テイルウィンド

双子烏丸

文字の大きさ
上 下
83 / 204
第八章 本番へ――

訓練飛行(2)

しおりを挟む
 今度は空の上へ、上へと急速に上り、高度計も二千、三千、四千メートル……と瞬く間に、止まることなく数値が変わる。風景さえ、空に浮かぶ雲を、何度も突き抜け青と白と、代わり代わりに変化する景色。
「……ぐっ!」
 惑星の重力と、テイルウィンドの加速の負荷が身体にかかり、フウマは苦しげに呻く。
身体から流れる冷や汗で、僅かに服がにじむ。
 ――急上昇で一気に大気圏離脱、結構きついな。……でも、今回は、この辺りの対策もしないといけないし――
 いつの間にか、機体は遥か高度、十五キロメートルにまで到達していた。今や通常の雲が発生する対流圏を通過し、真下に雲海として広がるのみだが、それもすぐに小さくなっていく。


 百キロメートルに近くなれば、温度計は-八十度まで下がり、銀色に輝く巻雲に近い夜光雲が見える。空の青も、一層濃くなる。そして更に数百キロメートルにまで上がれば、青の色もより濃く、暗い色へと変わり、分子解離によるオーロラも時々見える。
 テイルウィンドの加速も、多少はマシになった。少しは操縦席に押し付けられる力も弱まり、余裕が出てきたフウマは、改めてディスプレイの景色を眺める。
 
 

 時間はまだ昼間、本来なら地上では見ることのない夜空と星々が、上には広がっていた。そして同時に、下には青空も見える。テイルウィンドは丁度、空と宇宙の境界線上へと
到達した訳だ。
 この光景を見たフウマは、思わず口元が緩む。
 今更、初めて見る景色ではないが、それでもこの景色は気に入っていた。こうして……地上から宇宙へと上がって来たと言う実感が、一番湧いてくるからだ。
 上昇するに従い、重力は更に低くなる。景色の比率も黒が増え、惑星の地平線もより丸みを帯びていく。
 そして、テイルウィンドは惑星の大気圏を、完全に脱出した。
 
 
 
 フウマは機体を惑星の周回軌道へと乗せ、ブースターを停止させた。後は惑星を一周したのち、地上へ着陸して今回の訓練は終わる。
 ここまでの飛行データは、リアルタイムで自動的に、地上へと送られている。今頃はミオが、それを調べて今後の改良に役立てるはずだ。
 しかし、今のところは、特に何かする必要はない。軌道に乗ったテイルウィンドは、数十分後にはそのまま星を一周する。
 ……だが、流石にこのまま本当に何もしないのは、少し退屈だ。
 体を固定する操縦席のベルトを、フウマは外した。途端に、無重力のせいで体が宙へと浮く。
 壁を伝いながらコックピット内を移動すると、扉の方にまでたどり着き、 開けて別の部屋に移った。



 そこは三方向に扉のある狭い部屋で、内一つはさっき入って来た扉だ。向かい側の扉も
同じような扉だが、右手にある三番目の扉は、とりわけ厳重そうな扉で左手にはヘルメット付きの宇宙服が二着かけられている。
 上着を脱ぎ、インナーの上から宇宙服を身に着け、フウマはヘルメットを被り厳重な扉――テイルウィンドのエアロックを開けた。
 中に入ると扉は勝手に閉じ、気圧は下がり空気が抜けていく。
 完全に空気が抜け、外側のエアロックが開くとそこは宇宙空間。ケーブルで壁と宇宙服を繋げ、外へと出ると、スラスターを使用して空間移動しながら、機体の上へと上った。
 足底の磁力ブーツは稼働しているため、無重力でも上に立って景色を眺めることが出来る。フウマが眺めているのは、そこから見える、惑星エアケルトゥングの姿だった。
 


 惑星の大半は大陸部が多く、海洋面積は全体の四割、あるかないかである。大陸部も渓谷が多く刻まれているものの、山間部はほぼ無いに等しく、土地は肥沃な部分が多い。他のテラフォーミング化された惑星は、海が多い傾向にあり青い惑星に見えることが多いが、この惑星エアケルトゥングに関して言えば、むしろ緑が目立つ、新緑色の惑星と言えた。
 ――僕が暮らす、この惑星。それがこうして、僕の前に浮かんでいる――
 自分の機体の真上に立つ、フウマの目の前に浮かぶのは、巨大な緑と青、そして白の混ざった球体だ。
 ――ここから手を伸ばせば……星が掴めるかも――
 彼はついそんな空想をしながら、エアケルトゥングに手を伸ばしてみせた。
 ……が、当然の事ながら、届くわけはない。
 ――残念。夜空に浮かぶ星よりも、ずっと大きくてはっきり見えるから、上手く行きそうだと思ったんだけどな――
 フッと、口元に薄い苦笑いを、フウマは浮かべる。
 実際はそんな事、出来るはずないことは分かっていた。しかし、ちょっとだけの遊び心、試したかっただけだった。
 目の前の惑星は、ゆっくりと回転している。いや、厳密に言えばテイルウィンドの方が、惑星上を周回しているのだが……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

逆算方程式

双子烏丸
SF
 星から星を渡り歩き、依頼された積荷を運ぶ、フローライト・カンパニーの社員ライゼル。  この依頼も、いつもと同じく,指定された星へと積荷を運ぶ、ただそれだけだ。  その筈だったが、彼に預けられた積荷、その正体は……。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

処理中です...