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第1章

第1章04 楠 日和

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楠 日和視点
 
 13時過ぎ。深夜まで配信して起きるのは大体このくらい。外に出る予定はないけど義務的に薄くメイクを施し、大量に買い込んでいるパンの袋を手に取る。スイッチを入れておいたポットを手にコーヒーを作り、代わり映えしない朝食(昼食)を摂った。

 味気ない食事をものの数分で終え、あたしはPCの電源を入れる。メールや事務所からの通知を確認し、緊急の案件がないことを確認した。

 次にSNSを開いてエゴサーチ。名前や愛称を入力して検索すると、たちまちたくさんのつぶやきが表示された。

 大半は好意的なつぶやきだけど、やっぱりアンチというか、あたしのことが嫌いな人たちのつぶやきも目に入ってしまう。

 無視すればいい、気にしなければいいといくら努めても、やっぱり胸の奥に鈍痛が響くような感覚は都度生まれてくる。

 切り替えるべく最後にいくつかファンの応援してくれるつぶやきを目に刻み、アプリを一旦閉じた。

 あたしはVtuber楠 日和として1年前から活動を始めた。日中は大学2年生として生活し、夜は配信というサイクルを続けている。

 もともと個人でレトロゲームの実況配信をやっていて、Vtuber運営の”ぶいあど”(Virtual Adventureの略称)がやっていた新メンバーオーディションに申し込んだら運よくデビューできたって感じ。

 デビューして最初のころは雑談や歌枠、もともとやっていたレトロゲーム配信を中心にしてたけど、TBに出会ったあたしはすぐに虜になった。

 最初は初めてやるFPSでどうすればいいか全く分からなかった。操作もおぼつかないし、銃を撃っても全く的に当たらない。あわあわしているうちに無事死亡。そんなマッチばっかり。

 でも、なぜか無性に楽しかった。同期のVtuberと長時間配信でプレイして、ノンレート戦で初めてTriumphが取れたときの興奮は今でも鮮明に思い起こせる。

 私が狙いもそこそこに放ったショットガンの弾丸が、スローモーションで敵に吸い込まれていった光景は、今でも定期的に見返すくらいには思い出深いもので宝物だ。

 またあの感覚を味わいたい。勝ちたい。強くなりたい。それからの日々は一変した。来る日も来る日もTBの実況配信。これまでのような配信は頻度が減り、それによって離れてしまったリスナーさんも結構いた。

 あたし同様にFPSに馴染みのない人からしたらつまらなく感じても仕方がないと思うしね。

 でも、あたしは自分がやりたいことをやりながら、見てくれる人に楽しんでほしいというのが活動スタンス。

 なので、あたしのやりたいことがつまらないって感じるなら仕方ないと割り切って、自分が今楽しい、やりたいと思うTBにどんどんのめりこんでいった。

 楽しくて楽しくて仕方がなかった…けど、最近そんな感覚を覚える回数がどんどん減ってて。コラボ配信で強いプレイヤーとパーティーを組めばキャリーと言われ、負ければ戦犯と叩かれる。

 実力不足なのが自分でもわかってるからこそ、そういう言葉は容赦なくあたしの心に突き刺さった。

 だから最近はパーティーを組まずソロでレート戦に潜り、他の野良やデュオプレイヤーと戦ってるけど、やっぱりダイヤ帯のプレイヤーは強くて。

 事務所のルールとしてボイチャを野良と繋げられないってのもあるし、ダイヤ帯からはフルパーティで挑むプレイヤーが多くなる。

 そうなると連携面でどうしても差が生まれてしまい、余計に勝ちづらくなってしまう。気づけばダイヤの底を舐める日々。
 
 降格保護があるからプラチナには下がらないけど、ダイヤⅣからⅢに上がれる未来が全く見えず、完全に行き詰りを感じていた。

 一度TBから離れようかと何度も考えた。だけど、今離れるのは逃げるみたいでどうにも悔しい。

 負けっぱなしで終わりたくないし一泡吹かせてやりたい。あたしって結構負けず嫌いなんだなと自嘲気味な笑みが零れる。

 今日も今日とて配信するつもりだし、配信のサムネイル画像を作ろうかなぁと思っているとチャットアプリがメッセージの受け取りを告げる通知音を鳴らしてきた。送り主は弥勒さん。

 大手プロチームのオーナーであり、Vtuber大好きおじさんでもある。最近は私を推してくれてるみたいで、配信にコメントしてくれたり何度かTBで遊んだりもした。

 コラボのお誘いかな? 今は申し訳ないけど断らないとなぁと思いながらメッセを開くと、

「緊急事態。至急連絡求む」

 …無視しようかな。この手のメッセで本当に緊急だった試しがない。おちゃらけた人だし、せいぜいコラボのお誘いってとこでしょ。ただ万が一本当に緊急だったらという一抹の懸念があるから、あたしは弥勒さんに通話をかけた。
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