9 / 10
終幕
しおりを挟む――グサッ!
ナイフから、何かに突き刺さった感触が、男に伝わる。
男は祐羽を始末したと思った。
だが、伝わった感覚は肉を裂いたものでも、骨を刺したものでも無かった。
もっと、何か別の物である。
それをよく見れば、男が刺した物は人間では無く、ただの木だった。
辺りを見回すと三人の姿はどこにもなく、場所も林では無く、どこかのジャングルだ。周囲には、熱帯の異国で見られるような木が繁茂している。
「いつの間に! ここはどこだっ!」
半狂乱になり、男は叫びながら、ジャングルを駆けた。
やがて目の前から、強い光が差し込んでいる事に気づく。そこが出口みたいだ。
希望を胸に、男はジャングルを抜ける。
その先には広い海が広がっており、白い浜辺にたどり着く。
男は浜辺の一番先まで行き、振り返る。そして今どこにいるかを悟り、絶望した。
そこは…………絶海の小さな無人島だった。
明良は恐る恐る、目を開ける。後ろでは祐羽が、茫然として立ち尽くしていた。
男がナイフを振りかざした時、明良は身を挺して彼女をかばった。
しかし目を開けると、男の姿は消えている。
「あれ? おかしいな? 男はどこに行った……」
「……あいつは、もう消えたよ」
彼が横を見ると、ルーネスが先ほどまで男がいた場所に、手をかざしていた。
「ルーネス、あなたがやったの?」
すると、少し残酷な笑みを浮かべて、祐羽の質問に答える。
「当たり。正直僕も、あいつのやった事が許せなかったから、遠くの孤島に転送したよ。だれも助けに来る事が決して無い程の、遥か遠くにある無人島に。これからはあいつが……ずっと一人。因果応報ってやつだよ。別に傷つけも殺しもしていないから、僕が掟を破った事にならないしね」
そう言い終わると、すぐに優しい笑顔に変えて続ける。
「どうかな、祐羽ちゃん。悲しい過去は忘れられないかもしれないけど、これからは、前を向いて生きて欲しい。それが君への、僕の願い。――叶えてくれるかな?」
祐羽は、こくりと頷く。
「良かった。なら、安心して旅立てるよ」
「えっ……どう言う事?」
「君にも話したでしょ? 自由になったら、僕はどうしたいのか。ようやく封印から開放されたから、僕は世界中を廻りたいんだ。世界には、まだ困っている人達が多くいるから、彼らの力にもなりたいから。
それに…………まだ、世界には僕の仲間が残っているかもしれないし、どうしても見つけたいから」
ルーネスの言葉を聞き、彼女は寂しそうな顔をした。
裕羽にとって初めて出来た友達だった。それが、今になって別れるなんて……。
「そんな顔をしないでよ。僕がいなくても、そこの彼がいるじゃないか。きっと、君の事を、守ってくれると思う。
それに、どれくらいかかるか分からないけど、また必ず、裕羽ちゃんの元に戻って来るよ」
「本当に? また……会えますか?」
ルーネスは、もちろん、と言った。
「時間はかかるかもしれないけど、必ずね。それまでに、友達がたくさん出来ていてほしいな、楽しみにしているよ」
確かに、別れは悲しいものだ。でもせめて……
「……はい! またね、ルーフェ!」
祐羽はにこっと笑う。別れる時は、笑顔で別れたかった。
「素敵な笑顔だね、最後に見れて、とても良かった。……それじゃあ、今度こそ、さようなら」
いきなりルーネスの周りに、旋風が起こる。
そして風が収まった時には……もうその姿は消えていた。
ルーネスがいなくなった虚空を、眺める裕羽。
対する明良は、そんな彼女に声をかけていいか、決めかねていた。
やがて、意を決して、こんな風に口にする。
「裕羽さん、きっと、また戻って来るよ。だから……」
その声で我に返り、裕羽は振り向く。
彼女の目には、涙が浮かんでいる。
「えっ……!」
明良の反応で、裕羽自身もそれに気づいたようだ。
彼女は涙を袖で拭い、明良に微笑む。
「明良君もありがとう。私の為に、あんなに頑張ってくれて」
「それは……もちろん、大事な友達だからね。……まぁ、僕が一方的に……勝手にそう、思っているだけだけどね」
少しだけ、ばつの悪そうな様子で照れる明良。
そんな彼に、裕羽は言った。
「私も、明良君の事……友達だと思って、いいかな? あんなに嫌っていて、勝手かもしれないけど、もし良かったら……」
これを聞いた明良は、喜びを見せる。
「勿論! 大歓迎だよ! ふふっ……裕羽さんから、こんな風に言われるなんて、嬉しいな!」
彼は裕羽の手を、優しく握った。
「なら、一緒に家に帰ろう。そろそろ暗くなって来たからね」
そう言われて、二人は帰路につこうとする。
最後に、ここを去る前に裕羽は振り向いた。
――きっと、会えるよね?――
そして彼女は、視線を戻した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる