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第五章 深紅の炎
人機一体
しおりを挟む――視界には、機体のほぼ全体に存在する各種センサー類から得た情報を、視覚情報へと変換された映像が、人間の視界感覚を超えた全方位の範囲で、一面に展開されている。
ディスプレイ、スイッチ、レバーなど、操縦機器や機械類は周囲には見当たらず、
楕円型の狭く暗い空間の大部分は、パイロットの全身を覆い隠すほどに大きい、ドーム型の操縦席に占領されている。
唯一、操縦席から外に出ている頭部も、全て球体のヘルメットで覆われ、そこから延びる何本ものケーブルは、そのまま操縦席へと繋がっている。
このヘルメット、そしてジンジャーブレッドの身体を覆う操縦席の内部には、肉体の神経系とダイレクトに繋げる接続端末がいくつかある。
それによって機体が得た映像やレーダー、その他諸々の情報を直接パイロットの神経、脳へと送り、逆にパイロットは機体の操作を、それを介して操作機器を使わずに動かす事が可能となる。
つまり、その分情報取得と操作の精度、速度が格段に、通常よりも上昇しているが、機械との直接的な接続による肉体の負担、そしてこの技術の高度さと多大なコストもあり、一般にはおろか、レースに使われる高性能機にすらほぼ使われない。
無論、ほんの僅かだが、この人機一体型のシステムを採用しているレーサーも存在する。しかし人間の能力ではそれを完全に使いこなすには不可能に近く、結局採用した所で、一般の操縦手段とその性能差は大差変わらないのが現実だった。
とどのつまり、デメリットばかり多く、メリットはほぼ存在しない…………はっきり言って無駄そのものだった。
だが、ジンジャーブレッドは違っていた。
天賦の才と言うのか、彼の脳、そして神経は、こうした機械との接合に高い順応度を示し、このシステムを完全に、いや、それさえ上回る性能を発揮させた。
かつて現役の頃に、ジンジャーブレッドの愛機だった、クッキー。それにもこのブラッククラッカー程に高性能ではないが、人機一体型システムは搭載されていた。
無敗を誇る彼の伝説は、これによる部分も、大きいはずだ。
ケーブル、ヘルメットを経由して、機体のコンピューターから直接脳内に送られる映像を、ジンジャーブレッドは、まるで自分そのものが機体そのものであるかのような視点で見ている。
周囲に渦巻く大気の流れ。流体反応、風力測定、熱量感知センサーの反応を機械から自らの神経へと受け取り、体全身でその流れを感じることができる。
さながら、海中で潮の流れに乗って泳ぐ、魚にでもなったみたいな感覚だ。
――そうだ、この感覚、精神の高揚……、これこそがレーサーというものだ――
ジンジャーブレッドは心の中で、自らの興奮へと浸っている。
トップを飛ぶのは自分一人……この空間を全て、わが物にした気分と、レースの興奮と緊張、様々な感情が、入り混じって沸き起こる。
これは、今でも変わることはない。
――そして…………私はジンジャーブレッド、勝利は私だけのもの。誰が、どんなに早く飛ぼうとも、誰も私に追いつけはしない。それこそが、私が私である所以だ――
そんな最中、他のレース機が接近して来るのを感じた。
このシステムには、映像やホログラムなどで投映されるレーダー画面さえ存在しない。レーダーさえも情報変換されて脳内へと転送され、人間で言う第六感に近い感覚で、相手の気配を感じることが出来た。
急速に接近する、相手の機体。ジンジャーブレッドの頭に直接、その情報が入って来る。
機体はクリムゾンフレイム……マリン・フローライトの愛機の名だ。
更に、今そのクリムゾンフレイムから、通信が送られて来るのを感じる。
ジンジャーブレッドは、愉快そうに笑みを、口元に浮かべた。
――私に通信を送って来るとは…………。まぁ、良いだろう。現役だった頃にも、ここまで追いついて来た人間は、両手で数える程度だ。その腕に免じて、少しは相手をしてやろう――
通信は、それを繋げるかどうか、彼の許可を待っている。
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