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第2章
マリさんの副業
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この間行った時に入口の所に不定休とあったので、不安だったけれど、階段を上がってほっとした。
ドアにかけられた『OPEN』の札。
良かった。開いていた。
ドアノブに手をかける。
暖かい照明が目に優しい。
聞いていて落ち着く女性ボーカルのヴォサノバ。
入店した私に気付いてまず声をかけてくれたのは、ウエイトレスの『花梨ちゃん』だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「あ、この間の」
常連らしいお客さんにコーヒーを運び終えた『柊真くん』がにっこり笑顔を向けてくれる。
「パンケーキ注文して下さった方、ですよね」
「すごい。覚えてるの?」
「もちろんです」
爽やかに言われて、私は素直に感心する。
「この間のパンケーキを食べに来たの。すごく美味しかったから」
「有難うございます。お席は……この間と同じ所にします? それとも」
あの席は柊真くんの言う通り、とても眺めがいい。けど、私が働いている会社も見えてしまう。
今は、あまり月曜日の事を考えたくない。
一瞬躊躇った私を見て、柊真くんは「今日は」と提案してくれた。
「カウンター席はいかがですか? マリさんがコーヒー淹れるとこ見たかったらあそこがおすすめです。と、いうかむしろそこでマリさんを見張ってて下さるとマジ助かります。すぐ、サボるんだからあの人」
「聞こえてるわよ」
マリさんがカウンターの向こうからひょっこり顔を出す。両手にコーヒー豆の袋を持っている所を見ると、豆の整理をしていたらしい。
「お客さんが少し引くとすぐに『副業』始めちゃうでしょ」
「時間は有効に使わないと」
「そんなこと言って。また締め切り落としたんでしょ」
「うっ! 何故それを……」
「担当の山田さんがこの間来た時、ぼやいてましたもん」
柊真くんが案内をしてくれて、花梨ちゃんがレモン水とおしぼりを運んできてくれる。
「『副業』って何ですか? このお店以外にお仕事を?」
私の問いかけに、マリさんは頭を掻いた。
「うーん。とてもじゃないけれど、人様に言える様な『副業』じゃなくて」
お茶を濁そうとしたマリさんに新聞を開いたお客さんから声が飛んでくる。
「小説家なんだよ。この人。恋愛小説を書いてんの」
「宮司さん!」
しーっ! と慌てて止めに入るマリさん。
宮司さんって、確かこの間もロビンソンでコーヒーを飲んでたお客さんだ。
小説家と聞いて驚いて私はマリさんを見た。
「本当ですか? 私、身近にそんな職業の人初めて見ました」
マリさんが頭を抱える。
「なんで皆、そんなにお喋りなのよぅ」
「足立マリっていうペンネームなんだけどね」
尚もしゃべり続ける宮司さんにマリさんは鋭い視線を向けた。
「宮司さん、それ以上言うと私は二度とスペシャルブレンド淹れないわ」
ひょいっと宮司さんが肩を竦める。
「おお、怖い怖い」
「隠す必要ないでしょ。マリさんの小説は受ける人には受けて、そこそこ程々に売れてるんですから」
「う、うるさーい! 柊真くん、うるさいわよ。そこそことか程々とか。編集さんに言われて私が気にしている事を……」
コーヒー豆の袋を持ったまま、腕を振るマリさん。
そんな彼女を見て、花梨ちゃんが口を開いた。
「私、マリさんの小説好きです」
「か、花梨ちゃん……!」
「マリさんの本を読んで、小説を沢山読む様になりました」
「良かった。良かった。貴重なファンだ、大事にするんだぞ。マリちゃん」
「宮司さん? 溜まっているツケ、今すぐ支払ってもらえます?」
笑顔で請求を迫るマリさんと宮司さんのやり取りに、私は思わずふきだしてしまった。
ドアにかけられた『OPEN』の札。
良かった。開いていた。
ドアノブに手をかける。
暖かい照明が目に優しい。
聞いていて落ち着く女性ボーカルのヴォサノバ。
入店した私に気付いてまず声をかけてくれたのは、ウエイトレスの『花梨ちゃん』だった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「あ、この間の」
常連らしいお客さんにコーヒーを運び終えた『柊真くん』がにっこり笑顔を向けてくれる。
「パンケーキ注文して下さった方、ですよね」
「すごい。覚えてるの?」
「もちろんです」
爽やかに言われて、私は素直に感心する。
「この間のパンケーキを食べに来たの。すごく美味しかったから」
「有難うございます。お席は……この間と同じ所にします? それとも」
あの席は柊真くんの言う通り、とても眺めがいい。けど、私が働いている会社も見えてしまう。
今は、あまり月曜日の事を考えたくない。
一瞬躊躇った私を見て、柊真くんは「今日は」と提案してくれた。
「カウンター席はいかがですか? マリさんがコーヒー淹れるとこ見たかったらあそこがおすすめです。と、いうかむしろそこでマリさんを見張ってて下さるとマジ助かります。すぐ、サボるんだからあの人」
「聞こえてるわよ」
マリさんがカウンターの向こうからひょっこり顔を出す。両手にコーヒー豆の袋を持っている所を見ると、豆の整理をしていたらしい。
「お客さんが少し引くとすぐに『副業』始めちゃうでしょ」
「時間は有効に使わないと」
「そんなこと言って。また締め切り落としたんでしょ」
「うっ! 何故それを……」
「担当の山田さんがこの間来た時、ぼやいてましたもん」
柊真くんが案内をしてくれて、花梨ちゃんがレモン水とおしぼりを運んできてくれる。
「『副業』って何ですか? このお店以外にお仕事を?」
私の問いかけに、マリさんは頭を掻いた。
「うーん。とてもじゃないけれど、人様に言える様な『副業』じゃなくて」
お茶を濁そうとしたマリさんに新聞を開いたお客さんから声が飛んでくる。
「小説家なんだよ。この人。恋愛小説を書いてんの」
「宮司さん!」
しーっ! と慌てて止めに入るマリさん。
宮司さんって、確かこの間もロビンソンでコーヒーを飲んでたお客さんだ。
小説家と聞いて驚いて私はマリさんを見た。
「本当ですか? 私、身近にそんな職業の人初めて見ました」
マリさんが頭を抱える。
「なんで皆、そんなにお喋りなのよぅ」
「足立マリっていうペンネームなんだけどね」
尚もしゃべり続ける宮司さんにマリさんは鋭い視線を向けた。
「宮司さん、それ以上言うと私は二度とスペシャルブレンド淹れないわ」
ひょいっと宮司さんが肩を竦める。
「おお、怖い怖い」
「隠す必要ないでしょ。マリさんの小説は受ける人には受けて、そこそこ程々に売れてるんですから」
「う、うるさーい! 柊真くん、うるさいわよ。そこそことか程々とか。編集さんに言われて私が気にしている事を……」
コーヒー豆の袋を持ったまま、腕を振るマリさん。
そんな彼女を見て、花梨ちゃんが口を開いた。
「私、マリさんの小説好きです」
「か、花梨ちゃん……!」
「マリさんの本を読んで、小説を沢山読む様になりました」
「良かった。良かった。貴重なファンだ、大事にするんだぞ。マリちゃん」
「宮司さん? 溜まっているツケ、今すぐ支払ってもらえます?」
笑顔で請求を迫るマリさんと宮司さんのやり取りに、私は思わずふきだしてしまった。
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