テイルウィンド

双子烏丸

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第十一章 束の間の安寧と、そして――

ジンジャーブレッドの謎

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 ――――
 フウマとミオはコックピットで、ようやくテイルウィンドの最終調整を、そろそろ終えようとしている所だ。
「これをこうして、と」
 機体のシステムを起動させ、シミュレーションモードで機体操作を、一通り行っている最中。
 ――動きは、なかなか、いい感じ――
 実際に飛ばすように、旋回、上昇に下降、出力の調整など……一通り試してみる。
 そしてシステムの操作も――問題なく、使いやすい。


「……どうかな、フウマ」
 コックピットシートに座るフウマの後ろから、ミオが現れて顔を覗かせる。
 フウマは振り返ると、満足そうな様子を見せた。
「もちろん、最高だよ! これなら後半戦も十分に行けるさ」
「満足してくれて、良かったな」
 彼の喜んでいる顔を見て、ミオもまた、嬉しそうに顔をほころばせる。
「後半戦も私、応援しているね。だから、もしレースが終わったら――」
「もちろん! 残る最後まで、全力で行くよ!」
 そう言ってフウマは、彼女にニッと、得意げに笑った。


 
 機体の準備は、これで整った。
 しかし……。
「でも、まだレースが始まるまで時間がかかるかも。ちょっと、ゆっくり休憩しようか」
 ミオもそれに、こくりと頷く。
「そうだね、フウマ。
 ……けど、少し私、喉が渇いているんだ。近くの自販機に、買いに行ってもいい?」
 彼女のその言葉に、フウマは制止する。
「それだったら、僕がパッて買いに行くよ。だからミオは休んでて、メンテで疲れているだろうし。
 後、ついでに食べたい物があるなら、売店で買うよ」
 これはフウマなりに、ミオの事を気遣ってのことだった。
「――なら、お願いしようかな。えっと、飲み物はレモンスカッシュと……近くの売店には、パン屋もあったね。そこに売ってるメロンパンも、買って来てくれたら嬉しいな」
 彼女の言葉を聞くと、勢いよくフウマはコックピットシートから立つ。
「分かった! それじゃ、今から行って来るさ。
 すぐ戻ってくるから、待ってて!」
 そう言い残してフウマは、テイルウィンドの外へと出ていくことになった。



 ――――
 フウマはテイルウィンドを降りると、格納区画外に位置する自販機、売店に向かうべく、歩きだす。
 方向としては、ちょうど隣に停められたシロノのホワイトムーンそして、ジンジャーブレッドの機体、ブラッククラッカーのある方向になる。
 恐らく修理を終えたのか、誰もいないホワイトムーンの前を通り過ぎ、ラッククラッカーを通りかかった、丁度その時……。
「くはっ! ぐっ、があぁぁっ!」
 突如、真上から誰かの絶叫が響いた。
 その声の主は、ジンジャーブレッドである。叫びは未だ続き、相当な痛みと苦しみが、容易に想像がつく程だ。
 ――これは一体、とても苦しそうだけど――
 どうして良いか分からず、辺りを見回すも……タイミングの悪いことに、周囲にそんな人など見当たらない。


 ――ええと。とにかく、様子を確認しないと――
 もしかすると、何かの病気や怪我なのかもしれない。
 絶叫はブラッククラッカーの、コックピットの中から。ハッチは開けっ放しで、梯子まで用意されたまま、今なら中に入ることが出来るはずだ。
 他人の機体に触ることにはやや引けたが、今は一刻も争う。フウマは急いで梯子を登り、ハッチの入り口の前に立って、中を覗いた。


「ううっ……はぁ、ぐううっ」
 暗いコックピットの中、背を向けてうずくまって震えるジンジャーブレッド。見ると、床には何本の注射器が、バラバラに散らばっていた。
 ――何だよ、これは――
 相変わらず呻き、叫び声をあげる目の前の人影……この凄惨な光景にフウマはたじろぎ、喉から悲鳴がこぼれかける。
 彼は一歩、コックピット内に足を踏み入れようとした。――だが。

 パキッ!
 
 すると足元から、何か割れたような乾いた音。
 見るとそこには、割れた注射器が一本。半透明な破片が散らばり、中に残っていたドロッとした液体が、鈍く輝く。
「ぐっ……はぁ、……だ、誰だ」
 音に察知したジンジャーブレッドは、ゆっくりと後ろを振り向いた。
 彼が向けた、その顔。
 それを見たフウマは、言いようのない驚愕と、混乱に陥った。そして――

「ジンジャーブレッドさん、あなたは……」

 
 
 
 ――――

 テイルウィンドの中で、フウマの帰りを待っているミオ。
 ――遅いな、フウマ。すぐ戻って来るって……言ったのに――
 機体のコックピットシートに腰掛け、少し心配そうな様子で、頬杖をつく。
 出て行ってから、それなりの時間が立った。とっくに戻って来ても、いいくらいなのだが……
 ――どうしたんだろ。ちょっと様子でも、見に行こうかな――
 ふと、彼女がそんな事まで考えはじめた時――


「ただいま! 遅くなって、ゴメン!」
 コックピットの扉が開き、ようやくフウマが帰って来た。
 手元にはレモンスカッシュの缶が二つと、売店で買っていたパンの入った袋をぶら下がっている。
「あっ、おかえり!」
 ようやく戻って来た彼を、ミオは嬉しそうに出迎えた。
「どうやら……道を忘れてたみたいでさ、少し迷っちゃってたんだ。あはは、何やっているんだろうね」
 フウマはそう言いながら、恥ずかしそうに笑ってみせた。
「ふふっ、まぁそれくらい、誰だってあるよ。そこまで気にしなくても――」
 ……と、途中ふとミオがフウマの顔を見たとき、一瞬だけその笑顔に、影が差しているように感じた。
「……フウマ?」
「ん、どうかした?」
 フウマは何事もないように、返事を返した。
「ううん――何でも、ないかな――」
 辛うじて彼女は、自身の疑問を呑み込む。
 ――変に言ったら、またフウマを困らせるかも。レースを前に、かえって動揺させることを聞くのは、よくないよね―― 
 少し前、温泉に閉じ込められていた時の事も、記憶に残っていた彼女。それに違和感を感じたのは、一瞬だけ。ただの気のせいと言うのも、あるかもしれない。
 ミオはこれ以上、今は聞かないことに決めた。


 そしてフウマは、飲み物の缶と、そしてメロンパンの入った紙袋を取り出して彼女に渡した。
「遅れたけど、ちゃんと買うものは買って来たんだ。
 一緒に食べよう。……僕も、レースもあるから体力をつけないと、ね」
 彼も買ってきた自分の分のメロンパンを取り出し、ぱくりと頬張った。
 ミオもメロンパンを、一口。
「甘くて美味しいね、フウマ」
 彼女の言葉に、フウマは頷く。
「うん、とっても。……でも」
 すると、僅かに重い口調で、こんな事を呟く。

「その分、僕はレースに力を入れないと。ジンジャーブレッドさんの全力にも――応えたいんだ」

 小さい呟きではある。
 だが、その呟きには――フウマ強い想いと決意が込められた。

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