秀才くんの憂鬱

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八岐大蛇 です。

洞窟 です。

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 歩行時間約5時間、途中で休憩を挟みつつ、僕らはとうとう八岐大蛇がいつでたとしてもおかしくないような場所にたどり着いた。
「だいぶ来たな」
「あぁ、ここまで順調にこれて良かった」
「気持ち悪い、何これ?」
サワが足でチョンチョンとさわったのは、到底一匹のヘビとは思えないような大きさの、ヘビの脱皮後の脱け殻。
「脱け殻…じゃない?」
イチナが口に出したくないであろう事実を恐る恐る口にした。
「じゃあ、ここからは作戦通りに二手に分かれよう」
ユウは怖い気持ちを声色に出さず、冷静に話す。
「了解」
サワは、敬礼のポーズを笑顔でする。昨晩はあんなに怖がっていたのに。不安は伝染する。そのことをよく知っているから、明るく振る舞えるんだ。

 分かれ方は決まっている。サワとユウと瑠璃の組み合わせと、イチナとイリナとシキと翡翠の組み合わせ。サワとユウが八岐大蛇に接近して注意を引く。効果的な攻撃を与え、八岐大蛇を弱体化させることも二人の使命。対して、シキたちは、剣を探す。剣を見つけ次第即座に撤収し、剣回収の合図を送る。どちらも危険な役目だからこそ、任務達成における最重要項目は死なないこと。

 八岐大蛇に関することが書かれていたあの赤いボロボロの本を解読した結果、八岐大蛇は大きな洞窟に身を潜めていることが分かっている。


 山をくりぬいたみたいな大きな洞窟。入り口はすぐに分かった。冷気が漏れ出て、辺りはひんやりとしている。ゴツゴツとした岩が中には見えて、キューキューと気味の悪い音がする。奥はどこまで続いているのか分からない。脈拍が速くなる。不安や恐怖もあるが、伝説に出てくるような生き物に出会えることや、片割れであっても探し求めた剣を見つけられるという一種の高揚感もあるからかもしれない。

「じゃあ、僕らが先に入る。シキたちは一刻後に入ってくれ。先に進めないと判断した場合には、瑠璃をそっちに遣わす」
「分かっている。ユウ、無理はするなよ」
「あぁ」


 ユウは、洞窟に足を踏み入れる。日陰になったことで、グッと気温が下がる。
「なんか、不気味…」
「そうだな。下、水溜まりがあるから注意してね」
「うん」
瑠璃の白い毛に泥がはねて、所々、茶色の斑ができる。相変わらず、心を許した人間に対しては本当に従順な馬だ。人の歩みに歩調を合わせる。

キーキーと生き物の鳴き声がして、見上げると、大量のコウモリがぶら下がって、こちらを観察するみたいに見てくる。
「私、コウモリって好きじゃない」
「僕らと同じで、母乳を飲んで育つんだ。それで、鳥みたいに空を飛ぶんだから面白い生き物じゃんって考えることにしよ。こんなに居たら、ちょっと好意的に考えないよやっていけない!」
僕もコウモリってあんまり得意ではない。
「ユウっていっつもそんなこと考えてんの?」
「え、うん、まぁ、そう考えることも多いかな」
「なんか、ユウっぽい」
そう言って、サワはクスクスと笑ったが、僕はそんなにおかしなことを言ったのだろうか。

「ねぇ、剣を手に入れたら、それからなんて願うの?」
「僕の願い…」
そうだ。この旅を始めた当初はクニを疫病から守って、もう誰もあんな疫病なんかで死なせたくなかった。クニに守られ、クニの力を思う存分に受けて留学までしたのに結局は何の役にも立つことが出来ない僕が唯一出来る恩返しが、剣を見つけ出し、疫病を無くすことだった。でも、芳様が邪馬台国に行ったとするならば、疫病は終息を見せているのかもしれない。だったら、僕は一体、何を願いたかった…
「ユウ、ユウ、どうしたの?ボーッとしちゃって」
目の前でパチンとサワが手を叩いて、ハッとする。
「あ、ごめん」
「それで、願いは?」
でも、僕が変わらず持っている願いはある。母が昔、僕に語ってくれた世界を作りたい。
「それは、平和だ。戦がないだけではない。飢饉が訪れたとしても、互いに協力し乗り越えられること。救える命を無駄にしないこと。一人一人が、この世に生を受けたことを誇り、自由に生きられること。そういう世の中になるように願いたい」
「ユウなら良い王様になれそう。ユウが富や権力を願わない人で良かった」
「そういうサワは?」
「ユウのを聞いた後には言えないくらいすごく自分勝手な願いだよ」
「それでも良いよ、願いなんてそんなものだ」
「私は、もう一回で良いから、お母さんに会いたい。ちょっと、話すだけでも良いの。あの時は体が動かなくてごめんなさい。すぐに戻れなくてごめんなさい。こんな娘だけど、ずっと見守っててほしいって伝えたくて」
サワは頭にこびりついて離れないあの無惨な光景を母に会うことで払拭したい。もう一度会うことで、あの出来事を寝ている間に見ていた夢に変えたい。
「そうか…」
ユウはサワの願いを聞いて、自分がいかに背伸びをして壮大な願いを言ったのか馬鹿だと思った。結局、ユウはその程度なのだ。誰からも好かれるような、凄いと思われる存在、期待に応えられる人になろうとするために、変な背伸びが癖になっている。
「ま、どんな願いだろうとさ、実際に剣を使ったら叶うかどうかなんて分からないんだし、気楽にいこ」
そう言って、二三歩分先に行って、振り向いたサワ。
「だったら、どうして、ここまで頑張れる?母国から離れて半年以上が過ぎた。あのまま警学校に居たら、夢だった外交警察でも極秘部隊にでもなれただろう?でも、この旅をしたことで、それは、間違いなく遅れをとった」
ユウはサワに申し訳ないという気持ちを抱いた。ユウが声をかけなければ、サワをこんな旅に巻き込むことはなかった。
「うーん、誰かさんが、落ち込んでいた私を引っ張り出して、こんなに広い世界を見せてくれたからだよ」
「え?」
「誘いにのったこと、少しも後悔してないし、八岐大蛇でもイトスギでも、怖くたって、戦って勝算があるから、私はいつでも本気で頑張れる。だって、ユウが私の側には居るんだよ?それって、実質無敵じゃん!」
ハハッと声を出して笑ったサワ。洞窟内にサワの声がこだまする。
目の前に居る人は、僕よりもずっとずっと強い。仮にサワの側にユウがいれば無敵だというならば、ユウの力を何倍にも引き出しているのはサワだ。

 洞窟にはいくつもの分かれ道がある。分かれ道に出くわす度に、ユウは冷静に周囲の環境を分析しながら進んだ。



「そろそろ、入る?」
日の傾きからして一刻は経った。
「そうだな、入ろう。ユウが安全な道には印をつけてるだろう」
「イリナ、なんか変な音が聞こえたらすぐに教えて。私が守るからね」
イチナは、背に弓矢を背負って準備をする。
「行こう!」
3人も洞窟に入る。
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