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第弐章 青年と少女

生命の大前提

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 ――――

 その日の夜、トリウスは書斎の一画で、瞑想に耽っていた。
 絨毯を敷いた上で、彼は正座の姿勢を取り、意識を統一している最中だ。
 すると……背後の扉からノックの音が聞こえる。
 ノックの仕方は、娘のそれとは違い若干強めだ。彼は音の主がラキサでないと気付く。

「鍵はかかっていないぞ、入るがいい」

 トリウスの声が聞こえたのか、何者かが扉を開き部屋に入って来た。

「俺だ。朝に借りた本を返しにきた」

 その正体はルーフェだった。手元には、トリウスから借りた本を持っている。

「本なら机の空いている所に置いてくれ。後で、私が片付けておくからな」

 トリウスはルーフェに振り向きもせずに、そう伝えた。
 言われた場所へと、ルーフェは本を置く。

「俺の用はそれだけだ。ありがとう、礼を言う」

 そして、形ばかりの感謝を言うと、彼は部屋から出ようとした。
 ……だが、出ようとするルーフェを、トリウスは言葉で静止する。

「待て。……君のような人間が、こうした本が好きだったとは意外だったな。それは昔の君の、今のようになる前の趣味なのか? それとも…………」

 そしてトリウスは、ゆっくりとルーフェへと振り向く。

「昼に話していた二人の会話――悪いが全て、聞かせてもらった。君が話していた、生き返らせたい恋人の事もだ」

 まさか、あの話を聞かれていたなんて。ルーフェは僅かに動揺した。
 トリウスには手に取るように、彼の動揺が分かる。
 かと言って……それに構うつもりはない。
 

「『どうして一度死んだ人間を生き返らせたいのか? 』確か君に、これを聞く約束だったな。どうだ? 時間はたっぷりと与えた筈だが、よく考えてみたかね?」
 
 トリウスからのあの問い、部屋にいた長い間、ルーフェは自分でもじっくり考えてみた。
 しかし……行き着く結論は初めと同じ、愛する人間を取り戻すのに理由がいるのか? 細かい理由なんて、いくら考えても出てこなかった。

「そんなもの、愛する人間がいたら、取り戻したいに決まっているさ。例え――何を犠牲にしようとも。他に、理由など……」

 ルーフェはそう、トリウスへと話した。
 彼はそれを聞くと、成程と言うように一息ついた。

「君の言いたい事は分かった。だが、どうやら君は、一つ大切な事を忘れていないかね?」

「一体……何が言いたい。俺は何も、忘れていたりなど……

 そう戸惑っているルーフェの目を見据えると、トリウスは告げた。


「つまり…………人間はいつかは死ぬと言う前提を、君は、考えた事はあるのか? 例え、上手く彼女を、蘇らせたとしてもな」





 彼の重く冷淡な言葉は、まるで死神が人間に対し、自らの死期を告げるかのようである。
 それを聞いた時、ルーフェの精神と心は、さながら絶対零度にまで凍り付いた。
 今まで彼は、死んだ愛する人を蘇らせるために、ここまで辿りついた。
 長い年月、見知らぬ土地を放浪し、手掛かりもなく……辛く苦しい旅を続けた。
 だが、例え願いが叶ったとしても、いつかは死ぬ。――人間である以上。
 それはとても、単純な答えだった。


 しかし、そんな簡単な事にも関わらず、彼はここにいる間、いやそれ以前に旅を始めてから、ただの一度も考えた事は無かった。
 彼女を取り戻す事、ただ一心にその事だけを考えていた、それも理由だ。
 否、だからこそ――――無意識に考えなかった、それだけかもしれない。
 トリウスは更にたたみかける。

「愛する人を取り返したい、この覚悟と信念は本物だろう。しかし……それは人間がいつか死ぬと言う事実を見ず、聞かず、考えようともしなかったからだ。仮に君が彼女を取り戻したとしても、待っている結果は死にすぎない。
 一年後、十年後か分からないが、それは確実だ。それでも、君は生き返らせたいのか? 二度目の別れを、再び味わう覚悟はあるのか?」

 最後の問いは、鋭いナイフのように、ルーフェの心へと突き刺さった。

「俺は、一体……どうすれば……」

 彼は何も言わずに後ろへとたじろぐと、踵を返して部屋から出て行った。

「幸い、考える時間はまだ十分にある。だから、よく考えてみるのだな、もし愛した人を生き返らせたいだけなら、それは無意味かつ不毛な願いだ。今の内に諦めた方が君の為だ」

 後ろから聞こえるトリウスの声を振り払い、ルーフェは逃げた。
 彼の言葉からも――そして、自分の心からも。
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