孤独少女の願い事

双子烏丸

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終幕

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 ――グサッ!
 ナイフから、何かに突き刺さった感触が、男に伝わる。
 男は祐羽を始末したと思った。
 だが、伝わった感覚は肉を裂いたものでも、骨を刺したものでも無かった。
 もっと、何か別の物である。


 それをよく見れば、男が刺した物は人間では無く、ただの木だった。
 辺りを見回すと三人の姿はどこにもなく、場所も林では無く、どこかのジャングルだ。周囲には、熱帯の異国で見られるような木が繁茂している。

「いつの間に! ここはどこだっ!」

 半狂乱になり、男は叫びながら、ジャングルを駆けた。
 やがて目の前から、強い光が差し込んでいる事に気づく。そこが出口みたいだ。
 希望を胸に、男はジャングルを抜ける。
 その先には広い海が広がっており、白い浜辺にたどり着く。
 男は浜辺の一番先まで行き、振り返る。そして今どこにいるかを悟り、絶望した。
 そこは…………絶海の小さな無人島だった。



 明良は恐る恐る、目を開ける。後ろでは祐羽が、茫然として立ち尽くしていた。
 男がナイフを振りかざした時、明良は身を挺して彼女をかばった。
 しかし目を開けると、男の姿は消えている。

「あれ? おかしいな? 男はどこに行った……」

「……あいつは、もう消えたよ」

 彼が横を見ると、ルーネスが先ほどまで男がいた場所に、手をかざしていた。

「ルーネス、あなたがやったの?」

 すると、少し残酷な笑みを浮かべて、祐羽の質問に答える。

「当たり。正直僕も、あいつのやった事が許せなかったから、遠くの孤島に転送したよ。だれも助けに来る事が決して無い程の、遥か遠くにある無人島に。これからはあいつが……ずっと一人。因果応報ってやつだよ。別に傷つけも殺しもしていないから、僕が掟を破った事にならないしね」

 そう言い終わると、すぐに優しい笑顔に変えて続ける。

「どうかな、祐羽ちゃん。悲しい過去は忘れられないかもしれないけど、これからは、前を向いて生きて欲しい。それが君への、僕の願い。――叶えてくれるかな?」

 祐羽は、こくりと頷く。

「良かった。なら、安心して旅立てるよ」

「えっ……どう言う事?」 

「君にも話したでしょ? 自由になったら、僕はどうしたいのか。ようやく封印から開放されたから、僕は世界中を廻りたいんだ。世界には、まだ困っている人達が多くいるから、彼らの力にもなりたいから。
 それに…………まだ、世界には僕の仲間が残っているかもしれないし、どうしても見つけたいから」

 ルーネスの言葉を聞き、彼女は寂しそうな顔をした。
 裕羽にとって初めて出来た友達だった。それが、今になって別れるなんて……。

「そんな顔をしないでよ。僕がいなくても、そこの彼がいるじゃないか。きっと、君の事を、守ってくれると思う。
 それに、どれくらいかかるか分からないけど、また必ず、裕羽ちゃんの元に戻って来るよ」 

「本当に? また……会えますか?」

 ルーネスは、もちろん、と言った。

「時間はかかるかもしれないけど、必ずね。それまでに、友達がたくさん出来ていてほしいな、楽しみにしているよ」

 確かに、別れは悲しいものだ。でもせめて……

「……はい! またね、ルーフェ!」 

 祐羽はにこっと笑う。別れる時は、笑顔で別れたかった。

「素敵な笑顔だね、最後に見れて、とても良かった。……それじゃあ、今度こそ、さようなら」

 いきなりルーネスの周りに、旋風が起こる。
 そして風が収まった時には……もうその姿は消えていた。



 ルーネスがいなくなった虚空を、眺める裕羽。
 対する明良は、そんな彼女に声をかけていいか、決めかねていた。
 やがて、意を決して、こんな風に口にする。

「裕羽さん、きっと、また戻って来るよ。だから……」

 その声で我に返り、裕羽は振り向く。
 彼女の目には、涙が浮かんでいる。

「えっ……!」

 明良の反応で、裕羽自身もそれに気づいたようだ。
 彼女は涙を袖で拭い、明良に微笑む。

「明良君もありがとう。私の為に、あんなに頑張ってくれて」

「それは……もちろん、大事な友達だからね。……まぁ、僕が一方的に……勝手にそう、思っているだけだけどね」

 少しだけ、ばつの悪そうな様子で照れる明良。
 そんな彼に、裕羽は言った。

「私も、明良君の事……友達だと思って、いいかな? あんなに嫌っていて、勝手かもしれないけど、もし良かったら……」

 これを聞いた明良は、喜びを見せる。

「勿論! 大歓迎だよ! ふふっ……裕羽さんから、こんな風に言われるなんて、嬉しいな!」

 彼は裕羽の手を、優しく握った。

「なら、一緒に家に帰ろう。そろそろ暗くなって来たからね」

 そう言われて、二人は帰路につこうとする。
 最後に、ここを去る前に裕羽は振り向いた。

 ――きっと、会えるよね?――
 
 そして彼女は、視線を戻した。
 
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