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二人の生活
しおりを挟むライゼルは女の子に、『クゥ』と名付けた。
本当の名前は何であるか知らないが、何か名前が無いと不便だからだ。
そして彼は自分の部屋を、クゥに与えた。
彼女がいるのは一ヶ月の間だけである事と、ライゼル自身も、普段あまり部屋を使わないからである。
ライゼルはクゥを部屋に案内した
「ほら、ここがクゥの部屋さ。好きに使っていいぞ」
「クゥ♪」
クゥはとても嬉しそうに、部屋の中を見た。背中の翼も、ぱたぱたと羽ばたかせている。
彼女は薄いTシャツと長ズボンを着ていた。船にはライゼルの服しか無かったからだ。
翼の邪魔にならないように、シャツの後ろの幾らかの部分は、切りとられていた。
部屋は清潔にしてあり、窓からは宇宙空間が眺められる。クゥはしばらくの間、そこに写る、オレンジ色に輝く、巨大な恒星に見とれていた。
そして中には、椅子と机と大きなベッドが一つ、そして本が多く入っている本棚があった。
ここまでは元々あった物だが、他にもウサギやネコなどの可愛いヌイグルミが、沢山置かれている。
これらのヌイグルミは、実はライゼルの趣味で集めていた物だが、女の子はこうした物が好きかもしれないと考えて、彼が部屋に運んだのだ。
部屋に入ると、クゥは辺りを見渡す。そして大きめなイヌのヌイグルミを、嬉しげに抱き上げた。どうやらそれが気に入ったようだ。
彼女はキラキラした目で、ライゼルを見た。その目は『これも私がもらっていいの?』と言っていた。
ライゼルはにっこりと笑って、頷いた。
それに喜んだクゥは、ヌイグルミを抱きしめて、頬摺りする。
彼にとって、女の子にこんなに喜ばれたのは、初めてだった。そして、今こうして喜んでいる所を見ている事も、である。
彼女のそんな様子を見ていて、ライゼルは、微笑ましい気持ちになった。
「ほら! 食べる時にはスプーンとフォークを! 食べ物を口に頬張らないで!」
「ムゥー?」
「……後、口に物入れて喋らないように」
口に食べ物を入れながら喋ったせいで、クゥの『クゥ』が『ムゥー』になっていた。
それはそれで、とても可愛いらしかった。ただ、辺りの状況を無視すればである。
二人はクーの部屋で、食事を取っている所だった。
船にいる間は、ライゼルはクゥとよく一緒にいた。クゥは寂しがって、よく彼の所に来るし、ライゼルはライゼルで、船にいる間は殆んどする事が無かったからだ。
ライゼルはスプーンとフォークを使って綺麗に食事するのに対して、クゥは素手で食べ物を掴んで食べていた。
クゥの周りには、食べかすが沢山こぼれていて、口元も汚れていた。
「全く……、仕方無いな」
ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、ライゼルはクゥの口元をぬぐった。
「何度も言っているだろ。スプーンをこう使って、こう口元に持って行って、食べ物を食べる時は少しずつ飲み込んで……」
そう言いながら、身振り手振りで食べ方を教えようとするが、クゥはきょとんとしたままで、全く理解していなかった。
これまでにライゼルは、何度も彼女に食べ方を教えたが、いつもこんな調子だった。
他にも色々と、教える事に苦労する物が多かった。例えばクゥは昨日、風呂の入り方を間違えて、また辺りを水浸しにしていた。
やはりジェスチャーで教えるのにも、限界がある。
まだ時間はあるし、良い機会だから、クゥに言葉を教えるのも良いかもしれない……。ライゼルはそう思った。
ライゼルがクーに言葉を教える事は、色々と苦労した。
「まず俺のマネして言ってみなよ。『こんにちは、さようなら、ありがとう、嬉しい』って」
「クゥ?」
「ほら、こう言うのさ『こ……ん……に……ち……は』」
「コ……ン……ニ…………チハ?」
「よく出来たじゃないか! 偉いぞ、クゥ」
「クゥ♪」
だが、同時に面白くもあった。それにクゥの呑み込みと学習能力は、とても良かった。 五日後には、単語を繋げただけの、簡単な言葉を話せるようになった。
「ライ……勉強……お話」
「分かったよ。なら今日は、『白雪姫』でも話すか」
「僕……嬉しい」
「クゥに喜んでもらって、良かった。じゃあ話すよ『昔々ある所に、一人のお姫様がいました。そのお姫様は……』」
「昔々……お姫様……」
こうして、段々と言葉を覚えていく。また言葉を覚えるのに比例して、クゥの知能も伸びていく。自分で本を読んだり、調べたり、ライゼルに色々と聞く事が出来るようになったからだ。
そして二週間後には、ついにクゥは言葉を完全に覚え、知能も十六歳の女の子のそれと同じ位にまで上がった。
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