カフェ・ロビンソン

夏目知佳

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第2章

最悪の週末

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土曜日は出かける気がしなくてほとんど家に引きこもっていた。
DVDでも観てのんびり過ごそうかと思っていたけれどいざ、TVを前にすると観る気が失せた。
溜まった家事や、読みかけの本も、何も手がつかない。
結果的にぼーっとして無駄に半日が過ぎる。
何もせずにぼーっとする暇があるという事は、それだけ考える時間があるという事だ。
考えない様にしようとすればする程、宇都さんの怒った顔、棘のあるセリフを思い出してしまう。
忘れたくても忘れられない。
明日が終わればやってくる月曜日。
どんな顔で私は仕事をすればいいんだろう。
何も悪い事はしていない筈なのに、職場にいるのが辛くてたまらない。
いっその事、チロルが人間みたいに話せて、私の無実を証明してくれればいいのに。
そしたらこんなにややこしい事にはならなかったのに。
うだうだと横になって、夜が来て。
一睡も出来ないまま朝が来た。
頭が重い。
相変わらず胃の調子も悪くてダブルパンチだ。
「行きたくないなぁ。会社」
月曜日になるまでをカウントダウンしてしまう自分がいる。昨日の夜は自炊するのも食べに行くのも面倒くさくて、結局インスタントのラーメンで済ませてしまった。
今日までそれとなると、なんだか気持ち的に虚しいものがある。
「ごはん、食べなきゃ……」
頭痛を止めるには頭痛薬を飲まなければいけないのに空っぽの胃にそんなものを流し込めば、更に荒れてしまうに決まっている。
気だるい体を起こして、どうにか服を着替える。
出よう。とにかく外へ。
このまま家にいてはよくない暗い考えに押しつぶされてしまう気がする。
コンビニでもいい。
スーパーでもいい。
1人になっちゃ駄目だ。
財布と、携帯とを持って、スニーカーを引っかける。
薄いマンションの扉がどうにも重たく感じた。
1階に降りようとして乗ったエレベーターで、鏡に映った自分を見た。
化粧気のない顔。適当な洋服。本当に近所に出かける時にしか使わないミニトート。
冴えない、と思う。
やる気がないにも程がある。
自分で自分に呆れると同時にひやりとした。
このままじゃ、私は、押し切られて宇都さんの言葉に負けてしまう。
どうにかしてコンビニまで辿り着いたけれど、自動ドアの前に立った途端、身体がコンビニに入るのを全力で拒否した。
違う、ここじゃない。
多分、入ったらもっと疲れてしまう。
せっかく出て来たのに、こんな事なら家にいれば良かったかもしれない。
どっと背中に疲労が乗る。
「もう、やだ」
踵を返そうとして、コンビニののぼりが目に入った。新商品のパンケーキが美味しい! と銘打ってある。
ぐにゃぐにゃと風に煽られてのぼりのなかのパンケーキは揺れる。
それで思い出した。
ふわふわで口の中でとろける様な不思議な感覚。
絶妙ともいえるネーミングセンス。
1人客を拒まない優しい雰囲気。
整えられた清潔な空間。
あそこなら、あそこのパンケーキなら食べられるかもしれない。
スマホで営業時間を調べるのももどかしく、私は歩き始めていた。
都会の隅っこで、ひっそり佇む小さなカフェへ。
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