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草創編
第9話 : 元凶「ルイナー」
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「無敵にして最弱、というところか。変わった転移者だ」
ロンズ家に到着し、ロンズ、ネルフィン、ルハン、ファミル、マホロの並びで、五人が円卓についた瞬間、マホロの正面に座るルハンがポロリと言葉を漏らした。
ネルフィンが反応する。「それ、面白いねぇ。確かにマホロっちは無敵だけど、最弱だもんね。多分、三歳児にも勝てないんだろうなぁ」
「う、うるせぇ! その分負けもしないんだからいいだろうが!」
帰路にて、幾分か余裕を取り戻したことで、ネルフィンの軽口に応じるくらいの元気はあった。
「落ち着いてよ二人とも」マホロの右隣りに座っているファミルが止めに入る。
「とりあえず、何か飲み物でも用意するね」
そう言って立ち上がろうとするファミルだったが、ルハンがそれを尖った声で制止する。
「その必要はないよ。長居はしない」
「そ、そう……」気まずそうに座り直すファミル。
ファミルの様子を見て、ルハンが声のトーンを和らげる。
「ごめんよファミル。悪気はないんだ。ただ、転移者が目の前にいるってことで、僕も少しばかり冷静さを欠いている。王宮に仕える身として、即座に殺さなければいけない転移者に何もできない悔しさもある」
ファミルが心配そうに問う。「王宮へ報告するの……?」
「いや、それはやめておく。今、中途半端な形で報告をしても、王宮が混乱してしまうだけだ。僕でも倒せない転移者がいる、だなんて報告は、下手したら他の四つの王国まで巻き込んでしまうかもしれない」
「じゃあさ、ルハン兄はマホロっちのことどうするつもり?」
「まさにそのことを、ついさっきまで考えてたんだ。結論としては、しばらく彼と行動を供にしようと思う。ちょうど三週間の休暇をもらった直後だから、自由に動けるしね」
ファミルが嬉しそうに口を開く。「マホロ君と一緒に過ごして、問題のない転移者かどうか確かめるっていうこと?」
「違うよファミル。勘違いしないでくれ。僕は、彼の監視につくと言ってるんだ。今はおとなしくしているようだが、彼が何かのきっかけで暴走しないように見張るんだよ。彼のことを理解するつもりもないし、ましてや味方になるつもりもない」
「そんな……。じゃあ、どうしたらマホロ君の味方になってくれるの?」
「味方に……?」しばらく考え込むルハン。「そうだな、彼がもしルイナーを倒して、自分も元の世界に帰る、というのなら協力してもいいが」
ルハンの発言に対し、ファミルが声を荒げる。
「ルイナーを倒すだなんて、そんなめちゃくちゃなこと言わないでよっ! それができないから、世界は困ってるんでしょっ?」
「わからないかな。つまりは、遠回しに『彼の味方になることはない』と言っているつもりなんだが」
「ちょっと待った!」マホロが両腕を突き出し、強引に話に割り込む。
「……なんだい?」
「その『ルイナー』って奴は何なんだ? 俺がそいつを倒すつもりなら、お前は俺に協力してくれるのか?」
ルハンが、呆れ顔で「やれやれ」というジェスチャーをする。「この世界のことをよく知らないだろうから仕方ないが、ルイナーを倒すってことは、世界を救うということと同義なんだよ」
「ん……? どういうことだよ」
腕を組み、ふぅ、と大きく息を吐くルハン。
「わかった。面倒だけど、この世界について軽く説明させてもらうよ」
「お、おう! 頼む! とにかくわからないことだらけだったからありがたい!」
ロンズもファミルもネルフィンも、これから始まるであろうルハンの説明を前に、邪魔にならないよう静粛にしていた。
ルハンが、マホロの目を見ながら、長い長い説明の端緒を開く。
「まず、この世界は五つの王国によって統治されている。今僕らがいるのは『イーロン王国』だ。そして、これまでの世界は平和だった。五つの王国による『世界同盟』があるから、戦争も一切起きなかったんだ。もしどこかの国が戦争を仕掛ければ、その国に対して残りの四か国が一斉攻撃する、という同盟だよ」
「へぇ。それじゃどこの王国も他国を侵略しようなんて思わないよな」
「その通り。だから、この世界は平和そのものだった。――変化があったのは三年前だ」
「三年前? そういえば外にいる時に、三年前の悲劇がどうのこうの、ってロンズさんに話してたよな」
「ああ。すべては三年前に始まってしまった。『ルイナー』によって召喚された最初の転移者が、この国の隣りにある『ブリリア王国』を一人で滅ぼしてしまったんだ」
「一人で? 王国を?」
「そうだ。規格外の炎スキルを持った人間で、騎士団も魔法使いもまったく相手にならなかった。結局、たった一日でブリリア王国は壊滅状態になって、王族も散りぢりになって逃げたんだ」
「すごいな……。そのルイナーってのは何者なんだよ?」
「ルイナーは『異世界転生者』だ」
「転生者?」
「ああ。本人が言うにはね。もと居た世界で散々な目に遭って自殺した結果、この世界に転生したらしい。それで、これまでの人生の鬱憤を晴らすために、この世界をめちゃくちゃにすると宣言してきたんだ」
「なんだよそれ……。やたら闇の深い奴だな」
「最初は、誰もがただの悪戯だと思っていた。五つの王国に、ルイナーからの宣戦布告の文書が届いたけど、誰も相手にしなかったんだ。ところが、一か月後に本当に事件が起こった。さっき話した、ブリリア王国の一件だよ」
「……」
「宣戦布告の文書には、こうも記されていた。『我がスキルは、月に一度、もと居た世界から人間を召喚できるというものだ。召喚した転移者は、この世界に甚大な被害を与えることができる特殊なスキルを持っている』とね」
「月に一度の召喚……。なるほどね。だから俺は、最初から転移者扱いだったわけか。なんで転生者って言われないか不思議だったんだよな。――で、その滅ぼされたっていうブリリア国はどうなったんだよ? 今も転移者に支配されてるのか?」
「いや、その翌月の転移者が、奇跡的に良心的な人物でね。強力な氷系のスキルを持っていて、炎の転移者の横暴を止めるために戦いを挑んだんだ」
「おお! で? で?」
「……結果は相討ち。スキルに溺れて暴走した炎の転移者も、正義の心を持った氷の転移者も、どちらも死んだ」
「そう……だったんだ」
「たった一か月とはいえ、転移者に王国を完全に支配されてしまったという恐怖は、世界中に大きな影響を与えた。即座に世界法が改訂されて、ルイナーが宣言している『月に一度の転移者』については、発見次第即座に殺害することが国民に義務付けられたんだ」
「なるほど、だから俺はいきなり殺されかけてたわけだ。ロンズさんに包丁で刺されまくったり、ファミルに毒を飲まされたり」
「そういうことだ。三年前からの国民の義務だからね。転移者ってのはわかりやすいんだ。大体日が暮れた頃に、人気のないところで見知らぬ人間が裸で意識を失っていれば、それが転移者だ。しかも、これまでの傾向から、月の始めに出現するという法則もわかっているから、取りこぼしなく殺害することができているんだよ」
「表現が物騒だな、おい……」
「そんなことはない。適切な表現だよ。転移者を発見した際の殺害義務は、世界法の第一セクションに制定されたんだ。世界法は第五セクションまであって、数字が若いほど重要な法律でね。第一セクションの法を破れば、よくて無期の監禁、最悪の場合は死刑だ」
「えっ……」
マホロは、そんな危険を冒してまで、ロンズやファミルが自分を守ろうとしてくれたことに驚きを隠せなかった。
転移者をかばうことがそこまでリスクのあることだとは思ってもみなかったのだ。
改めて、ロンズ一家への感謝の念が深まった。
と同時に、これほどまで自分を殺害することにこだわっているルハンの心情も理解できた。
「その代わり、転移者を始末した者には多額の報奨金が支払われるんだけどね。――これで少しはわかってくれたかい? この世界において、転移者は決して放置できない存在なんだよ。間違っても、三年前のブリリア王国の悲劇を繰り返すわけにはいかないからね」
「ああ……。よくわかったよ。そりゃ、俺の存在は邪魔だよな」
ルハンがネルフィンへ目を向ける。
「特に、ネルフィンにとっては心穏やかではないんじゃないかな」
ネルフィンはただ俯き、沈黙を保っている。訳が分からないマホロは、ただただ困惑するばかり。
ルハンが続ける。
「ネルフィンは、ブリリア王国からの難民なんだよ。三年前にこのイーロン王国へ逃げ込み、ボロボロの姿でこの家に辿り着いたのがきっかけで、養子としてロンズさんが育てているんだ。いわば、ルイナーや、ルイナーが呼び寄せた転移者の被害者だ」
「そう、だったのか……」
ボソリと呟いたマホロは、ネルフィンへ申し訳なさそうに視線を送る。
自分が何かしたわけではないとはいえ、この世界へ転移してきた者、という点では共通しているため、どこか後ろめたさを感じた。
「そういったわけで」ルハンが話を繋げる。「君を野放しにしておくわけにはいかない。だから、明日からも君を監視させてもらう」
「ちょっと待ってくれよ」マホロが、あることを思い出す。「この世界を混乱させた元凶であるルイナーを倒せるなら、俺の味方になるって話だったよな?」
ロンズ家に到着し、ロンズ、ネルフィン、ルハン、ファミル、マホロの並びで、五人が円卓についた瞬間、マホロの正面に座るルハンがポロリと言葉を漏らした。
ネルフィンが反応する。「それ、面白いねぇ。確かにマホロっちは無敵だけど、最弱だもんね。多分、三歳児にも勝てないんだろうなぁ」
「う、うるせぇ! その分負けもしないんだからいいだろうが!」
帰路にて、幾分か余裕を取り戻したことで、ネルフィンの軽口に応じるくらいの元気はあった。
「落ち着いてよ二人とも」マホロの右隣りに座っているファミルが止めに入る。
「とりあえず、何か飲み物でも用意するね」
そう言って立ち上がろうとするファミルだったが、ルハンがそれを尖った声で制止する。
「その必要はないよ。長居はしない」
「そ、そう……」気まずそうに座り直すファミル。
ファミルの様子を見て、ルハンが声のトーンを和らげる。
「ごめんよファミル。悪気はないんだ。ただ、転移者が目の前にいるってことで、僕も少しばかり冷静さを欠いている。王宮に仕える身として、即座に殺さなければいけない転移者に何もできない悔しさもある」
ファミルが心配そうに問う。「王宮へ報告するの……?」
「いや、それはやめておく。今、中途半端な形で報告をしても、王宮が混乱してしまうだけだ。僕でも倒せない転移者がいる、だなんて報告は、下手したら他の四つの王国まで巻き込んでしまうかもしれない」
「じゃあさ、ルハン兄はマホロっちのことどうするつもり?」
「まさにそのことを、ついさっきまで考えてたんだ。結論としては、しばらく彼と行動を供にしようと思う。ちょうど三週間の休暇をもらった直後だから、自由に動けるしね」
ファミルが嬉しそうに口を開く。「マホロ君と一緒に過ごして、問題のない転移者かどうか確かめるっていうこと?」
「違うよファミル。勘違いしないでくれ。僕は、彼の監視につくと言ってるんだ。今はおとなしくしているようだが、彼が何かのきっかけで暴走しないように見張るんだよ。彼のことを理解するつもりもないし、ましてや味方になるつもりもない」
「そんな……。じゃあ、どうしたらマホロ君の味方になってくれるの?」
「味方に……?」しばらく考え込むルハン。「そうだな、彼がもしルイナーを倒して、自分も元の世界に帰る、というのなら協力してもいいが」
ルハンの発言に対し、ファミルが声を荒げる。
「ルイナーを倒すだなんて、そんなめちゃくちゃなこと言わないでよっ! それができないから、世界は困ってるんでしょっ?」
「わからないかな。つまりは、遠回しに『彼の味方になることはない』と言っているつもりなんだが」
「ちょっと待った!」マホロが両腕を突き出し、強引に話に割り込む。
「……なんだい?」
「その『ルイナー』って奴は何なんだ? 俺がそいつを倒すつもりなら、お前は俺に協力してくれるのか?」
ルハンが、呆れ顔で「やれやれ」というジェスチャーをする。「この世界のことをよく知らないだろうから仕方ないが、ルイナーを倒すってことは、世界を救うということと同義なんだよ」
「ん……? どういうことだよ」
腕を組み、ふぅ、と大きく息を吐くルハン。
「わかった。面倒だけど、この世界について軽く説明させてもらうよ」
「お、おう! 頼む! とにかくわからないことだらけだったからありがたい!」
ロンズもファミルもネルフィンも、これから始まるであろうルハンの説明を前に、邪魔にならないよう静粛にしていた。
ルハンが、マホロの目を見ながら、長い長い説明の端緒を開く。
「まず、この世界は五つの王国によって統治されている。今僕らがいるのは『イーロン王国』だ。そして、これまでの世界は平和だった。五つの王国による『世界同盟』があるから、戦争も一切起きなかったんだ。もしどこかの国が戦争を仕掛ければ、その国に対して残りの四か国が一斉攻撃する、という同盟だよ」
「へぇ。それじゃどこの王国も他国を侵略しようなんて思わないよな」
「その通り。だから、この世界は平和そのものだった。――変化があったのは三年前だ」
「三年前? そういえば外にいる時に、三年前の悲劇がどうのこうの、ってロンズさんに話してたよな」
「ああ。すべては三年前に始まってしまった。『ルイナー』によって召喚された最初の転移者が、この国の隣りにある『ブリリア王国』を一人で滅ぼしてしまったんだ」
「一人で? 王国を?」
「そうだ。規格外の炎スキルを持った人間で、騎士団も魔法使いもまったく相手にならなかった。結局、たった一日でブリリア王国は壊滅状態になって、王族も散りぢりになって逃げたんだ」
「すごいな……。そのルイナーってのは何者なんだよ?」
「ルイナーは『異世界転生者』だ」
「転生者?」
「ああ。本人が言うにはね。もと居た世界で散々な目に遭って自殺した結果、この世界に転生したらしい。それで、これまでの人生の鬱憤を晴らすために、この世界をめちゃくちゃにすると宣言してきたんだ」
「なんだよそれ……。やたら闇の深い奴だな」
「最初は、誰もがただの悪戯だと思っていた。五つの王国に、ルイナーからの宣戦布告の文書が届いたけど、誰も相手にしなかったんだ。ところが、一か月後に本当に事件が起こった。さっき話した、ブリリア王国の一件だよ」
「……」
「宣戦布告の文書には、こうも記されていた。『我がスキルは、月に一度、もと居た世界から人間を召喚できるというものだ。召喚した転移者は、この世界に甚大な被害を与えることができる特殊なスキルを持っている』とね」
「月に一度の召喚……。なるほどね。だから俺は、最初から転移者扱いだったわけか。なんで転生者って言われないか不思議だったんだよな。――で、その滅ぼされたっていうブリリア国はどうなったんだよ? 今も転移者に支配されてるのか?」
「いや、その翌月の転移者が、奇跡的に良心的な人物でね。強力な氷系のスキルを持っていて、炎の転移者の横暴を止めるために戦いを挑んだんだ」
「おお! で? で?」
「……結果は相討ち。スキルに溺れて暴走した炎の転移者も、正義の心を持った氷の転移者も、どちらも死んだ」
「そう……だったんだ」
「たった一か月とはいえ、転移者に王国を完全に支配されてしまったという恐怖は、世界中に大きな影響を与えた。即座に世界法が改訂されて、ルイナーが宣言している『月に一度の転移者』については、発見次第即座に殺害することが国民に義務付けられたんだ」
「なるほど、だから俺はいきなり殺されかけてたわけだ。ロンズさんに包丁で刺されまくったり、ファミルに毒を飲まされたり」
「そういうことだ。三年前からの国民の義務だからね。転移者ってのはわかりやすいんだ。大体日が暮れた頃に、人気のないところで見知らぬ人間が裸で意識を失っていれば、それが転移者だ。しかも、これまでの傾向から、月の始めに出現するという法則もわかっているから、取りこぼしなく殺害することができているんだよ」
「表現が物騒だな、おい……」
「そんなことはない。適切な表現だよ。転移者を発見した際の殺害義務は、世界法の第一セクションに制定されたんだ。世界法は第五セクションまであって、数字が若いほど重要な法律でね。第一セクションの法を破れば、よくて無期の監禁、最悪の場合は死刑だ」
「えっ……」
マホロは、そんな危険を冒してまで、ロンズやファミルが自分を守ろうとしてくれたことに驚きを隠せなかった。
転移者をかばうことがそこまでリスクのあることだとは思ってもみなかったのだ。
改めて、ロンズ一家への感謝の念が深まった。
と同時に、これほどまで自分を殺害することにこだわっているルハンの心情も理解できた。
「その代わり、転移者を始末した者には多額の報奨金が支払われるんだけどね。――これで少しはわかってくれたかい? この世界において、転移者は決して放置できない存在なんだよ。間違っても、三年前のブリリア王国の悲劇を繰り返すわけにはいかないからね」
「ああ……。よくわかったよ。そりゃ、俺の存在は邪魔だよな」
ルハンがネルフィンへ目を向ける。
「特に、ネルフィンにとっては心穏やかではないんじゃないかな」
ネルフィンはただ俯き、沈黙を保っている。訳が分からないマホロは、ただただ困惑するばかり。
ルハンが続ける。
「ネルフィンは、ブリリア王国からの難民なんだよ。三年前にこのイーロン王国へ逃げ込み、ボロボロの姿でこの家に辿り着いたのがきっかけで、養子としてロンズさんが育てているんだ。いわば、ルイナーや、ルイナーが呼び寄せた転移者の被害者だ」
「そう、だったのか……」
ボソリと呟いたマホロは、ネルフィンへ申し訳なさそうに視線を送る。
自分が何かしたわけではないとはいえ、この世界へ転移してきた者、という点では共通しているため、どこか後ろめたさを感じた。
「そういったわけで」ルハンが話を繋げる。「君を野放しにしておくわけにはいかない。だから、明日からも君を監視させてもらう」
「ちょっと待ってくれよ」マホロが、あることを思い出す。「この世界を混乱させた元凶であるルイナーを倒せるなら、俺の味方になるって話だったよな?」
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