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第30話 ふたりめの看板Vtuber

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 事務所の自販機前で瑠理から頬にキスされた。
 菜乃を裏切りたくないので、なんとか回避しようとしたが、状況がそれを許さなかった。
 瑠理は条件を出して脅迫したり、涙目で懇願したりで、俺は受け入れざるをえず……。
 そして、翌日も栗原専務に事務所へ呼び出されてしまった。
 菜乃と瑠理は一緒に行きたがったが、ふたりには配信に専念するよう言い聞かせ、俺ひとりで行くと告げたのだった。

「こんにちは」
「……こんにちは」

 事務所の無人受付機にいた女性に挨拶すると、彼女は俺を怪しみながら返事をした。

 長袖シャツにジーパン姿のカジュアルな恰好。
 サングラスをかけてキャップを被っている。
 スタイルも姿勢も凄く綺麗。
 態度が落ち着いているので歳は30より上かな。

 女性はささっと俺へ場所を譲ってくれる。

 俺が無人受付機で栗原専務を呼び出すと、別の人が内線に出る。
 来客対応で彼女はこちらへ向かってると言われた。
 俺との打ち合わせ時間を決めていなかったから、バッティングしたんだろう。
 先客ってもしやこの女性だろうか?
 初対面なのだが、気になって聞いてみる。

「あの、あなたも栗原専務に用事ですか?」
「……そうですけど。あの、違ってたらごめんなさい。もしかして、あなたも専務と打ち合わせですか?」

 綺麗で聞き取りやすい声としゃべり方、このひと言で彼女が普通じゃないと感じた。

「そうです」
「やはり。声が同じだからもしやと思いました。実はあなたに、頼みたいことがあります」

 彼女はサングラスと帽子を外した。
 髪は一つに縛ってポニーテールにしている。

 綺麗な人だ。
 目元の化粧は薄いのに目が大きい。
 最初に感じた年齢より見た目が若い気がする。
 どことなく発せられるオーラがあり、それだけで住む世界の違いを直感させた。

「あの、頼みたいことって何ですか?」
「私を推し上げてくれませんか? 今よりもっとずっと上へ」

「推し上げる?」
「見返りに何でもしてあげます。エッチ以外ならなんでも」

 彼女は何を言ってるんだろう? そう疑問に思ったとき、受付横の扉が開いた。

「こらこら、宝塚たからづかさん。新人さんをナンパしてフォロワーにしないでおくれ」

 栗原専務が扉から出てくると、彼女にやんわり注意した。

「専務。この人は、逸材ですよ。極度に緊張する初配信で、あんなカマシができる人なんていません。姫川さんだけを相手にするなんて、もったいないでしょう?」
「まあ、待って欲しい。いくら返しができる対応力があっても、初心者は初心者だ」

「でも、私には時間が――」
「さあ、宝塚たからづかさんは向こうで私と打ち合わせをするぞ。中村さんは中に入って、視聴用の個室でナノンとルリアの配信を観といてくれ。終わったら打ち合わせをしよう」

 栗原専務と宝塚たからづかさんに続いて俺も執務室へ入ると、廊下の端にある視聴エリアへ向かった。

◇◇◇

『諸君、ルリア・カスターニャだ! 今日もよろしくたのむぞ!』

 先にルリアのライブ配信を観る。
 ナノンの配信が遅い時間に変更されたからだ。

『まずは貴様らの働きに礼をいうぞ。先日、ウチの組織からカルロスがデビューしたが、少しはあっち側へ観に行ってくれたみたいだな?』

《そりゃね》《ルリア様の頼み》《ご命令とあらば》
《少佐がサポートとか贅沢過ぎ》《ルリア後輩思い》
《俺観てねえ》《俺も》《少佐!命令違反者ががが》

『観てない者は気にするな。我輩も参謀本部の作戦で仕方なくサポートしただけだ。だがな、我が組織に男が入ると聞いてどんな軟弱者かと思ったら、なんとシスコンとはな』

《どんな参謀本部やねん》《サポートが作戦とかw》
《胸にシリコン入れたいの?》《もう入れてるだろ》
《シリコンパッド入れてこれ?》《うん知ってたw》

『おい! 今言った奴、後で説教だ! 分からせてやるからな! シリコンじゃない、シスコンだ! カルロスは初配信で自らをシスコンだと告白したのだ。我輩は身震いしたぞ』

《嫌ってるな》《カルロスが先輩の好感度下げたw》
《あのシスコン宣言よかった》《シスコンに人権を》

 シスコン宣言ってなんだよ。
 でも、思ったよりシスコン人口って多いのか?

『諸君らはずいぶんシスコンに理解があるな? 確かに我輩もこの幼い見た目だ。ファンの中にはいろんな趣味の奴もいると思うが……。ま、まさか貴様ら、シスコンではあるまいな⁉ もしや我輩をいつもそういう目で見ておるのか⁉ やめろぉぉおおおお!!』

《見てない見てない》《×妹系》《メスガキ系だな》
《ノーメスガキ》《少佐系?》《ざーこって言って》
《こんな罵る妹いない》《妹ではない》《妹に謝れ》
《全国の妹激おこ》《全米のシスコンを敵に回した》

『き、きき貴様らぁああ! 我輩を舐めおってぇ~。ぎゃぁぁああああああ!!』

 さすがルリアだ!
 事務所の後輩になるカルロスを話題にして、リスナーを反応させトークで盛り上げる、本当に凄い。
 こりゃ、あとでちゃんとお礼言わなきゃだな。

 ふむふむ。
 あとは得意のゲーム配信か。
 生き残りをかけてチーム戦で戦うバトロワだな。
 いつも通り、なかなかのテクニックだ。
 また瑠理とプレイしてみたくなる。
 今度誘ってみよう。

◇◇◇

『みんな~、こんにちナノン! 元気だったー?』

 よし、次はナノンの配信だ。
 いくら売り出し方を変えて迷惑系にするにしても、そんな急に口調やノリは変わんないよな。

 お⁉ ナノンのチャンネル登録13.5万だと!?
 同時接続7000!
 ルリアのいないソロ配信でこの同時接続は、かなり優秀だぞ!

『今日はみんなが気になってる、あのカルロスの話題からだよ』

《こんにちナノン》《おおナノン自ら》《攻めるな》
《無理するな!》《ヤケドするぞ!》《大丈夫か?》

『ほら、ナノンは聖天使なんだけど、体に黒い感情を溜めすぎると堕天使になっちゃうの。だから、たまに配信で吐き出したいな。みんな、許してくれる?』

《そういう設定なのね》《堕天使ナノン》《イイッ》
《聞くぞ》《許す許す》《超許す》《全て受けきる》

『うん、みんな優しいね。ありがとう。ナノン幸せ者だよ。ううっ』

《俺も幸せだよ》《俺も幸せ》《どういたしまして》

『じゃあ、カルロスのこと言うね。奴って酷いんだよ? ほら彼、見た目だけはいいじゃない? 性格も一見まともそうでしょ? そのせいで奴の周りは女だらけになるのよ』

《なんだと?》《女だらけだと?》《モテるのか?》
《許されざる者》《リア充許すまじ!》《あれ涙が》
《でもおかしくね?》《妹は?》《シスコンでは?》

『そうなの、カルロスは重度のシスコン野郎なのよ。でも、女性たちが好意を寄せてるって分かるハズなのに、ワザとシスコンをみんなに黙ってるワケ!』

 昨日の打ち合わせで分かってたとはいえ、あまりに酷い言われようだな。
 しかも菜乃の声で言われるから、かなり複雑だ。

『ほら、それとなく「俺、妹だけが好きなんだー」とか言ってくれれば、女性は勘違いしないですむでしょ? でもね、奴はワザと女性に優しくして、告白されてから打ち明けるワケ。「げへへ、俺は妹以外を女とは認めねぇんだ豚め!」とかヒドくない?』

《く、鬼畜》《好意をなんだと!》《万死に値する》
《俺が成敗してやる》《もったいないお化けでるぞ》
《ナノン失恋?》《やっぱフラれてた》《自業自得》

『もう自業自得でいいもん。それよりも、カルロスの所業を拡散して欲しいの! 世の女性を守って!』

《まかせろ!》《オレ拡散得意》《拡散オタ粒子砲》
《カルロス敵認定》《未来の嫁を守る》《炎上必死》

 予定通りだけど、俺の周りはアンチだらけになるんだろうな。
 これ収拾つくんか?

◇◇◇

 視聴を終えたタイミングで、俺のいる個室がノックされた。
 返事をしようとしたが、それより早くポニーテールの女性がドアを開けて入ってきたではないか。

「視聴は終わりました? じゃあ、私と話をしましょう。カルロスさん、あなたに私を推し上げて欲しいのです。あなたの条件は何ですか? エッチ以外ならなんでもいいですよ?」
「ちょっと、急に何ですか!? なんで俺の正体を知ってるんです!? ってあなたさっき受付で……」

「あ、ごめんなさい。私はVtuber歌劇アンナをしてます、宝塚杏珠たからづかあんじゅです。さあ、中村さん! 私を推し上げるための条件を言ってください。エッチ以外ならなんでもいいですよ?」

 マジか!
 こんな形でカワイイ総合研究所のもうひとりの看板Vtuber、事務所ナンバー1の歌劇アンナに出会うだなんて!


※現在のチャンネル登録者数
聖天使ナノン        登録者13.5万人
ルリア・カスターニャ    登録者104万人
ナカムラ・カルロス・ケンタ 登録者2万人
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