カフェ・ロビンソン

夏目知佳

文字の大きさ
上 下
23 / 27
第5章

理由

しおりを挟む
チロルを大好きなお散歩に行かせない程の何か。
それは一体?
「宇都さん、チロルがお散歩に行かなくなった時どうなさいました?」
「どうって……。すごく心配しました。どこか具合が悪いんじゃないかとか、病気なんじゃないかとか」
「心配で心配で、どなたかに相談なさいませんでしたか?」
「……前の主人に。獣医をしているものですから。普段はそんなに連絡をしませんけど、杏里やチロルに何かあった時は一応。でも、今回ばかりは獣医である彼にも分からなかったみたいで」
「そうですか。ちなみに、杏里さんは獣医である元旦那さんと一緒に暮らしているんですね?」
「ええ」
「杏里さんが宇都さんのお家に遊びに来る事はありますか?」
「まぁ、それなりに。家にはチロルもいますから、来た時は遊んでくれているみたいですけど」
「家におやつは?」
マリさんの質問に、その場にいる皆がぽかんとした。
「おやつ……ですか?」
「はい、おやつです」
マリさんはいつも通りの笑顔で言う。
私は内心冷や冷やしていた。この突拍子もない質問は宇都さんの神経を逆なでしないだろうか。ただでさえ、ロビンソンを訪れるのを渋っていたのに。
けれど、意外にも宇都さんはマリさんの質問に真面目に答えた。
「毎日来る訳ではないので常備はしていませんけれど。おこづかいはあげているので、それで欲しいお菓子等は買う様にしてるわよね、杏里」
宇都さんが杏里ちゃんに向かって、同意を求める。
杏里ちゃんは黙って、グラスの中の氷を見つめている様だった。
「それでは、学校帰りに杏里さんは宇都さんの家に寄ろうと思えば寄る事が出来、自分の好きなお菓子をもらったおこづかいから買う事も出来るんですね」
「はい」
「それでは、今度は杏里さんにお尋ねします」
不意をつかれた杏里ちゃんが顔を上げる。
「チロルはメロンパンを喜んだかな?」
彼女の顔が蒼白になった。
私や柊真君、花梨ちゃんは何も言わない。いや、言えない。だってマリさんが何を言っているのかが分からない。もちろん宇都さんだってそうだ。だけど、誰もが思っていた。
杏里ちゃんの表情。
ただ事ではないと。
「メロンパン……」
宇都さんは呟くように言うと、マリさんに、いや半分は杏里ちゃんに向かって叫んだ。
「それはないわ! 杏里がチロルにメロンパンをあげたか聞いていらっしゃるんですよね? 私は常々言っていたもの。チロルの身体の為にも人間の食べ物はあげないでって。変な事おっしゃらないで下さい」
マリさんは眉を八の字にして、そんな宇都さんを見つめた。
私はてっきり宇都さんの勢いに驚き、呆れてのその表情かと思っていたけれど、そうではなかった。
マリさんは徐に杏里ちゃんの方をみて、案じる様に尋ねた。
「杏里さん、言いにくかったら私から説明します。でも……それでいいですか?」
自分の膝の上で杏里ちゃんがぎゅっと自分の手をもう片方の手で握っている。
マリさんのその発言に、ついに宇都さんが切れた。
「黙って聞いていれば可笑しな事ばかり! もう十分だわ。帰るわよ、杏里!」
宇都さんが立ち上がる。
杏里ちゃんは動かない。
動かないで、マリさんに視線を向けていた。
その視線を、不安げに揺れる杏里ちゃんの視線をしっかり受け止めて、マリさんが頷く。
絶対、大丈夫。
そう言っているかの様だった。
鋭い宇都さんの声が空間を裂く。
「杏里!」
「だって!」
叫んだのは杏里ちゃん。よく通る高めの声が、時を止めた。
「だって、こうでもしないとお母さん、お父さんと話そうとしないでしょ?!」
目元を赤くして、今にも溢れ出しそうな涙を堪えながら杏里ちゃんは宇都さんを見上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

伊緒さんの食べものがたり

三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。 伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。 そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。 いっしょに食べると、なんだっておいしい! 『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。 『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

YouTuber犬『みたらし』の日常

雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。 二歳の柴犬だ。 飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。 まぁいい。 オレには関係ない。 エサさえ貰えればそれでいい。 これは、そんなオレの話だ。 本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。 無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ

アキナヌカ
ファンタジー
僕はクアリタ・グランフォレという250歳ほどの若いエルフだ、僕の養い子であるハーフエルフのソアンが150歳になって成人したら、彼女は突然私と一緒に家出しようと言ってきた!!さぁ、これはお疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ??かもしれない。 村で仕事に埋もれて疲れ切ったエルフが、養い子のハーフエルフの誘いにのって思い切って家出するお話です。家出をする彼の前には一体、何が待ち受けているのでしょうか。 いろいろと疲れた貴方に、いっぱい休んで癒されることは、決して悪いことではないはずなのです この作品はカクヨム、小説家になろう、pixiv、エブリスタにも投稿しています。 不定期投稿ですが、なるべく毎日投稿を目指しています。

処理中です...