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その七   素敵なおまじない

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 ようやく週末になり、私の部屋でウィルとお茶を楽しむ。

「ウィル、ここからが凄いのよ。そんな流れで、魔法の素質を調べるために、コレットと手を繋いだの」
「ちょっと待て! ホウキで叩かれたんだろ? まず怪我を見せてくれ!」

 ウィルが慌てて席を立ちあがり、椅子に座る私の横へ来て手首を出すように要求する。

 私は魔法の素質を引き出してもらった話をウィルに伝えたかっただけ。
 コレットが包帯を巻いてくれて私の魔力に気づいたと言おうとして、うっかり腕が腫れたことを話してしまった。

「ほら、もうほとんどあとは残っていないの」
「薄っすらと残っている……。可哀そうに。痛かっただろ?」

 ウィルが物凄く心配してくれる。
 腫れはとっくに引いて、あともほとんど消えかけなのに……。

「叩かれたときは痛かったけど、すぐに痛みはひいたから。もう痛くないし平気よ」
「許せない。マリーにこんなひどいことを……」

 口調の強くなったウィルが私の手を触り、過剰なほどに心配してくれる。

(ええ⁉ そんなに心配してくれるの? もうほとんど治っているのよ? それだけ私を大切に思ってくれているってこと⁉ ウィルに心配してもらえるの……嬉しい!)

 一瞬で顔が熱くなる。
 たぶんいま、私の顔は真っ赤だ。

 そおっと彼の顔を伺うと、横に立ってまだ心配そうに私を見つめてくる。

「なあマリー? 医者に見せなくていいのか?」
「心配かけてごめんね。もう平気だから……」

「……分かったよ。君がそう言うなら医者はやめておこう。代わりにあとの残らないまじないをしてあげよう」
「え? おまじない?」

「小さいころ母上がしてくれたまじないだ。怪我は自分の力で治すものだけど、まじないで治す力を高める」
「どんなふうに?」

 もしや魔力に関係する?
 いや、彼が魔法を使ったことはないし、魔力とは関係ないか。

「気持ちを込める。その人を大切に想う気持ちを」
「た、大切⁉ あ、ああ、私たちは幼馴染みだものね」

 私がどぎまぎして幼馴染みを強調すると、ウィルが少し不機嫌そうな顔をする。

「とにかく、その人を大切に想うんだ」
「大切に想ってくれてありがとう。その後は?」
「その後はこうする」

 ウィルは椅子に座る私から手を取ると、エスコートのように下から軽く握って持ちあげた。
 彼の方から手を握ってくれるなんて。ああ、なんだかエスコートされるようで嬉しい。
 私の手首はウィルの目の前。

 たぶんこのあと「痛いの痛いの飛んでいけ」と私のために言ってくれると思う。
 私も母に教わった、怪我が早く治るおまじない。
 腫れは引いていてほぼ治ってるけど、ウィルにしてもらえたら幸せすぎる。

 私はいまかいまかと、彼のおまじないを待っていた。
 だけど、一向にする気配がない。
 もしかしてセリフが恥ずかしいから、ためらっているのだろうか。

「ねぇ、ウィル。怪我が早く治るおまじないをしてくれるんでしょ?」
「あ、いや。あとが残らないまじないだ」

「それって違うの?」
「たぶんマリーの思っているまじないとは違う」

「そうなの? 違っていてもいいから、早くおまじないして欲しいな」
「そ、そうだな。じゃあ想いを込めて、二回する」

 ウィルは私の顔を見てから手首を見た。
 早く彼に「痛いの痛いの飛んでいけ」をされたい。

 でもなぜかウィルは目をつむり、顔を少しうつむかせる。
 金色の前髪がさらりと流れた。
 ため息が出るほど端正な顔立ちに思わず見とれる。

 そのまま彼は、あろうことか私の手首の腫れあとへ顔を近づけていく。
 そして、……ウィルの唇が優しく私の腫れあとに触れた。
 一回、二回、そして少しためらってから三回!

(あっ、キスされた。キ、キスキス、キスされたわ! しかも三回も! え、ええー⁉)

 彼は三回のキスを終えて私の手を下げると、手を繋いだまま私の目をみつめた。

「これで怪我のあとは綺麗になくなるはず」
「あ、うん……。おまじない、キス……なんだ」

「治したいところに想いを込める、キスのまじないだ」

 な、なんて素敵なおまじない。
 彼のお母様、素敵なおまじないを彼に教えてくれてありがとう!
 ジゼル様に叩かれたときは痛かったけど、ウィルにいっぱいキスされたから差し引きして、圧倒的にプラスだわ!

 見たこともないウィルのお母様に感謝していると、彼が「さてと」と表情を険しくした。

「どうしたの?」
「マリーがこんなひどい目にあったんだ。相手をどうしてやろうかと思ってな」

「だ、だめよ。何もしてはダメ!」
「どうして? 貴族令嬢がケガを負わされたんだ。貴族としてしっかり決着をつけなければ」

「お願い。ジゼル様も、私を叩こうとしたんじゃないの。私がこれを問題にしたら、平民のコレットがもっと酷い目に遭うかもしれない。それじゃ、彼女をかばった意味がないの」
「だが、大切なマリーが……」

「ありがとう、ウィル。その気持ちだけで十分だから。ね? 私は平気だから。それにほら、魔法の素質に気づけたのよ。さらにウィルからおまじないをしてもらえて、よかったなって思っているの」
「……マリーが処罰を望まないなら仕方ないか。でも、次にこんなことがあったら俺が対応するから」

 ウィルは私のために凄く怒ってくれた。
 私は彼を止めたけど、何かしてくれようとするウィルの思いやりにジンときた。

「あのね、ちょっと気になったんだけど。さっきのおまじないは、想いを込めて二回するって言ったよね。どんな想いを込めてくれたの?」
「一回目のキスは『怪我よ、早く治れ』だ」

「ありがとう、早く治りそう! 二回目は?」
「二回目のキスは『怪我よ、あとを残すな』だな」

「きっと、綺麗に治ると思うわ。それで、三回目に込めた想いは?」
「さ、三回目は……」

 私が本当に気になっていたのは、二回と言っていたおまじないが三回だったこと。
 彼は言いよどむと少し顔を赤くした。

「三回目のキスは『マリーとずっと一緒にいたい』……だ」
「え? ……あ、うん、そうね! 私もそう思う!」

 ドキッとした。

(そんな顔で言われたら、勘違いしちゃうじゃない。一緒にいたいのは、幼馴染みの関係でって意味よね。うん、分かっている。分かっているけど、でも……凄く嬉しい!)

 あまりに素敵な出来事すぎて、当分、これだけで幸せな気持ちを維持できそう。

 逆に心配なのは、もっともっと彼を想う気持ちが強くなりそうなこと。
 いつしか少しのことじゃ満足できなくなって、いま以上に彼を求めるようになりそうだと、自分の気持ちの暴走が不安になった。
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