カフェ・ロビンソン

夏目知佳

文字の大きさ
上 下
11 / 27
第3章

第3者の存在

しおりを挟む
落ち込む私に「誰だってまさかそんな事になるなんて想像つかないですよ」と柊真君がフォローを入れてくれる。
「その事が原因で、今お仕事もやりにくくなっている訳ですね」
「はい」
力なく私は頷く。
「月曜日の事を考えると憂鬱です」
「宇都さんはチロルが散歩に行かなくなった原因は島田さんにあると思い込んでいるんですね。散歩に行かなくなったのはいつからでなんでしょう? 宇都さんのもとへ帰ってしばらくしてから? それとも直後?」
「私が預かった日の翌日からみたいです」
「さっき、散歩に連れて行った、とおっしゃいましたね。という事は島田さんが預かった時点ではチロルは普通にお散歩を楽しんでいた……」
「楽しんでいました。いつもと歩くコースが違うので、ちゃんと歩いてくれるか心配だったけど杞憂でした」
捲ったシャツから伸びる腕をマリさんは組んだ。
私は彼女の仕事の手を止めてしまったのが申し訳なくて頭を下げる。
「すみません。こんな話……。誰かに相談したくても出来る人がいなくて」
「全然構いませんよ。お客様に心身ともにリラックスして頂くためにウチはあるんですから。それに1人で抱え込むのは体に毒です。よくぞ打ち明けてくださいましたね」
思いがけない言葉に涙が出そうになった。
鼻をすすると、花梨ちゃんが自分のエプロンのポケットからティッシュを差し出してくれる。
「島田さんがチロルを預かる前はどうなんでしょう? お散歩には行っていたんでしょうか」
「普通に行っていたと宇都さんは話していました。あくまで、私が預かった後、お散歩を嫌がる様になったと」
「外には出るんですか?」
「出るみたいです。ただ、しばらく歩くと、立ち止まり、お座りをして動かなくなるそうで」
「散歩に行くのを拒否るみたいな感じですかね?」
「うーん。私は実際に宇都さんとチロルの散歩を見ていないからなんとも言い難いんだけど。宇都さんの言い方をそのまま伝えると、あんなにいい子が急に歩かなくなるのはおかしいって」
柊真君は「犬もたまにはストライキを起こしたくなるのかなぁ」と首を捻った。思わぬ天然な発言に心が和む。
「犬もたまには家で休みたいって?」
「そうそう。のんびりしたいのに、って」
本当にそんな風にチロルが思っての事ならいいのだけれど、現実は深刻だ。
「1日2日のストライキじゃないんだ。そこがまた問題と言うか、不思議でね」
チロルは大好きな散歩に行かなくなっただけでなく、玩具を壊すようになったと宇都さんは言っていた。その事を伝えると、マリさんは目を伏せ何か考える様に唇に手を当てた。美人は何をしても様になる。見とれているとすっと視線を持ち上げた彼女と目が合った。
「宇都さんは娘さんと旦那さんとの3人暮らしですか?」
「え?」
思わぬ質問に面食らう私に、マリさんが質問の意図を説明する。
「チロルは宇都さんと島田さんとしか接していない訳ではないですよね。第3者がいるならその誰かがチロルに何かをしたとも考えられませんか?」
「そうか。旦那さんか娘さんがチロルにストレスになる様な事をしてしまってそれが原因で散歩に行かないのかも!」
柊真君が指を鳴らす。
第3者の存在。
自分が何かをしたかもしれないという不安で思いつきもしなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

電気あんま・ボーイズ

沼津平成
ライト文芸
電気あんまに関する短編集!! 付録として「電気あんまエッセイ——おわりに」を収録。

ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語

花閂
ライト文芸
人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鬼と怖れられモンスターだと自覚しながらも、恋して焦がれて愛さずにはいられない。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女・禮と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて最悪の不良校に入学。女子生徒数はわずか1%という特異な環境のなか、入学早々にクラスの不良に目をつけられたり暴走族にさらわれたり、学園生活は前途多難。 周囲に鬼や暴君やと恐れられる強面の彼氏は禮を溺愛して守ろうとするが、心配が絶えない。

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...