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第参章 葛藤
青年の誓い
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ベッドに入り、深い眠りに落ちるルーフェ。
夢の中で、少年のルーフェは屋敷の中を彷徨っていた。
確かこれは、両親からの謹慎が解かれたばかりの頃だ。
謹慎の理由は、長年のエディアとの付き合いが、両親に発覚したからだ。
ルーフェは両親に激しく説教、注意した上で、二週間もの部屋での謹慎を命じられた。
そして謹慎から解放され、彼はエディアを探していた。
自分に対する罰なんて大したことはない。問題は彼女だ、召使の身でありながらの自分の息子との付き合い、両親は絶対に許しはしないだろう……。
庭園のいつもの場所には姿がなかった。外を探しても見当たらないと言うことは、残るは屋敷の中だ。
ルーフェは屋敷のあちこちを、探してまわる。
しかし屋敷中を見て回っても、その姿はない。
そんな時、ある扉からすすり泣く声が聞こえた。その扉は、屋敷の地下室への扉だった。地下室は倉庫の一つとして使われ、日が入らず湿気の高い場所のせいで、せいぜい倉庫の整理や物の出し入れ以外では、誰も近寄らない場所だった。
ルーフェは扉を開けると、地下への階段を下りる。
空気は黴臭くまともに息をする事さえ出来ず、黒く湿った石壁には青黒い苔が生えていた。
壁にかけられた松明の薄明かりを頼りに降りると、泣き声は次第に大きくなる。
やがて、地下室に辿り着いた。そこには様々な物が乱雑に置かれている。
そして地下室の隅で、何やら動く影がある。泣き声の主は、どうやらそれのようだ。
影はルーフェに気づくと、彼に振り向く。
その正体は、エディアだった。だがその姿はやつれ、来ている服はボロボロだった。
「……ルーフェ様? 良かった……また会えるなんて」
彼女はルーフェに笑ってみせた。その喜びは本物だった、しかし笑顔の陰には、隠しきれない程に強い苦痛が垣間見えた。
それに、恐らくずっと泣いていたのか、彼女の目はひどく赤く腫れていた。
ルーフェはすぐに大丈夫かと尋ねる。
「こんな姿で申し訳ありません。でも、私は大丈夫です……」
そんなのは、嘘だ。
直観で彼はそう思った。それに、彼女からは血の匂いがする、もしかすると…………。
彼はエディアの手を引き、近くへと引き寄せた。そして背中を見ると、彼はその目を疑った。
背中には、赤く膿んでいる鞭打たれた痕、それは見ているだけでも痛ましい程だった。
エディアは傷を見られると、恥ずかしそうに目を伏せた。
これでも心配ないだって? 僕は言った。
「……大したこと、ないです。……だから……どうか心配しないで、ください」
なおも無理して笑おうとするエディア。
が、もうルーフェを誤魔化すことは、出来ないと悟った。
「ルーフェさま……私は、うっ……ぐすっ、うわぁぁっ!」
途端、胸に秘めた辛さが爆発した。
彼女はルーフェの懐で、大きく泣き出す。……やはり、彼女は、相当辛かったのだろう。
ルーフェは、エディアの気が済むまで、一緒に傍にいる。
今彼に出来るのは……それくらいだった。
しばらくした後、ようやく落ち着いたエディアは、泣き止んだ。
大丈夫? 落ち着いた――。ルーフェは彼女に、優しく声をかける。
「はい。……ありがとうございます、ルーフェさま」
エディアは十分に泣いた後、安心したような様子。
そして……彼女はようやく事情を語る。
ルーフェはただ謹慎のみで済んだが、召使いである彼女への罰は、更に過酷なものだった。
背中を酷く鞭打たれ、更にはこの地下倉庫の番を言い渡された。
他に仕事が無い限りは、ここを出てはならない倉庫の番。
じめじめと暗い、光も殆どない倉庫の番……それはまるで、殆ど囚人と同じ、いやそれ以上の扱いだ。
そして彼は気付いた。エディアがこんな目に遭ったのは自分のせいでもあると。
こんな付き合いを続けていれば、いつかこうなる事は分かっていた。それなのに…………。
ルーフェは彼女に問いかけた。
一体、これからどうすれば良い? 君の事は好きだけど、このまま続けていれば、いずれ…………。
するとエディアは、優しく彼に言った。
「私は、決して良い召使じゃありませんでしたから。仕事も上手く出来ませんでしたし、ルーフェ様に対しても、自分の身分をわきまえない事ばかり。当然の罰です」
それは違う! それは自分の望んだ事だ。ただ一人の大切な人を、手放したくなかっただけなんだ――。
必死でルーフェはそう訴える。
しかし彼女は、首を横に振った。
「だけど、そんなルーフェ様に甘えていたのは私です。それでも、私は嬉しかった、あなただけが、私の事を大切に思ってくれた。だから……」
すると、エディアは顔をルーフェに近づけて、その唇を重ねた。
ルーフェの思考は停止した。幾ら彼女でも、そんな事をされるなんて、思いもしなかった。
やがて彼女は唇を話すと、言った。
「本当に、私は召使として失格ですね。でも、もしそんな私を受け入れて下さるなら…………とても幸せです」
その言葉は、彼に対するエディアの深い愛を感じた。
本当はルーフェも、同じくらいに愛したかった。しかし、それは親や周りが許さない。
それならば…………。
ルーフェはエディアを強く抱きしめた。
それならば一緒にここから出よう、家族も家も、地位さえも捨てて。他の全てを失おうとも、絶対に、君の事を守ってみせる。
そう……あの時に誓った。
誓った、筈だった…………。
ベッドに入り、深い眠りに落ちるルーフェ。
夢の中で、少年のルーフェは屋敷の中を彷徨っていた。
確かこれは、両親からの謹慎が解かれたばかりの頃だ。
謹慎の理由は、長年のエディアとの付き合いが、両親に発覚したからだ。
ルーフェは両親に激しく説教、注意した上で、二週間もの部屋での謹慎を命じられた。
そして謹慎から解放され、彼はエディアを探していた。
自分に対する罰なんて大したことはない。問題は彼女だ、召使の身でありながらの自分の息子との付き合い、両親は絶対に許しはしないだろう……。
庭園のいつもの場所には姿がなかった。外を探しても見当たらないと言うことは、残るは屋敷の中だ。
ルーフェは屋敷のあちこちを、探してまわる。
しかし屋敷中を見て回っても、その姿はない。
そんな時、ある扉からすすり泣く声が聞こえた。その扉は、屋敷の地下室への扉だった。地下室は倉庫の一つとして使われ、日が入らず湿気の高い場所のせいで、せいぜい倉庫の整理や物の出し入れ以外では、誰も近寄らない場所だった。
ルーフェは扉を開けると、地下への階段を下りる。
空気は黴臭くまともに息をする事さえ出来ず、黒く湿った石壁には青黒い苔が生えていた。
壁にかけられた松明の薄明かりを頼りに降りると、泣き声は次第に大きくなる。
やがて、地下室に辿り着いた。そこには様々な物が乱雑に置かれている。
そして地下室の隅で、何やら動く影がある。泣き声の主は、どうやらそれのようだ。
影はルーフェに気づくと、彼に振り向く。
その正体は、エディアだった。だがその姿はやつれ、来ている服はボロボロだった。
「……ルーフェ様? 良かった……また会えるなんて」
彼女はルーフェに笑ってみせた。その喜びは本物だった、しかし笑顔の陰には、隠しきれない程に強い苦痛が垣間見えた。
それに、恐らくずっと泣いていたのか、彼女の目はひどく赤く腫れていた。
ルーフェはすぐに大丈夫かと尋ねる。
「こんな姿で申し訳ありません。でも、私は大丈夫です……」
そんなのは、嘘だ。
直観で彼はそう思った。それに、彼女からは血の匂いがする、もしかすると…………。
彼はエディアの手を引き、近くへと引き寄せた。そして背中を見ると、彼はその目を疑った。
背中には、赤く膿んでいる鞭打たれた痕、それは見ているだけでも痛ましい程だった。
エディアは傷を見られると、恥ずかしそうに目を伏せた。
これでも心配ないだって? 僕は言った。
「……大したこと、ないです。……だから……どうか心配しないで、ください」
なおも無理して笑おうとするエディア。
が、もうルーフェを誤魔化すことは、出来ないと悟った。
「ルーフェさま……私は、うっ……ぐすっ、うわぁぁっ!」
途端、胸に秘めた辛さが爆発した。
彼女はルーフェの懐で、大きく泣き出す。……やはり、彼女は、相当辛かったのだろう。
ルーフェは、エディアの気が済むまで、一緒に傍にいる。
今彼に出来るのは……それくらいだった。
しばらくした後、ようやく落ち着いたエディアは、泣き止んだ。
大丈夫? 落ち着いた――。ルーフェは彼女に、優しく声をかける。
「はい。……ありがとうございます、ルーフェさま」
エディアは十分に泣いた後、安心したような様子。
そして……彼女はようやく事情を語る。
ルーフェはただ謹慎のみで済んだが、召使いである彼女への罰は、更に過酷なものだった。
背中を酷く鞭打たれ、更にはこの地下倉庫の番を言い渡された。
他に仕事が無い限りは、ここを出てはならない倉庫の番。
じめじめと暗い、光も殆どない倉庫の番……それはまるで、殆ど囚人と同じ、いやそれ以上の扱いだ。
そして彼は気付いた。エディアがこんな目に遭ったのは自分のせいでもあると。
こんな付き合いを続けていれば、いつかこうなる事は分かっていた。それなのに…………。
ルーフェは彼女に問いかけた。
一体、これからどうすれば良い? 君の事は好きだけど、このまま続けていれば、いずれ…………。
するとエディアは、優しく彼に言った。
「私は、決して良い召使じゃありませんでしたから。仕事も上手く出来ませんでしたし、ルーフェ様に対しても、自分の身分をわきまえない事ばかり。当然の罰です」
それは違う! それは自分の望んだ事だ。ただ一人の大切な人を、手放したくなかっただけなんだ――。
必死でルーフェはそう訴える。
しかし彼女は、首を横に振った。
「だけど、そんなルーフェ様に甘えていたのは私です。それでも、私は嬉しかった、あなただけが、私の事を大切に思ってくれた。だから……」
すると、エディアは顔をルーフェに近づけて、その唇を重ねた。
ルーフェの思考は停止した。幾ら彼女でも、そんな事をされるなんて、思いもしなかった。
やがて彼女は唇を話すと、言った。
「本当に、私は召使として失格ですね。でも、もしそんな私を受け入れて下さるなら…………とても幸せです」
その言葉は、彼に対するエディアの深い愛を感じた。
本当はルーフェも、同じくらいに愛したかった。しかし、それは親や周りが許さない。
それならば…………。
ルーフェはエディアを強く抱きしめた。
それならば一緒にここから出よう、家族も家も、地位さえも捨てて。他の全てを失おうとも、絶対に、君の事を守ってみせる。
そう……あの時に誓った。
誓った、筈だった…………。
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