常世の守り主  ―異説冥界神話談―

双子烏丸

文字の大きさ
上 下
24 / 63
第伍章 冥界

冥王よりの提案

しおりを挟む

 ルーフェが願いを言おうとした時、ある気がかりが思い浮かんだ。

「一つ、聞きたいことがある」

 彼は一言、冥王に尋ねる。

《何かね?》

「貴方は、なぜ交流を絶ったはずなのに、未だに現世との道は残しているんだ? 俺は冥界の守護を託された、ある少女に出会った。彼女とその一族は、大昔に貴方と交わした契約に、いまだに縛り付けられて苦しんでいる。それなのに……」

 ルーフェが気がかりだったこと、それはトリウスとラキサの事だった。
 二人は自らに課せられていた宿命に、今なお苦しめられていた……。
 だが、冥王は可笑しそうに笑う。

《ふっ、交流を断った、ただそれだけさ。それに――私は人間は好きでね、特に、自分の願いのためにここまで来る信念を持ち、それに足る能力がある人間が……。そう、君たちの為にこそ、私は冥界への門を残した。ここまでに至るまで数々の試練を用意し、それを乗り越えた者の願いを一つ、叶える機会を与えるために。冥界の守護者は、ただその最後の最大の試練、それだけにすぎないのさ》

 その理由を聞き、ルーフェは巨人を睨んだ。

「……つまり、貴方の自己満足なのか。その為だけにラキサも……、志半ばで力尽きた、多くの人間達も…………」

 だが彼の怒りを、冥王は意に介す様子すらなかった。それどころか、冥王はルーフェに優しく諭すかのように語る。

《まぁ、高次の存在である私の考えを、無理に理解してもらう必要はないし、私もそれは否定はしないさ。しかし…………私の『自己満足』とやらのおかげで、君はこうして、願いを叶えることが出来るのだろう?》

「……っ!」

 的を射た答えに、ルーフェは押し黙る。

《ではそろそろ、本題に入ろうか。君の願いは、何かな? 私に今の行いを止めさせたい……、それでも私は構わない》

 彼は僅かに、躊躇した。
 正直に言えば、出来ることなら、それを止めさせたかった。しかし、ルーフェが望むものは、初めから一つだ。
 彼は首を横に振り、自らの望みを伝える。

「俺が望むのは、俺の愛する人…………エディアを生き返らせる事だ」

 願いを聞いた冥王は、それを聞くと大層な身振りで、両手を上へと掲げた。

《よろしい、その願いを聞き届けた。いいだろう》




 ――これで、いいはずだ。何しろ俺はそのために、ここまで来たのだから。……しかし―― 
  
 やはりルーフェは、どこか罪悪感が、胸に残っていた。
 だが――それを悟った冥王は、更にこう続けた。 

《だが、そうだ…………、何しろ、久しぶりの訪問者だ。そこで特別に一つの提案をしよう》



 ――提案だと?―― 

 一体何の事かと、ルーフェは思った。

《先ほどの問いで、君が一瞬躊躇しただろう? すまないが気になり、少し心を読ませてもらった。
 もし望むなら……あの時に諦めた願い、それも叶えてあげよう》

「それは…………冥界への道を、閉ざすという事か?」

 冥王は巨大な頭で頷く。

《その通り。君の世界には、もはや生者を呼ぶことはしない。あの門も、封印しよう。
 しかし、その為には更に試練を一つ、君に乗り越えてもらう。それは君のように、ここまで来る程に信念が強い者にこそ…………辛く厳しい試練さ。もし君が試練に敗れれば、君の願いも、もう一つの望みも……叶うことはない》

 冥王からの、新たな試練。
 もし失敗したなら――自身の願いさえ、失うことになる。
 この提案にルーフェは悩む。
 提案を拒めば、今ならエディアを助けられる。それは彼がずっと望んでいた事だ。

《提案を拒むのもいいだろう、であれば本来の願いはここで叶えよう
。しかし君が、提案を受け入れるのなら…………、どうかな?》

 もし拒めば、確実に自らの願いは叶うだろう。
 ――しかし、それではあの少女は救われない。
 ルーフェとは比べ物にならないほどの長い年月、自身の宿命と良心に苦しみ葛藤し、それでも彼とは違って優しさを捨てなかった……哀れな常世の守り主を。

「分かった、その提案――俺は受けよう」

 そしてルーフェは決心し、冥王に言った。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...