上 下
4 / 49

 第4話 今日は家に私ひとりよ

しおりを挟む
 菜乃が教室に来てくれた。
 おかげで彼女と一緒に帰ると言う話が、見栄を張るための嘘ではないと証明される。
 さらに菜乃のお陰で、俺は好きだったカレンを吹っ切ることもできた。
 カレンは三浦とケンカを始めたが、ほったらかして菜乃とふたりで教室を出たのだった。

 カバンを持って校舎内を菜乃とふたりで歩く。
 教室を出るときにつないだ手はさすがに離した。
 だけど、校舎裏から教室に戻ったときと違って、彼女は俺との距離をかなり詰めて並んで歩く。

 なので、一緒に歩くだけで緊張することになった。
 見かけた奴らがざわざわと騒ぐからだ。

 有名人の菜乃が取り巻きの女性ではなく、よく知らない男を連れている。
 この事実は周囲に相当な衝撃を与えるようだ。

 だが菜乃には少しも周りを気にした様子がない。
 菜乃が気にしなくても、俺は気になるんだけどな。

 いつもの取り巻きの女性も見かけるが、俺がいるせいか遠慮して近寄ってこない。

「彼女たちはいいの?」
「いいの。だってずっと我慢してきたんだもの」

「我慢?」
「そう。我慢」

 どうやら菜乃は、俺がカレンといつも一緒にいたから遠慮して近づかなかったらしい。
 学校一の美女が実は俺と歩きたいのを我慢してたなんて、とても信じられやしない。

 周りから注目を浴びながら校内を歩くのは、なんだか緊張する。

「姫川さんと一緒に歩いてる奴は誰だ?」
「見たことある奴だけど、名前は分からん」

 学校内での俺のポジションは目立たず普通。
 だから、俺の名前を知らない奴がいても仕方ない。

「うそー!? まさか姫川さんの彼氏!?」
「うーん。あの人、恋人は作らないハズだけど……」

 菜乃は周囲から、恋人を作る気がないと思われているようだ。
 さっき三浦が言ったように、彼女が今まで多くの告白を断り続けてきたからだろう。

「じゃあ、委員会か何かかしら?」
「それにしては距離が近くない?」

 周りの驚きぶりから、菜乃と俺が並んで歩くのは異常なできごとなんだと実感した。
 彼女は校舎裏で俺に告白したけど、やっぱりどう考えてもおかしい。
 あり得る訳がない。

 また、この状況が信じられなくなってきた。
 ウソ告や罰ゲームなら彼女は嫌々やっているハズだと思い、こっそり表情をうかがう。

 だが彼女の顔は本当に嬉しそうで楽しそうだった。
 笑みを浮かべて歩く彼女はまぶしいほどに美しい。

「なあに? 健太」
「あ、ごめん。何でもないよ」

「そう? 私はね……フフ、嬉しいのっ」
「何が嬉しいの?」

「それはね……健太と歩けるからよっ」

 こちらを見た菜乃が頬を染める。
 とたん俺は、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 こんな天使に微笑まれて照れない方がおかしい。

 うーん、本当にウソ告でも罰ゲームでもなさそう。
 だけど、まだ付き合ってないのに、彼氏づらしてみんなを騙しているようで申し訳ない気がする。

 みんなの視線を避けるように菜乃と少し離れて歩くと、それに彼女が気づいたのかドンドン俺との距離を詰めてくる。
 ついには密着するように腕を組まれた。

 マ、マジ!?
 ちょっと積極的過ぎじゃないか?
 
「そんなに壁際によると危ないよ?」

 彼女はそう言ってグイと俺の体を引き寄せる。
 お陰で壁際の消火器に激突するのを避けられた。

「あ、ありがと、おおおお⁉」

 お礼を言おうとして慌てふためく。
 たぶん消火器にぶつかるのを助けようと彼女は必死だったのだろう。
 引き寄せられた俺の腕がこれでもかと彼女の胸に密着していた。
 制服の上からでも大きいと分かるその胸は想像以上のサイズで、フワフワの感触は体験したことがないほどに、ふにょんとしていた。

「や、柔らかい……」
「え、何?」

 彼女が俺の視線に気づいて動きを止める。
 そして視線の先が組まれた腕だと気づいた。

 やばっ。
 あまりにも幸せ過ぎて声に出てしまった。
 き、嫌われたか!?
 でも彼女の方から俺の腕を胸に当ててるんだし……。

 息を止めていると菜乃がゆっくり俺を見上げる。

「こ、これはね、健太がぶつかるのを助けてあげたんだから正当な理由なのっ」

 その頬は赤く染まっていて、でもなぜか強く引き寄せた俺の腕を離そうとはしない。
 そしてなんと、そのまま歩き出した。

 う、腕が胸に当たったままなんですけど!?

 お陰で昇降口に到着して外履きに履き替えるまでずっと、俺の二の腕は美少女の大きなふにょふにょを堪能しまくってしまった。

 校舎を出てから、ふたりで学校近くの駅へ向かう。
 俺は二の腕の感触を思い出しながら、彼女にそもそもの疑問をぶつけた。

「あのさ、俺と菜乃って今まで話したことあまりないと思うけど、俺のどこを好きになったの?」
「包容力とか懐の深さかな? あと解決力?」

「包容力? あまり話したことないのに?」
「1年生のころから、たまに話したことあったよ」

「そうだっけ?」
「それで気になってて。でも、凄く好きになったのは2年生になってから」

「去年? ああ同じクラスだったね」
「ええ。よく美崎さんに大声であれこれ言われてるのを見てたわ。無理難題を解決してた」

「見てたんだ」
「彼女がお昼を忘れると、よく自分の分を全部あげてた。あと、彼女が間違って捨てた提出物をゴミ置き場でゴミにまみれて探してあげたり。彼女がズル休みすると、先生に自分が原因だと言ってかばったりとか」

「うーん。日常すぎる」
「何言われても、平気な顔で上手くこなしてた。まるで修羅場をくぐった大人みたいで凄いって驚いたの」

 そりゃ超我がままなカレンを毎日相手してるんだ、対応力には自信があるけど。

 このまま何も考えずに、菜乃と付き合っちゃえばいいのかな?
 教室でカレンと三浦の嘲笑に耐える俺を、すかさずフォローしてくれたし。
 菜乃はただ可愛いだけじゃなく優しかった。
 こんな美人と付き合うチャンスなんて普通はない。

 だけどなあ。
 彼女、恋人にならないと迷惑系Vtuberになるとか、訳の分からない脅迫をしてくるんだよ……。
 せめて脅迫の真相が分かるまで、告白の返事は保留にしておこう。
 ひと駅だけ電車に乗ったが、彼女がそばに居るだけで他人に見られてる気がした。

 彼女の家は、駅から徒歩五分のマンションだった。
 オートロックの高級マンションである。

「ちゃんと掃除しててよかった!」
「あの、おうちの人は?」

「ママは旅行でいないの。パパは単身赴任ってやつ。だから、今日は家に誰もいないのよ」
「え? 家の人いないの!? それ、俺上がってもいいの!?」

「上がってもらわないと、私のことを知ってもらえないじゃない。っていうか、大好きな人だから家に上がって欲しいの!」
「う、うん。分かった……」

 嘘だろおい。
 大好きな人だから上がって欲しいって言われた!
 大好きな人って俺だよな……。

 なんと、今日は家に菜乃ひとりなのに懇願されて上がることになってしまった。

「お、お邪魔しまーす。ちなみに学校の友達は……来たことあるの?」
「いいえ。健太が初めて」

「へ、へえ、そうなんだ……」

 リビングに通されて、紅茶をごちそうになる。

 うわぁ……部屋からなんかいい匂いがする。
 女子の家ってこんな感じなんだぁ。

 幻想的な空間にいる俺は意識がぼーっとして、紅茶の味なんか分からなかった。

 夢の空間に入り込んでぼんやりとしていた俺に、菜乃が声をかける。

「仕事部屋に案内するわ。こっちよ」
「す、すげー!!」

 案内された部屋には、立派なパソコンデスクとガチのゲーミングチェア、ガチの集音マイクなど周辺機器が設置されていた。
 ゲーム配信とかで見たことある、ガチのパソコンルームだ。

「ここで何をしているかは内緒だから言えないよ?」
「う、うん」

「言えないけど、健太には内緒で見せてあげる」
「でも、いいの?」

「ホントはよくないけど。健太は特別だから」
「あ、ありがとう」

 配信者じゃん。
 もろ配信者じゃん。
 事務所に所属してるってポロリしてたよね?
 未成年でもできるの?

「あのさ、菜乃って何月生まれ?」
「何で? 四月よ」

 菜乃は俺と同じ高3でとっくに18歳か。
 もう成人だから本人が事務所と契約できる?
 高校生でも平気な事務所?
 これマジでVtuberの可能性があるぞ。

「じゃあ、これから健太に迷惑系Vtuberのこと、教えてあげるわね!」

 い、いよいよだ。
 いよいよ、迷惑系Vtuberが何かわかる。
 そして、それでなぜ俺が困るのか、その理由が明らかになる!
 もし、迷惑系Vtuberが怪しいことじゃないなら、もう俺、菜乃と付き合ってもいいよな?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...