常世の守り主  ―異説冥界神話談―

双子烏丸

文字の大きさ
上 下
30 / 63
最終章 そして、その後

ようやくつかんだ、新たな願い

しおりを挟む
 ルーフェが住む家は、牧場のすぐ近く。幾つも立ち並ぶ小さな民家、その一つである。
 今の時間なら、彼女はもう家に帰っているはずだ。

「ただいま、今帰ったよ」

 そう言ってルーフェは、玄関の扉を開けた。

「あっ! おかえりなさい、ルーフェさま! 今日は早かったですね」

 すると家のキッチンから、エプロン姿の女性が現れて出迎えた。

「ジングさんが僕たちの結婚記念日だって事で、早く帰らせてくれたんだ。早く君に顔を見せるようにってね、エディア」

 これを聞いた彼女、エディアは満面の笑顔を見せる。
 二人は村に移り住んでから、すぐに結婚式を挙げた。村の人々はやって来たばかりの二人と、その結婚を大歓迎した。
 それからのここでの日々は、本当に幸福で、充実した毎日だった。
 昔のかつて主人と召使だった頃と比べて、何十倍も……。

「丁度、パーティで用意する料理のために、野菜の下ごしらえをしていた所です。軽い料理でしたらすぐ作れますが、ルーフェさまはどうされますか?」

「そうだね、なら少しだけ頂くよ。後それと……エディア、また僕に様付けしているよ」

 ルーフェからそう指摘され、エディアは照れ笑いした。

「ふふっ、召使いだった頃のくせは、そう簡単には抜けないものですね、ルーフェさ…………いえ、ルーフェ」



 あれから変化したのは、二人の環境だけではなかった。
 ルーフェはかつて旅していた時の冷たい雰囲気はなくなり、昔の頃のような本来の性格に戻っていた。加えて、以前よりも明るく外交的な部分も、新たに見せていた。
 そしてエディア、彼女はルーフェと違い、自分が一度死んでからの記憶や時間は存在しない。それでもこの一年間で、彼女も大きく変わった。召使いだった時のくせ、様付けやその態度などとまだ少し残っているが、彼女はもう召使ではない。まだ慣れない所はあるが、何も変わらない一人の善良な村人として、二度目の人生を歩んでいた。

「良かったら、後で料理を手伝うよ。パーティに用意するなら、結構大変そうだからね」

 彼女はかつて召使いだった経験もあり、家事は大得意だ。しかしルーフェは、だからと言って家事を任せっきりでは昔と変わらないと言って、彼女の代わりによく家事をしていた。しかし……。

「大丈夫、私だけでも十分です。ルーフェの気持ちは嬉しいけど、それにはもう少し……私から家事について学んで下さらないと」

「……むぅ」

 そう言われてルーフェは押し黙った。
 実際の所、エディアと違って彼には、家事のスキルが殆ど無いのだ。だから最近では、彼女は時間があれば、ルーフェに家事を教えているらしい。

「とりあえず、ルーフェはゆっくり休んで下さい。料理くらいなら、私、作りなれていますから……」



 そんな二人の会話の最中、家の玄関からノックが聞こえる。
 この村だと、誰かがよく家に訪ねて来る事は珍しくない。
 多分近所の知り合いだろう。ルーフェは知り合いの候補を何人か思い浮かべながら、玄関を開いた。


「お久しぶりですね、ルーフェさん、それにエディアさんも。あれからもう、一年ぶりでしょうか」

 そこにいたのは、旅人らしい格好をした水色の髪の少女がいた。

「僕もまた会えて嬉しいよ、ラキサ。せっかく来たんだ、良ければ、家でゆっくりして行かないか? 色々と、話もしたいしね」

 ルーフェの好意に、ラキサは頷く。



 家のリビングで、ルーフェとラキサは話をしていた。
 一年前のあの出来事の思い出や、その後の互いの事について話していた。

「それでラキサは今、世界を旅しているのか」

「はい。今までずっとあの山にいましたから、外の世界を持て見たくて……」

 ラキサはそう言って、旅で見てきた事を語った。
 ルーフェもかつて旅した経験もあることから、話は大きく盛り上がった。

「……お父様にも、この間会って来ました。今では、あの山にはお父様一人だけですもの」

 それを聞いて、二人はあの時の事を思い出す。


 かつてルーフェとエディアが冥界から帰還し、そして冥王がラキサとトリウスに、常世の守り主の役目から解放すると、そう提案した時であった。
 あの時ラキサは、役目からの解放を望んだ。しかしトリウスは……

『冥王様、その申し出、私はとても有難く思います。しかし…………私は一人でも、常世の守り主は続けたいと思っています。だから――現世と冥界への道は、どうかそのまま残してもらいたい』

《どう言う事かな? ……成程、君が本来人としての寿命を超えて生きて来れたのは、守り主としての役目があったから。役目から解かれる事は即ち、死を意味する。まさか大魔術師の君が、今になって死を恐れるとはね》

 トリウスは、首を横に振る。

『確かに、それもあるかもしれません。しかし、常世の守り主が消えれば、冥界との繋がりは断たれてしまいます。そうなれば――今後ここに現れる、私やルーフェと同じ人間が絶望するでしょう』

 そして彼は続ける。

『死んだ人間を蘇らせる……そんな願いを持つのは、私は愚かだと考えていた。しかし、それ程にまで強く願う事は、その人間は深く絶望しているからだ。冥界と繋がりが断たれるのは――そんな彼らの希望を消すことになる。それに、私はラキサの父親だ。まだ…………彼女を一人にする訳にいかないしな』

 これが、あの頃に起こった事の経緯だ。

「そうだったね、僕たちもトリウスさんには世話になったし、出来れば会いに行きたいけど……」

「お父様も、きっと喜んでくれるわ。私は明日まで、ここに留まる予定です。良ければ私が、二人を送って行きましょう。本来の姿に戻れば、ハイテルペストまですぐですから」

 そう二人が話していると、キッチンからエディアが、アップルパイを持って現れた。

「本当はパーティに持っていくつもりでしてけど、せっかくラキサさんが来たのですもの。料理はまた、作ればいいだけですしね。それに、このアップルパイ、味にはとても自信があるのですよ?」

 エディアは自信たっぷりな様子で、ウィンクをした。

「家のアップルパイは、村でもかなり好評なんだ。僕からも保証するよ。あ、そうだラキサ、今夜パーティがあるんだ、良ければ一緒にどうかな?」

「うふふ、それは楽しそうですね。なら、お言葉に甘えましょうか」

 こうしてルーフェの旅は成就し、愛する人を取り戻す望みも叶った。
 だが二人が人間である以上、それはただ別れをまた先延ばしにしたにすぎない。 
 しかしそれは同時に、また一緒に過ごせる機会が、再び与えられた
事を意味する。


 今度こそ、最後の時に後悔を残さないように、満足出来るように生きること――
 それこそルーフェ、そしてエディア、……二人の新たな願いだった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...