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誘拐
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「さて、勇者の相手は分身に任せておいて……。ムイ、よく逃げられたものだな」
男はいつの間にか私の体を抱え、城を目前に手首に巻いていた紫色の巻物を外しながら言った。
私はというと、周囲にいた市民や騎士から命からがら逃げていた。
遠くの方で勇者が必死にあっちに行ったりこっちに行ったりしているのが見えた。男はそれを滑稽と思うのか、嘲る笑みを浮かべて徐に歩き始めた。
「これから、お前にも戦ってもらう」
「…………え⁉」
「何を驚いている? お前は俺の下に付いたのだから、当然俺の指示には従ってもらうぞ?」
た、戦うなんてそんな……。私は元々平和だった獣人の村の生まれだし、戦ったことなんて……。それに誰かを殺すなんて、そんなことしたこともない。私はこの人みたいにはなれない。誰かを殺すって想像するととてつもなく怖くて、恐ろしいことだと感じてしまうからだ。
私がうじうじと戦いに赴くことに抵抗感を感じていると、男は、はぁ、とため息をした後、こっちを振り返る訳でもなく話し始めた。
「先ほど、活動家の話があったな? 奴らの目的は何だと思う?」
「それは、獣人たちの奴隷制度撤廃……」
「残念ながら違う。それはあくまで手段だ」
男はバッサリと私の言葉を断ち切るように断言した。
”手段”という言葉に私は疑問を覚えて、「手段って?」と小さな声でつぶやくと、男は立ち止まり、私と向き合った。
「あぁ、自分たちが正義の側にいるという安心を得るためのな」
「…………」
「お前もそうだろう? 自分が誰かを殺めて、純粋で潔白な今の自分が消えてしまうのが不安で不安で仕方がない」
「それは……」
言葉が詰まった。村が襲われた時もそうだった。私たちはみんな逃げるだけだった。それはもちろん、争いを恐れていたこともある。でも、誰かが助けてくれるなんて淡い期待を持っていたことも事実だった。誰かが手を汚してくれると……。
私たちの英雄が欲しかった。救世主が来てほしかった……。
今日だってそうだ。みんな、誰かが助けてくれることを信じた。それがありもしない希望だと理解したうえで臨み続けた。
だけど……!
「だが、もし何かを変えたいと本気で思うなら、いつか手を汚さなければならない。それが泥だったか、血だったかの違いはあるがな」
「…………」
「迷うな。お前が求めている潔白さ、言ってしまえば正義というものは、至極くだらないものだ。かつて俺のいた世界で、争い忌む人間が言い出した言葉があった。『正義の反対は、また違った正義だ』と……」
男はその言葉をかみしめるように言った後、にぃっと子供のような笑みを浮かべて天を仰ぎ、この世界に言い聞かせるように声を張り上げた。
「馬鹿馬鹿しい! こう言い換えろ! 『悪の反対は、また違った悪なのだ』と! 生きとし生ける者どもに、正義などあるわけないだろう⁉ あるのは、自分勝手を正当化する解釈だけだ。なぁ? まだこだわるか?」
「魔王……様」
男の問いかけに対して出た答えはそんなものだった。なぜその言葉が口をついて出てきたのか、自分でもわからない。でも、この人は魔王なのだと本能で感じ取ってしまった。
魔王……。私はこの人についていく。手を汚し、心を汚しても……。そう思った。
「……やる気になったか? なら、この国の王子、もしくは王女を攫いに行くぞ」
「え、それはどうして?」
「一国の王の子供が攫われたら、皆躍起になるだろう。王を狙わないのは、もし王を攫ってしまえば、国の統治がうまくいかなくなり、結果的に弱体化してしまう可能性があるからだ」
……弱体化した方がいいのでは? という無粋なことも思いはしたが、魔王様が魔王足りうる存在になるには、これぐらいは必要ということだろう。
「分かったら行くぞ」
「……」
「どうした? 行くぞ」
「あ、やっぱり怖いのでここにいます」
私がそう言ったのを聞くと、魔王様は私の首をつかみ、私の体ごと持ち上げて無理やり城の方に連れて行った。私は碌に抵抗することもできなかった。
そして魔王様に連れられるまま城にやってくると、門兵がすぐさまやってきて、
「何者だ! 用がないのなら帰りなさい!」
「魔王だ。王女を攫いに来た」
「なにを……」
門兵が数文字口にした瞬間、魔王様がその眼前にいて門兵の頭をわしづかみし地面にたたきつけた。先ほどまでの魔力による破壊ではなかったから、幾分ましな扱いといえるだろう。
「わざわざ正面から戦わなくても、遠くからさっきの銃で全部壊しちゃえばいいんじゃないですか?」
わざわざ門まで行き、直接戦闘を仕掛ける魔王様に疑問を抱いた私はその疑問をぶつけた。まさか魔力切れということもないだろうし、その理由がわからなかった。
「そうすると城ごと崩れてしまうだろう? そうなれば標的も王も死んでしまうだろう。やはり獣人は、少し知能が低い傾向があるらしいな。結果を早まるな。大事なのは結果ではない。そのいきさつと、結果から起こった事象だ」
魔王様はそういうと、門を殴って吹き飛ばし、ずかずかと容赦なく城の中に入った。すると、まず最初に目に入ったのは、十数人の銃兵と、その背後で背に大きな魔法陣を浮かび上がらせた魔法兵だった。
「はぁ……。国の中枢だというのに、この程度か……」
魔王様は心底あきれた顔をして、ため息をついた。
男はいつの間にか私の体を抱え、城を目前に手首に巻いていた紫色の巻物を外しながら言った。
私はというと、周囲にいた市民や騎士から命からがら逃げていた。
遠くの方で勇者が必死にあっちに行ったりこっちに行ったりしているのが見えた。男はそれを滑稽と思うのか、嘲る笑みを浮かべて徐に歩き始めた。
「これから、お前にも戦ってもらう」
「…………え⁉」
「何を驚いている? お前は俺の下に付いたのだから、当然俺の指示には従ってもらうぞ?」
た、戦うなんてそんな……。私は元々平和だった獣人の村の生まれだし、戦ったことなんて……。それに誰かを殺すなんて、そんなことしたこともない。私はこの人みたいにはなれない。誰かを殺すって想像するととてつもなく怖くて、恐ろしいことだと感じてしまうからだ。
私がうじうじと戦いに赴くことに抵抗感を感じていると、男は、はぁ、とため息をした後、こっちを振り返る訳でもなく話し始めた。
「先ほど、活動家の話があったな? 奴らの目的は何だと思う?」
「それは、獣人たちの奴隷制度撤廃……」
「残念ながら違う。それはあくまで手段だ」
男はバッサリと私の言葉を断ち切るように断言した。
”手段”という言葉に私は疑問を覚えて、「手段って?」と小さな声でつぶやくと、男は立ち止まり、私と向き合った。
「あぁ、自分たちが正義の側にいるという安心を得るためのな」
「…………」
「お前もそうだろう? 自分が誰かを殺めて、純粋で潔白な今の自分が消えてしまうのが不安で不安で仕方がない」
「それは……」
言葉が詰まった。村が襲われた時もそうだった。私たちはみんな逃げるだけだった。それはもちろん、争いを恐れていたこともある。でも、誰かが助けてくれるなんて淡い期待を持っていたことも事実だった。誰かが手を汚してくれると……。
私たちの英雄が欲しかった。救世主が来てほしかった……。
今日だってそうだ。みんな、誰かが助けてくれることを信じた。それがありもしない希望だと理解したうえで臨み続けた。
だけど……!
「だが、もし何かを変えたいと本気で思うなら、いつか手を汚さなければならない。それが泥だったか、血だったかの違いはあるがな」
「…………」
「迷うな。お前が求めている潔白さ、言ってしまえば正義というものは、至極くだらないものだ。かつて俺のいた世界で、争い忌む人間が言い出した言葉があった。『正義の反対は、また違った正義だ』と……」
男はその言葉をかみしめるように言った後、にぃっと子供のような笑みを浮かべて天を仰ぎ、この世界に言い聞かせるように声を張り上げた。
「馬鹿馬鹿しい! こう言い換えろ! 『悪の反対は、また違った悪なのだ』と! 生きとし生ける者どもに、正義などあるわけないだろう⁉ あるのは、自分勝手を正当化する解釈だけだ。なぁ? まだこだわるか?」
「魔王……様」
男の問いかけに対して出た答えはそんなものだった。なぜその言葉が口をついて出てきたのか、自分でもわからない。でも、この人は魔王なのだと本能で感じ取ってしまった。
魔王……。私はこの人についていく。手を汚し、心を汚しても……。そう思った。
「……やる気になったか? なら、この国の王子、もしくは王女を攫いに行くぞ」
「え、それはどうして?」
「一国の王の子供が攫われたら、皆躍起になるだろう。王を狙わないのは、もし王を攫ってしまえば、国の統治がうまくいかなくなり、結果的に弱体化してしまう可能性があるからだ」
……弱体化した方がいいのでは? という無粋なことも思いはしたが、魔王様が魔王足りうる存在になるには、これぐらいは必要ということだろう。
「分かったら行くぞ」
「……」
「どうした? 行くぞ」
「あ、やっぱり怖いのでここにいます」
私がそう言ったのを聞くと、魔王様は私の首をつかみ、私の体ごと持ち上げて無理やり城の方に連れて行った。私は碌に抵抗することもできなかった。
そして魔王様に連れられるまま城にやってくると、門兵がすぐさまやってきて、
「何者だ! 用がないのなら帰りなさい!」
「魔王だ。王女を攫いに来た」
「なにを……」
門兵が数文字口にした瞬間、魔王様がその眼前にいて門兵の頭をわしづかみし地面にたたきつけた。先ほどまでの魔力による破壊ではなかったから、幾分ましな扱いといえるだろう。
「わざわざ正面から戦わなくても、遠くからさっきの銃で全部壊しちゃえばいいんじゃないですか?」
わざわざ門まで行き、直接戦闘を仕掛ける魔王様に疑問を抱いた私はその疑問をぶつけた。まさか魔力切れということもないだろうし、その理由がわからなかった。
「そうすると城ごと崩れてしまうだろう? そうなれば標的も王も死んでしまうだろう。やはり獣人は、少し知能が低い傾向があるらしいな。結果を早まるな。大事なのは結果ではない。そのいきさつと、結果から起こった事象だ」
魔王様はそういうと、門を殴って吹き飛ばし、ずかずかと容赦なく城の中に入った。すると、まず最初に目に入ったのは、十数人の銃兵と、その背後で背に大きな魔法陣を浮かび上がらせた魔法兵だった。
「はぁ……。国の中枢だというのに、この程度か……」
魔王様は心底あきれた顔をして、ため息をついた。
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