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番外編1 ――伝えたかった、あの言葉

悲しき過去

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 ――――

 トリウスの後に続き、クレイは屋敷の地下に降りる。
 ろうそくなど、人工の明かりはなく、唯一二人の先を飛ぶ、ウィルの放つ光が、狭い階段を照らしていた。
 
「僕を、どこに連れていくのかな」

「……クレイ、私が君を、亡くした兄に会わせてあげよう。今から向かうのは、そのために私が用意した、その場所だ」

 二人は階段を降り、そして、しばらくしてその終点に到達した。


 
 たどり着いたのは、四角くて狭い、石造りの小部屋だった。
 壁の端には、燭台か四つあり、トリウスはそれに手をかざし、魔法により火を灯す。

「この、部屋は……」


 燭台の明かりで照らされた、部屋の中……。それを見たクレイは、戸惑う。
 部屋には四方に燭台と、中央には透明な水晶玉が置かれた祭壇があった。
 それ以外には物はなく、祭壇を中心として部屋の床一杯に、魔法陣が描かれている。


 ……おそらく、ここは何かの儀式をするための、部屋だ。

「さて、この場に用意したのは、私の魔術式。
 君の会いたいものの魂を、一時的にこの場へと呼ぶための、な」

 トリウスはそう、説明する。

「死者を現世に呼び戻すことは、確かに許されることではないだろう。
 ……だが、一時的な再開であれば、叶えることが可能だ」
 
 改めて、部屋を眺めるクレイ。

「本当に……兄さんに会えるのか」
 
 半信半疑で一人、彼は呟くも……。
 その答えは、既に決まっていた。

「もちろんだとも。どうか、兄さんに会わせて欲しい」

 亡くなった兄に会うために、クレイはそのためだけに、ここまで来た。
 彼の返答に、トリウスは――。

「うむ、良かろう。君の望み……叶えるとしよう」




 ――――

 床の魔法陣に触れ、長い呪文を唱える、トリウス。
 彼の唱える呪文に、呼応するかのように魔法陣は紫色に、鈍く輝く。
 
 一方、クレイは、祭壇の前に、ただ跪いていた。
 彼の顔の高さに。水晶玉が来るような、ちょうどそんな位置。
 


 トリウスは一旦呪文を止めると、ひざまずくクレイに声をかける。

「さて、これで大体の用意は整った。後は……クレイ、君が亡くした兄の事を、強く想えばいい。
 それが兄の魂を呼び寄せる、要となるのだからな」

 と、そこで彼は、クレイにあることを聞いた。

「だがその前に、良ければ兄の事をくわしく、私に聞かせてもらえないだろうか。
 私も君の想いを、共有する必要がある。そのためには、な」


 
  ……あまり、話したい内容では、ないのだろう。
 クレイは表情に躊躇いを見せたが、やがて意を決したように、話す。

「僕と兄さんは、ここからずっと遠くの、ある集落で暮らしていたんだ。
 とても頼りになって、僕に優しい、自慢の兄さん、だったんだけど……」
 
 すると、彼は顔を俯け、すすり泣くかのように、声を振り絞る。

「……ある時、僕が一人で集落近くの森に行ったときだった。
 普段なら安全な場所、だったんだけど、そこで……遠くから迷い込んできた、危険な魔物に襲われた。
 危険に駆けつけた兄さんに、僕は助けられた。だけど兄さんは……」

 そう、クレイの兄は彼を助けるために、犠牲になった。
 
「君の兄は、それで……」

「僕のせいで、兄さんは死んでしまった。……僕を、守ったから。
 だからどうしても、もう一度兄さんに会って、謝りたいんだ。
 ……どうしようもないのは、分かっているけど」

 罪悪感に、ずっと苛まれていたクレイ。
 彼の言葉にはその感情が、にじみ出ていた。



 話を聞いたトリウスは、納得したように……

「ふむ、そう言うこと、なのだな。分かったとも」

 と、彼は再び呪文の続きを、詠唱しようとする。

「君の兄への気持ち、分かった。後はただ……彼のことを思い浮かべるだけでいい」

 トリウスの呪文を唱え、それに従い魔法陣はさらに輝き、ついにはクレイの目の前の、水晶玉も光り輝く。
 そして光は――彼の視界を、一杯に覆う。


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