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草創編

第10話 : 壮大な旅に向けた話し合いはもつれにもつれるがやがて大円団を迎える

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 マホロの問いに、ルハンは沈黙する。構わずマホロが言葉を続ける。

「ルイナーがどこにいるかはわかってるのか?」

「……ルイナーは、この世界で最大の領土を治めているラムール王国の、『フィルノートル山』を根城にしている」

「なんだよ、ラスボスの居場所はわかってんのか! だったら、世界全体で協力して攻め込みゃいいじゃん」

「それができたら苦労はしない。ルイナーは、『もしフィルノートル山への侵攻があった場合、転移者の数をさらに増やす』と宣言しているんだ。月に一人の転移者にすら世界が右往左往しているのに、これ以上増えたらたまったものじゃない」

 即座に、マホロの頭には疑問が浮かぶ。

「でもさ、それってマジなのかな」

「え?」

「だって、そのルイナーって奴が本当に転移者の数を増やせるなら、最初からやってないか? ルイナーは、この世界をめちゃくちゃにしたいんだろ? だったら、ハナから転移者の数を増やした方が早いじゃん」

「それは……そうだが……」

「だろ? ってことは、ルイナーは転移者を増やすなんてことはできねぇんだよ! 脅しで言ってるだけだ」

「その可能性についてももちろん議論されている。だが、確証がない以上、軽率な行動は取れない。世界の命運が懸かっているんだ」

 マホロは、ルハンのセリフとはまったく嚙み合わない、脈絡のない一言を繰り出す。

「決めた! 俺、そのルイナーって奴を倒すよ!」

「なんだって?」

「ルイナーが言っているのはほぼブラフだ。転移者を召喚するペースをコントロールできるような奴なら、この三年間で何かしらやってくるはずだ。この世界を壊したいようなサイコ野郎なんだろ? 言われた通りフィルノートル山に来ないからって、約束を守るようなまともな奴じゃないだろ」

「あ、ああ……。まあ……。断言はできないが……」

「断言しちまって問題ないって! ルイナーは、ただ自分が攻め込まれたくないからそうやって牽制してるだけなんだよ」

 マホロの言葉を受け、腕組みしたまま考え込んだ後、眉根を寄せながらルハンが言う。

「それにしたって、ルイナーをどう倒す? この世界のルールを捻じ曲げたようなバケモノだぞ。どんな力を持っているかもわからない」

「おいおいルハンちゃんよぉ。俺のスキルを忘れたか?」

「……!」

「その顔を見ると、気付いたみたいだな。そうだよ。俺は、相手がどんな力を持ってようが無敵なんだよ。剣で切られようが、毒を盛られようが平気なんだぜ?」

「だが、君は無敵でありつつ、同時に最弱だ。仮にルイナーと対峙できても、そこからどうするつもりなんだ?」

「それはあとで考えるよ。まあ、何とかなるだろ!」

「何とかなるって……。そんな行き当たりばったりでは――」

「だけど、俺だけが堂々とルイナーに近付けるってことは事実だ。何をされようがノーダメージなんだからな。フィルノートル山ったって広いんだろ? その山のどこに住んでて、どんな姿で、どんな奴で、他にどんな能力あるのか。それがわかるだけでも大きいんじゃないのか」

 何かと反論してきたルハンだが、ここでついに口ごもり、腕組みしたまま視線を上へやった。考え事をしているようだ。

 数分の思考の後、ルハンが言う。「それに関しては一理ある」

「だろっ? そうだよなっ?」

「私もマホロ君の意見に賛成、かな。ルイナーの正体がわかるだけでも、今の世界の混沌とした状況を破るための風穴になるかも」

 ファミルの賛同に気を良くし、マホロがさらに続ける。

「よし、ルハン! これで決まりだ。あんたは、俺を監視できればいいんだろ? つまり、俺のそばにいりゃいいわけだ。だったら、俺のルイナー退治を見届けてくれよ。何なら協力してくれたりするともっと助かるけどよ」

「……」

「もちろん、ルイナーを倒した後は、元の世界に戻るつもりだ。戻れるならな。――元の世界に戻っても、友達もいないし、学校もつまんないし、面白い世界じゃねぇけど……ペットたちが俺を待ってるから」

「ペット……?」ルハンが首をかしげる。

「何でもねぇ。忘れてくれ。とにかく、戻れるなら元の世界に戻りたいんだよ! そのルイナーってのは、転移を操ってるような奴だろ? ルイナーなら、元の世界に戻る方法を知ってるかもしれねぇ。だったら、俺はやるよ!」

 ルハンは、ただ黙ってマホロの顔を見つめている。
 まったくの無表情であるため、何を考えているのかは読み取れなかった。

「な、なんだよ……。まだ反対するってのかよルハン」

「――いや、わかった。そこまで言うなら、君の旅に同行しよう」

「えっ!?」

「ルイナーを倒すために旅立つんだろ?」

「あ、ああ! 明日にでもな!」

 急な同意にあたふたするマホロだったが、慌てて握りこぶしを作り、ルハンの前へ突き出した。

「ちょっと待って!」ここでファミルが立ち上がる。「それなら、私もついていく」
 ルハンが目を剝く。「なんだって?」

「私はサウザンドで、乱獣と意思疎通を図ることができるし、薬にも詳しいから、野草とかを使って治療薬から毒薬まで何でも作れる。裏方として役に立てると思うの。だからお願い、私も連れて行って」

「バカなことを言わないでくれ。許嫁として許すわけにはいかない。危険な旅に、戦闘能力のないファミルを連れていけないよ」

「じゃ、あたしが守るからさ。それでいいでしょルハン兄」

 決意に満ちた表情でネルフィンが参戦を表明する。
 しかし、ルハンの答えは変わらない。

「駄目だ。あくまで彼と二人で行く。ファミルとネルフィンを危険に巻き込むわけにはいかない」

 ここから、ルハン VS ファミル&ネルフィン連合軍による口論が続いた。

 常に冷静さを維持していたルハンが、珍しく焦っている。
 マホロは、その様子を興味深く眺めていた。

 話を聞いていると、ファミルとしては「世界を救う手助けがしたい」「乱獣とコミュニケーションを取って無駄な殺生をしなくていいようにしたい」という思いがあるようだ。

 人間の勝手な都合で乱獣を殺す、ということに抵抗を覚えるマホロとしては、ファミルの言葉が嬉しかった。

 ネルフィンも、ついていくと言って譲らない。
 義理とはいえ、大事な姉を放っておけないというごく自然な感情からだろう。

 鉤爪の扱い方に慣れていそうだったから、ある程度戦闘に自信があるのかもしれない。
 よく見ると、露出している二の腕やふくらはぎにはしなやかな筋肉が付いているように見える。
 腕試しをしたい、なんていう思いもあるのかもしれない。

 一向に決着がつきそうにない議論を前に、ロンズが口を開く。

「わかったわかった。三人とも、ちょっと落ち着け。――なあルハン、父親の俺がこんなこと言うのもどうかと思うが、ファミルとネルフィンも連れてってくれねぇか」

「なっ……! ロンズさんまで何を? あのルイナーを倒すための旅ですよ? 危険すぎる。特にファミルは、なんの戦闘技術もないんですよ?」

「わかっちゃいるが……」ロンズが言葉を切り、椅子の背もたれに深く身を預ける。「長年の夢だったんだよ、ファミルの」

「え?」

「乱獣と理解し合い、共生する世の中を作るってことだよ。ルハンも知ってただろう」

「知っては……いましたけど。もうとっくに諦めてくれたものかと」

「ああ。諦めてたはずだ。ついさっきの、マホロと乱獣との一件を目の当たりにするまではな」

「……」

「ルハンも知っての通り、ファミルの能力は『落ち着いた状態の乱獣とならコミュニケーションが取れる』ってやつだ。でも乱獣ってのは、人間と遭遇するとほぼ確実に警戒したり興奮したりしてやがる。挙句の果てには攻撃だってしてくる。でもマホロは、それを無傷でやり過ごせる。で、理解不能な状況に陥った乱獣は興奮を忘れ、我に返る。そこを狙えば、ファミルが接触できるってわけだ」

「そうかも……しれませんが……」

「それに、ファミルの言う通り薬の知識も豊富だしな。パーティを支える力はあるだろう。親としちゃ不安だし寂しいが、娘の夢を叶えてやりたいって思いもあるし、本当にルイナーが消えてなくなるなら、こんなに嬉しいことはねぇしな」

 ルハンが、すべてを諦めたように長く息を吐く。

「わかりました。親であるロンズさんがそこまで言うのなら、ファミルも連れていきましょう。僕がそばにいるので守り切れると思いますし」

「おう、頼んだぞ。ファミルの同行を許可してるのは、ルハンが一緒だから安心、ってのが一番デカい理由だからな」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「あと、もちろんネルフィンのことも頼んだぞ。お前や村の乱獣ハンターたちが鍛えてくれたおかげで多少は戦闘もできるけどよ、所詮は素人に毛が生えた程度だ。しっかり守ってやってくれ」

「任せてください」

「おいネルフィン、お前は大して強くねぇんだから、積極的に戦うなよ。お前の役目は、得意の『勘の鋭さ』でこのパーティを危険に晒さねぇことだ。わかったな」

「アイアイサー!」

 ネルフィンが敬礼しながら、顔を引き締める。

 やっと話がまとまったことに安堵したマホロ。
 ネルフィンの勘の鋭さ、というのが何なのかやや気になったが、せっかく終わりかけている話が無駄に広がっても困るので自重した。

 ロンズがまとめに入る。

「よし、これで一件落着だな。明日から、お前たちはルイナー探しの旅に出る。この旅を許可する条件は、必ずファミルとネルフィンの命を守ること。いいな、ルハン、マホロ」

「もちろんです」

「おう、任せとけって!」

 いかつい顔を緩ませながら立ち上がったロンズは、ゆっくりと、そして深く深く、その場でこうべを垂れた。
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