カフェ・ロビンソン

夏目知佳

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第1章

小さなカフェ

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恐る恐るノブを捻る。ドアベルというより、鈴の様な音色が頭上で鳴った。
「いらっしゃいませ」
桜色のシャツとネイビーのカフェエプロンを身に着けた男の子がにっこり微笑んで出迎えてくれた。
まだ若い。20歳そこそこといった感じ。
髪は明るめのブラウンに染めていて、けどスッキリした短髪だから清潔感がある。切れ長の目が髪や服の柔らかい色合いとアンバランスで、そこがまた魅力的だ。
「空いてるお席にどうぞ」
「えっと……」
おどおどしながら店内を見回す私に、ウエイター君は、掌で、カウンターよりの窓際を示した。
「ちなみに俺のお気に入りはあの席です。ビジネス街と飲食店街の両方が見渡せて、この街らしさがよく感じられます。早歩きのサラリーマン。コーヒー片手に一息入れている定食屋のおじさん。色んな人の様子が伺えて楽しいですよ」
面白いセールストークをする子だ。思わず、くすりとしそうになるのを堪えて言う。
「じゃあ、そこにします」
「はい。ではどうぞこちらに。荷物置きはこのかごをご利用ください。メニューお決まりになりましたらお呼びくださいね」
男の子がカウンターの方へ歩いていくのを見送って、私は改めて店内を観察する。
優しい曲調のヴォサノバが程よい音量で耳に届いて心地よい。テーブル席が約3つ。後は1人掛けの席が壁に沿うようにあって、カウンター席はわずか3つ。それぞれの間隔が開き過ぎず、狭すぎず、ちょうどいい。天井には梁があって、優しい色味の照明が複数提げられている。
窓際は全面ガラス張りという訳ではなく、丸く切り取られた窓枠にガラスがはまっていて、外から全身が丸見えにならない。
一方、こちらからはよく階下が見渡せ、人間観察にはうってつけ。成程。彼の言っている事がよく分かる。
私の外に1人掛け席に2人。2人とも女性で1人はグレーのパンツスーツを着ている。もう1人はフレアスカートにモヘアのニット姿。テーブル席には誰もいなかった。カウンターに1人、小太りのおじさんが新聞を広げて熱心に読んでいる。
メニューを開いてみると、焼きカレー、ドリア、ナポリタンとどこか喫茶店を思わせる写真が並んでいる。
まぁ、カフェで出しても別におかしくないか。
他に何があるのだろうとメニューを捲った時、すっとテーブルにお冷とおしぼりが置かれた。面を上げる。
「お決まりですか?」
ちょっと緊張している様な、固さのあるでも可愛らしい声で聞かれた。
黒髪ショートの色白の女の子。短く揃えた前髪から見える眉が意志の強そうな印象を与える。白いシャツにネイビーのカフェエプロン。デニムのスキニーパンツが華奢な脚によく似合う。
ウエイター君も若かったけど、こちらの子は明らかに10代に見える。
高校生くらい……?
「お客様……?」
女の子に見惚れていた私は、その声ではっと我に返った。そうだ、注文!
「えーと、えーと、何に……あ、そうだった! パンケーキ!」
注文を控えようとメモを握った女の子がきょとんとする。
「あれ、下にパンケーキ有りますって書いてあったんですけど」
「あっ! ご、ございます。3種類ありまして、ロビンソンオリジナルチーズまみれパンケーキ、ロビンソンオリジナルチョコまみれパンケーキ、ええと、あと……」
「ロビンソンオリジナルフルーツまみれパンケーキ、ね」
ウエイター君がやって来て、女の子の後をつなぐ。
彼女はほっと胸を撫でおろして、「ありがとうございます。月野さん」頭を下げた。
それから慌てたように私の方を向いて、「お、覚えが悪くて申し訳ありません」ぺこりとする。
なんか、可愛いこの子。
「マリさんやっぱり『ロビンソンオリジナル』が余計ですよ。長すぎて花梨ちゃん混乱しちゃう。俺でも時々噛みそうになりますもん」
「えぇ、駄目かなぁ。でもロビンソンオリジナルのふわっふわのパンケーキなんだよ?」
「お客様ここで召し上がるんですから、そんなに主張しなくてもロビンソンオリジナルって分かりますよ」
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