20 / 27
第5章
真摯な気持ち
しおりを挟む
それからが大変だった。
場所を指定した私に宇都さんは眉間に皺を寄せて、「会社じゃ無理なの? 今すぐ聞かせてくれない?」と詰め寄った。
その剣幕に、一瞬怯んでしまいかけたけれど、私は負けなかった。マリさんの口ぶりを真似て、お願いする。
「確かめたい事があるんです」
「確かめたい事?」
「その為には宇都さんの大事な人に会わせてもらいたいんです。どうやら、その人もこの件に深く関わっているみたいなので」
「それって……責任を擦り付けようとしてるんじゃない? チロルが散歩に行かなくなったのは―……」
宇都さんの言葉の先を私は塞ぐ。
「私の所為じゃありません」
きっぱり断言した私に、宇都さんが口を閉ざした。
「疑うなら疑ってくれて構いません。けれど、私が原因ではないんです。それを証明してくれる人がいます。その人に会ってもらいたいんです」
ロビンソンまでの地図を渡して、私は踵を返した。待ち合わせの時間は伝えてある。
絶対来る、かは分からない。でも、私はやれるだけの事はした。
宇都さんに話しかけるのはとても勇気が要ったし、緊張した。今だって心臓がバクバクしている。
賭けるしかない。祈るしかない。
私は右手を胸に当てて、業務に戻った。
★
夜はあんまり眠れなかった。
寝不足のぼーっとした頭で、顔を洗い覚醒する。いよいよ、今日だ。
しっかりしなくては。
ベージュのワイドパンツに黒のハイネックのTシャツに着替えて、メイクをする。
宇都さんは来てくれるだろうか。分からない。
もし、来てくれなかったら……。最悪の想像をしかけて私は頭を振った。
駄目だ。物事は良い方に考えるべきだ。
バッグにスマホとお財布、家の鍵等を詰めて家を出る。
歩く道すがら、居心地の良いロビンソンの空間や音楽を思い浮かべる。
マリさんの安心する笑顔、柊真君の絶妙な距離感の接客、花梨ちゃんの初々しくて和む挨拶。
特別な場所だと思う。
いつの間にか、とても大切な場所になっていた。
チロルの1件がなければ、私はもしかしたらロビンソンには訪れていなかったかもしれない。そう思うと、宇都さんには感謝をするべきかもしれない。
ありがとう、あのお店と出会わせてくれて。
ありがとう、あの人達と出会わせてくれて。
朝方少し降った雨が、路を濡らして、小さな水溜まりを作っていた。
待ち合わせの10分前にロビンソンに着いた。
「おはようございます」
扉を開けると、今日は花梨ちゃんが1番に挨拶してくれた。続いて、柊真君、最後に、マリさんがこっちの気分が明るくなる様な笑顔を向けてくれる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。朝方、雨が降りましたね」
「はい。所々水溜まりが出来ていました」
「今日は、雨降って地固まるといいですね」
私は頷く。
「本当に。一応、宇都さんにはお願いしたんですけれど」
「いらしていただけそうでしたか」
「分かりません。正直手ごたえはあまり……。もっと上手く伝えられたら良かったんですが」
「私は宇都さんにまだお会いした事ないけれど、大丈夫だと思います。きっと来てくださいますよ」
「え?」
どうして? そう思った私の表情を読んで、マリさんは続けた。
「島田さんは人にも物事にも真摯で優しい方です。きっと、宇都さんに話しかけるの、勇気がすごくいったでしょう? 人って真っすぐ気持ちを向けられたら、中々無視できないものですよ」
「そう、でしょうか……」
心配でぐるぐる気持ちが渦巻く私の心をそっと撫でるかの様にマリさんは三日月型に細める。
「大丈夫。きっと、大丈夫です」
場所を指定した私に宇都さんは眉間に皺を寄せて、「会社じゃ無理なの? 今すぐ聞かせてくれない?」と詰め寄った。
その剣幕に、一瞬怯んでしまいかけたけれど、私は負けなかった。マリさんの口ぶりを真似て、お願いする。
「確かめたい事があるんです」
「確かめたい事?」
「その為には宇都さんの大事な人に会わせてもらいたいんです。どうやら、その人もこの件に深く関わっているみたいなので」
「それって……責任を擦り付けようとしてるんじゃない? チロルが散歩に行かなくなったのは―……」
宇都さんの言葉の先を私は塞ぐ。
「私の所為じゃありません」
きっぱり断言した私に、宇都さんが口を閉ざした。
「疑うなら疑ってくれて構いません。けれど、私が原因ではないんです。それを証明してくれる人がいます。その人に会ってもらいたいんです」
ロビンソンまでの地図を渡して、私は踵を返した。待ち合わせの時間は伝えてある。
絶対来る、かは分からない。でも、私はやれるだけの事はした。
宇都さんに話しかけるのはとても勇気が要ったし、緊張した。今だって心臓がバクバクしている。
賭けるしかない。祈るしかない。
私は右手を胸に当てて、業務に戻った。
★
夜はあんまり眠れなかった。
寝不足のぼーっとした頭で、顔を洗い覚醒する。いよいよ、今日だ。
しっかりしなくては。
ベージュのワイドパンツに黒のハイネックのTシャツに着替えて、メイクをする。
宇都さんは来てくれるだろうか。分からない。
もし、来てくれなかったら……。最悪の想像をしかけて私は頭を振った。
駄目だ。物事は良い方に考えるべきだ。
バッグにスマホとお財布、家の鍵等を詰めて家を出る。
歩く道すがら、居心地の良いロビンソンの空間や音楽を思い浮かべる。
マリさんの安心する笑顔、柊真君の絶妙な距離感の接客、花梨ちゃんの初々しくて和む挨拶。
特別な場所だと思う。
いつの間にか、とても大切な場所になっていた。
チロルの1件がなければ、私はもしかしたらロビンソンには訪れていなかったかもしれない。そう思うと、宇都さんには感謝をするべきかもしれない。
ありがとう、あのお店と出会わせてくれて。
ありがとう、あの人達と出会わせてくれて。
朝方少し降った雨が、路を濡らして、小さな水溜まりを作っていた。
待ち合わせの10分前にロビンソンに着いた。
「おはようございます」
扉を開けると、今日は花梨ちゃんが1番に挨拶してくれた。続いて、柊真君、最後に、マリさんがこっちの気分が明るくなる様な笑顔を向けてくれる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。朝方、雨が降りましたね」
「はい。所々水溜まりが出来ていました」
「今日は、雨降って地固まるといいですね」
私は頷く。
「本当に。一応、宇都さんにはお願いしたんですけれど」
「いらしていただけそうでしたか」
「分かりません。正直手ごたえはあまり……。もっと上手く伝えられたら良かったんですが」
「私は宇都さんにまだお会いした事ないけれど、大丈夫だと思います。きっと来てくださいますよ」
「え?」
どうして? そう思った私の表情を読んで、マリさんは続けた。
「島田さんは人にも物事にも真摯で優しい方です。きっと、宇都さんに話しかけるの、勇気がすごくいったでしょう? 人って真っすぐ気持ちを向けられたら、中々無視できないものですよ」
「そう、でしょうか……」
心配でぐるぐる気持ちが渦巻く私の心をそっと撫でるかの様にマリさんは三日月型に細める。
「大丈夫。きっと、大丈夫です」
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
YouTuber犬『みたらし』の日常
雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。
二歳の柴犬だ。
飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。
まぁいい。
オレには関係ない。
エサさえ貰えればそれでいい。
これは、そんなオレの話だ。
本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。
無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ファミリーヒストリア~あなたの家族、書きます~
摂津いの
ライト文芸
「ファミリーヒストリア」それは、依頼者の家族の物語を本に綴るという仕事。
紆余曲折を経て、それを生業とする女性と依頼者や周囲の人たちとの心の交流。
あなたの家族の物語、知りたくありませんか?
タイムカプセル
森羅秋
ライト文芸
今年二十歳になった牧田北斗は、週末にのんびりテレビを見ていたのだが、幼馴染の富士谷凛が持ってきた、昔の自分達が書いたという地図を元にタイムカプセルを探すことになって…?
子供の頃の自分たちの思い出を探す日の話。
完結しました。
お疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ
アキナヌカ
ファンタジー
僕はクアリタ・グランフォレという250歳ほどの若いエルフだ、僕の養い子であるハーフエルフのソアンが150歳になって成人したら、彼女は突然私と一緒に家出しようと言ってきた!!さぁ、これはお疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ??かもしれない。
村で仕事に埋もれて疲れ切ったエルフが、養い子のハーフエルフの誘いにのって思い切って家出するお話です。家出をする彼の前には一体、何が待ち受けているのでしょうか。
いろいろと疲れた貴方に、いっぱい休んで癒されることは、決して悪いことではないはずなのです
この作品はカクヨム、小説家になろう、pixiv、エブリスタにも投稿しています。
不定期投稿ですが、なるべく毎日投稿を目指しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる