12 / 63
第参章 葛藤
魔術師の秘密
しおりを挟む
――――
ルーフェは家の中も外も探したとしたが、実は最後に一か所だけ、まだ探していない場所があった。
それは家の主、トリウスの書斎だった。
ラキサを探していた時、彼の姿もまた見えなかった。とすれば、書斎にはトリウスがいる可能性が高い。
あの話をされた後、トリウスとは再び会っていない。正直、顔を合わせるのさえも、ルーフェは嫌だった。
だがあそこには、彼女もいるはずだ。それならば、多少の嫌悪も我慢するしかない…………。
そう考えながら二階の書斎の前へと来ると、扉を開けた。
書斎には、誰もいなかった。
トリウスも、そしてラキサも、気配すら感じられない。
ルーフェは中に入り、辺りを見渡す。
無数の書籍が入った幾つもの本棚に、骨董品などが置かれた棚や机、古めかしく用途不明な器具類などが部屋中に見られた。
部屋は十分に清潔さを保たれてこそいるが、どれも歴史を感じさせる程に古びて、この部屋が使われた、途方もなく長い年月を思わせる。
そして奥には、その中でもとりわけ年代物で、それでいて立派で、美しい装飾の施された黒い机と椅子があった。
恐らく、トリウスがよく使っているからだろう。とりわけそれらは、綺麗に保たれ、素材も艶やかな黒瑪瑙が使われている立派な机だ。
机の上にはインクと羽筆、古風なランプ、そして何冊も並べられ、辞書のように厚い本が置かれていた。
それらの本は全て同じものであるらしく、ページの量も古風な銀細工の装丁も、全て同じく等しいものだ。
その中の一冊は、机の真ん中に、置かれたまま。
何であるか気になったルーフェは、それを手に取ると適当なページをペラペラとめくってみた。そして…………ある場所に目が留まった。
そこにはこう書かれていた。
『この日、再びこの山へと訪問者が訪れた。かつての私と同じ、愚かな願いに憑りつかれた愚か者が。こんな事はいつまで続く? そんな願いなど無意味かつ不幸な願いだと言うのに。そんな願いの為にラキサ――――常世の守り主である哀れな娘が、いつまでも苦しみ続けなければならないのか』
それは、ルーフェがこの家へとやって来た時に書かれた物らしく、内容からこれが日記であることが分かった。
だが、ここに書かれている内容が一体何なのか。
この日記の主、トリウスがかつて同じ望み、即ち愛する者を取り戻したいと言う願いを抱いていたと言うこと。そして、あの少女、ラキサが『常世の守り主』であると言う事実――。
これは、一体……?
日記の謎を調べる為に、ルーフェは他の日記を次々と調べた。
やがてついに…………彼は事の真相へと辿り着く。
――――
「勝手に人の部屋へと入り、盗み読みか。深手だった君を助けた礼が…………それだと言う訳か」
ようやく日記を調べ終わった瞬間、後ろから辛辣な声が聞こえた。
振り返ると、そこにはトリウスの姿があった。
表情こそ無表情で抑えているが、彼の瞳には強い怒りが見えた。
「……」
ルーフェは何も言わず、ただ顔をうつむけて沈黙している。
それにトリウスは、悟ったような表情で、深く息をつく。
「その様子だと、どうやら全て知ったようだな。満足しただろう? かつて私が君と同じ、『愛する人を取り戻したい』という馬鹿な望みに取りつかれ、その結果破滅を迎えた、愚か者の一人だったと知って」
「……」
「ああ、私は願いを叶える為に、長旅の末にこの山へと訪れた。不治の病で失った、愛する妻を蘇らせたいという、願いを叶える為に。当時もこの山には竜が棲み、冥界への門を守護していた。私は竜を倒し、冥界へと赴き…………無事に妻を取り戻した。だが……」
「……その妻は現世に戻るとすぐに、同じ病で、また失ったんだろ」
ルーフェは、そう呟いた。
トリウスの表情は、未だに消えない後悔と悲しみに満ちていた。
「元々妻は病弱だった、蘇らせてもそうなるだろうと、考えれば分かる事だった。いずれは再び失う命、そんな簡単な事を、あの時の私は考えようともしなかった。結局、私が得たものは何か? それは二度目の死別という悲しみと苦しみ、そして、妻を再び死なせてしまった自分への自責と後悔だけだ!」
最後の言葉は、もはや叫びに近かった。
魔術師トリウス、彼の持つ過去もまた……辛いものであった。
ルーフェは家の中も外も探したとしたが、実は最後に一か所だけ、まだ探していない場所があった。
それは家の主、トリウスの書斎だった。
ラキサを探していた時、彼の姿もまた見えなかった。とすれば、書斎にはトリウスがいる可能性が高い。
あの話をされた後、トリウスとは再び会っていない。正直、顔を合わせるのさえも、ルーフェは嫌だった。
だがあそこには、彼女もいるはずだ。それならば、多少の嫌悪も我慢するしかない…………。
そう考えながら二階の書斎の前へと来ると、扉を開けた。
書斎には、誰もいなかった。
トリウスも、そしてラキサも、気配すら感じられない。
ルーフェは中に入り、辺りを見渡す。
無数の書籍が入った幾つもの本棚に、骨董品などが置かれた棚や机、古めかしく用途不明な器具類などが部屋中に見られた。
部屋は十分に清潔さを保たれてこそいるが、どれも歴史を感じさせる程に古びて、この部屋が使われた、途方もなく長い年月を思わせる。
そして奥には、その中でもとりわけ年代物で、それでいて立派で、美しい装飾の施された黒い机と椅子があった。
恐らく、トリウスがよく使っているからだろう。とりわけそれらは、綺麗に保たれ、素材も艶やかな黒瑪瑙が使われている立派な机だ。
机の上にはインクと羽筆、古風なランプ、そして何冊も並べられ、辞書のように厚い本が置かれていた。
それらの本は全て同じものであるらしく、ページの量も古風な銀細工の装丁も、全て同じく等しいものだ。
その中の一冊は、机の真ん中に、置かれたまま。
何であるか気になったルーフェは、それを手に取ると適当なページをペラペラとめくってみた。そして…………ある場所に目が留まった。
そこにはこう書かれていた。
『この日、再びこの山へと訪問者が訪れた。かつての私と同じ、愚かな願いに憑りつかれた愚か者が。こんな事はいつまで続く? そんな願いなど無意味かつ不幸な願いだと言うのに。そんな願いの為にラキサ――――常世の守り主である哀れな娘が、いつまでも苦しみ続けなければならないのか』
それは、ルーフェがこの家へとやって来た時に書かれた物らしく、内容からこれが日記であることが分かった。
だが、ここに書かれている内容が一体何なのか。
この日記の主、トリウスがかつて同じ望み、即ち愛する者を取り戻したいと言う願いを抱いていたと言うこと。そして、あの少女、ラキサが『常世の守り主』であると言う事実――。
これは、一体……?
日記の謎を調べる為に、ルーフェは他の日記を次々と調べた。
やがてついに…………彼は事の真相へと辿り着く。
――――
「勝手に人の部屋へと入り、盗み読みか。深手だった君を助けた礼が…………それだと言う訳か」
ようやく日記を調べ終わった瞬間、後ろから辛辣な声が聞こえた。
振り返ると、そこにはトリウスの姿があった。
表情こそ無表情で抑えているが、彼の瞳には強い怒りが見えた。
「……」
ルーフェは何も言わず、ただ顔をうつむけて沈黙している。
それにトリウスは、悟ったような表情で、深く息をつく。
「その様子だと、どうやら全て知ったようだな。満足しただろう? かつて私が君と同じ、『愛する人を取り戻したい』という馬鹿な望みに取りつかれ、その結果破滅を迎えた、愚か者の一人だったと知って」
「……」
「ああ、私は願いを叶える為に、長旅の末にこの山へと訪れた。不治の病で失った、愛する妻を蘇らせたいという、願いを叶える為に。当時もこの山には竜が棲み、冥界への門を守護していた。私は竜を倒し、冥界へと赴き…………無事に妻を取り戻した。だが……」
「……その妻は現世に戻るとすぐに、同じ病で、また失ったんだろ」
ルーフェは、そう呟いた。
トリウスの表情は、未だに消えない後悔と悲しみに満ちていた。
「元々妻は病弱だった、蘇らせてもそうなるだろうと、考えれば分かる事だった。いずれは再び失う命、そんな簡単な事を、あの時の私は考えようともしなかった。結局、私が得たものは何か? それは二度目の死別という悲しみと苦しみ、そして、妻を再び死なせてしまった自分への自責と後悔だけだ!」
最後の言葉は、もはや叫びに近かった。
魔術師トリウス、彼の持つ過去もまた……辛いものであった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる