!」

 ジゼル様は手首を心配してくれたが、スザンヌ様は洗い物をサボるなと決めつけた。

「もう終わりました」

 私が短く答えると、ジゼル様は困った顔をする。

「マリー。終わったというのは、さすがに無理がありましてよ。でもまあ、あなたは手首が治ったばかりですし、少しくらい休憩しても……」
「またジゼル様は甘いことを! マリー! あんな大量の皿をこんなに早く洗える訳がないでしょう!」

 スザンヌ様が私を指さして、厳しい目つきで睨む。
 確かにあの量の洗い物が、会場の片づけより早く終わることはありえないだろう。
 普通では。

「ちゃんと終わりました」
「……。百歩譲って終わったとしても、この短時間じゃ丁寧にしていないわね!」

「丁寧にやりました」
「まだ言うんですか? なら、洗い場へ見に行きますよ? いいんですか?」

「はい、スザンヌ様」
「ああそうっ! もしも全部を丁寧に洗っていなかったら……酷いですからね?」

 ジゼル様とスザンヌ様と私の三人で厨房へ向かう。
 先に到着したふたりが、片づいた洗い場を見て動きを止めた。
 整然と片づけられた大量の食器に、ジゼル様とスザンヌ様が目を丸くしている。

「ス、スザンヌ。ちゃんと終わっていますわよ!」
「ま、まさか、本当に終わっているなんて……。いいえ、仕事が丁寧かどうかをいまから確認します!」

 スザンヌ様はそう言って食器を調べ始めた。
 私が後ろで様子を見ていると、床を掃除していた青年コックが私に近寄ってくる。

「あの、コックのマルクと申します! あなた様のお名前を教えていただけませんか? 今日、コレットと一緒に洗い場をされていましたよね?」
「マリーです。マリー・シュバリエと申します」

 このマルクという青年コック、実は貴族令嬢たちに人気があるらしい。
 身分が平民なため貴族の婚約候補にはならない。
 しかし「優し気な笑顔が素敵」とか「彼が貴族の令息ならば」とよく話題にのぼる。

「マリー様とおっしゃるんですね! あなた様の作業の早さ、そして仕事の丁寧さには驚きました!」
「いえ、ただ必死だっただけですから」

 私は冷静に返したけど、マルクは頬を赤くして興奮気味だ。

「あまりに凄い仕事ぶりで、マリー様が光り輝いて見えたのです。銀色の髪が輝くお姿はまるで、仕事の女神トラヴァイエ様のようでした!」
「し、仕事の女神様だなんてっ! あ、ごめんなさい、マルク。いま、取り込み中なの」

 人気のある彼にあまり褒められるとやっかみを受けるので、やんわりと話を終わらせる。
 すると彼は「そうかマリー様というのか」とぶつぶつ言いながら、自分の仕事に戻っていった。

 本当は魔法で光っていたのだけど、ややこしいので説明するのはやめた。

 スザンヌ様は納得がいかないのか、ほかのお皿をいくつも出して汚れをチェックしている。

「どれも綺麗だわ……。なぜこんなに早く……。コレットもあれ以上早く洗えないはずなのに」
「洗浄は私が必死にやりました」

 これまでコレットが手を抜いていたと思われたらマズいので、私が洗浄したと伝える。
 するとジゼル様が口を開けて驚く。

「マリー、あなたが水仕事をしたのですか⁉ コレットには水分の拭き取りをさせて? しかも、彼女より洗うのが早いだなんて……」

 スザンヌ様も水洗いはしないようで目をむいている。

「ま、まさか水仕事の方をするなんて……」

 ふたりの態度は対照的で、ジゼル様は楽しそうに、スザンヌ様は不満そうに見える。

「見直しました! あなた、仕事ができますのね!」
「う、うぐぐ……」

 ちょうどそこへコレットがやってきた。
 王城と宮殿の灯りを点け終わって、休憩室に私がいなかったので探しに来てくれたようだ。

 コレットとふたりで頭を下げる。

「ジゼル様、スザンヌ様。今日はこれで失礼いたします」
「失礼します」

 厨房を出るとき、スザンヌ様の舌打ちが聞こえた気がした。
 彼女の気にさわったようだけど、私は言われた仕事を一生懸命しただけ。

「ねえ、コレット。スザンヌ様に対して感じが悪かったかしら。私が魔法を使ったのはズルかった?」
「マリー様。魔法が使えることもその人の能力です。仕事で自分の能力を使うのは問題ないかなと」

「そうね。そうよね」
「はい!」

 コレットは火の魔法が使えて仕事に役立てるから、メイドに徴集されたんだった。
 そして彼女はさっきまで、王城と宮殿の灯りを点けるという仕事で魔法を使っていた。

 だから私が仕事で魔法を使っても、何も問題ない。
 それにみんなには今日の午後がいつもの半日でも、私は魔法の効果で倍くらい長い半日になった。
 お皿は結局、全部洗っている訳だし。

 魔法のお陰で急ぎの仕事も何とかなると分かり、コレットと笑顔で寮へ帰る。
 食堂で夕食を食べながら、ウィルと会える週末が楽しみでにやけた。

 ウィルに会って、今日のことを話すのが楽しみ。
 魔法が役に立ったことを聞いて、彼はどんな顔をしてくれるかしら。

 その夜は早めに寝たのに翌朝は寝坊しかけた。
 ちゃんと寝たはずなのに魔法の反動か寝不足気味で、起きるのがとてもつらかった。
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