秀才くんの憂鬱

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八岐大蛇 です。

剣 です。

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 ユウは、先頭を歩いて、八岐大蛇の巨大な体と洞窟の壁の間をすり抜けるみたいにしながら、八岐大蛇の尻尾を目指す。松明をつけるがそれでも中は十分に暗く、湿っぽい。大丈夫、八岐大蛇に動く気配はない。そう自身に言い聞かせる。
「そういえば、イチナとイリナさんのご先祖様だったよな、草薙剣を打ち出したのって」
シキは確認するように言った。
「うん、そう聞いているけど」
「だったら、なんで、そんな剣を打ち出したんだい?」
蛇行した剣を、ましてやぴったりと重なる二本の蛇行剣など普通ならばそんなものを作ることはできない。
「さぁ?それは、私たちには何とも…。まあ、腕に自信があったみたいだし、初めはやってみたかっただけじゃないかな?」
「えらく動機の軽いご先祖さんだな」
「まぁ、私の想像だけどね」
「青目の王子が剣を手に入れるって言い伝えはそうなっていると、言っていたよね」
「そうそう、それで、目玉をほじくりだされそうにもなったっけ」
ユウはこの目だと言うみたいに指で自分の目を指す。
「あぁ、あったね」
サワは軽い感じで受け流す。
「でも、不思議だな、なんで、ユウの目は青いんだ?」
シキは悪気はない。純粋な疑問だ。
ユウの目の色は、白人が持っているような色素の薄い青ではない、どちらかと言えば蒼玉サファイアのような、透き通るような濃い青。偽物みたいなその見た目は、誰が見ても異彩を放っている。厄介な目だ。昔は、よく友達に目元を鉢巻でぐるぐる巻きにされたものだ。
「…どうしてだろうな。生まれたときからこうだったから、理由をどうこうと言えるものではないんだ」
「ユウの妹も弟も、私たちと同じような黒に近い焦げ茶色の瞳なんだけど、ユウだけこうなんだよね」
ユウの脳に浮かぶのは、幼い頃から不義の子として陰でこそこそと僕の容姿に言及する大人の姿。僕だって、こんな見た目が良かった訳じゃないのに。
「あぁ」
だから、妹や弟が羨ましかった。
「イチナの言い伝えが本当なら、私たちは運が良かったな。剣の使い手になりうる人物と一緒に旅できてるんだから」
少しばかり声の沈んだ僕の肩を叩いたシキ。
「シキ、ありがとう」
「なんだよ、急に」
「良いんだ、僕が、そう言いたい気分だっただけさ」
ユウは足元に転がった石ころを一つカランと蹴る。仲間に囲まれたこの居場所を噛み締める。でも、それを悟られないように。


「あ、あれは!」
ヒュゴーと風が流れる音が聞こえて、イリナは耳元に手を持っていく。視界に洞窟の出口を捉える。外は、この洞窟に入ったときよりもだいぶん暗くなっているようだった。出口の少し手前で八岐大蛇の体は終わっている。つまり、尻尾が見えてきた。
ユウは、尻尾に向かって駆けていく。蛇であるから尻尾なんて表現は滑稽であるが、そうだとしても、ユウから見るにそれは長い尻尾なのだ。ユウ、連なって、4人も後を追いかける。

「これが、草薙剣…」
イチナは尻尾の上に見える剣を見上げる。
高さで言えば、160センチくらいの大きさのある尻尾にブサッと深く刺さっているのは、青色のような、銀色のような見る角度によって色の姿を変えていく蛇行した剣。間近で見なくともその剣の秀逸さが分かる。
 ユウは、八岐大蛇の光沢のある緑の鱗に手足を引っ掻けて、尻尾を登る。
探し求めていた草薙剣を前に、鼓動が速まる。ソーッと手を伸ばしていく。引き寄せられるみたいに、視界にそれしか入らなくなるような感覚がユウのことを支配する。
「これ、僕が一番にさわちゃって良いの?」
そう4人に聞いて伸ばしかけた手を引っ込める。
「待って、せっかくここまで一緒日来たんだよ!だから、一緒に!」
サワがそう言って、ユウがしたのと同じように、手足を鱗に引っ掻けて、尻尾をよじ登る。それに、イチナとシキが続く。
「イリナもおいでよ」
イチナがそう声をかけるが、イリナは断るような素振りを見せる。
「いえ、私は…」
イリナは、4人と同じ並びにたてる存在ではないと自分を決めつけているようだった。
「うだうだ言わないで、こっちにおいでよ、イリナちゃんだって、一緒にここまで来た仲間。そうだろう?」
シキはそう言うと、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「そうだよ、ほら、」
サワは、一度登った八岐大蛇の尾から身長分くらいを軽く飛び降りる。そして、イリナの手を引いて、イリナに登るように促す。
「大丈夫、大丈夫」
サワはそう言って、ペチペチと八岐大蛇を触ったあとで、イリナの手それに触れさせようとするが、ギュッと手を引っ込めたイリナ。
「食べられないですか?」
イリナは八岐大蛇を鎮めるための生け贄として差し出された過去を持つ。あまりの恐怖で記憶がなくなってしまったと言われるくらいだ。その、手触りを反射的に拒否してしまうのは仕方がないこと。サワは、そこまで考えてから、パッと尻尾の上を見上げると、そこから手を伸ばすイチナの姿。髪の毛がさらさらと落ちかかっている。こちらを見て微笑みを浮かべて待っている。
 

「イリナちゃん、しっかりつかまってね」
サワは、イリナのことを肩車する。サワは一歩、八岐大蛇の尾の方に進む。イリナは顔をあちこちに向けて、キョロキョロする。その度に、ちょっと振られる感じがあったとしても、サワがよろめくことはない。イリナの脚をがっしりと掴んで、絶対に怖くないように。
「イリナ!」
イチナがイリナの手を握る。イリナはガシッと手を握り返す。
「気をつけて」
ユウが横から、イリナを支える。そして、ユウとイチナとで力を合わせてイリナを八岐大蛇の上に引っ張る。
「サワちゃん、ありがとう」
「これくらい、どうってことないよ」
サワが、タンタンと軽く登って、全員が八岐大蛇の上に揃った。

 深く突き刺さった蛇行した剣。いざ、目の前にすると、それは神秘的で精密で、考え抜かれた芸術作品のようである。ここにこの剣が刺さってから、どれ程の月日が経っているのか、僕に分かることは、それが短くない期間であるということだけであるが、草薙剣は新品と見分けがつかないくらい、錆の一つもなく、銀色と見る角度によっては青っぽい刃は鏡のように僕らの姿を写し出す。

「やっと、僕ら、ここまで来たんだ…」
なんだか実感は湧かない。邪馬台国を出発してどれ程の距離を歩いてきただろう。シキとの出会いもそうだし、イトスギとの遭遇や芳様との再会、この旅のどの一瞬を切りとたって、全部が特別な思い出として僕の瞼の裏側に色鮮やかに甦ってくる。
「じゃあ、やろうよ!」
サワが明るい声でそう言う。
「そうだな」
それに同調するようにそう言ったシキは、ちらっと白い歯を見せて笑った。
 
「じゃあ、皆、草薙剣を握って」
5本の手が少しずつ重なりあいながら、草薙剣に触れていく。ひんやりと冷たい金属が、人の手に触れて徐々に温もりを帯びていく。ユウは、ぐるりとそれぞれの顔を見回して、キリリとした顔つきを作って、一度深く頷いた。

「せーの!」
ユウがそう掛け声をかけると、剣は五人の手によって引き抜かれる。

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