秀才くんの憂鬱

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古仲間 です。

風 です。

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「ユウ、私も一緒に探しにいくよ」
「ありがとう。まったく、どこへ行ってしまったのだろう」
ユウはサワと草をかき分け、ザンザンと山の深い方へ歩みを進める。なぜか?翡翠を探すためである。イトスギからの急な攻撃に、慌てて逃げ出した、瑠璃と翡翠。瑠璃はその場ですぐに、無理やり止めることができたが、翡翠は先を走って、止めることができず、行方不明になっていた。


「ひすいー!」
サワはキョロキョロと辺りを注意深く観察しながら、名前を呼ぶ。
「ひすいー!ニンジンと干し草用意してるし出ておいでー!」

 翡翠とはぐれてしまった次の日から、およそ一週間、毎日のように探しているのに一向に見つかる気配はない。
「もうこの辺には居ないのかな?」
「う~ん、居てて欲しいとしか…」
眉間にシワを寄せ、元気ないユウ。
「翡翠だったら、そう遠くに行かなさそうなのに」
翡翠は、好き嫌いのハッキリした瑠璃と対照的に、誰にでも懐きやすい。ただ、かなりのビビリで、ちょっとした川や、倒木を越えることにも躊躇う。
「そうだろうと思っていたが、一週間だしな。気が動転して走り続けている間に、
まったく知らない地へと行ってしまったのかもしれないな」
「確かに、そうなると、見つけるの大変だね」
「僕があの時、瑠璃だけじゃなくて翡翠の手綱も掴むことが出来ていれば良かったのに」
「まあまあ、そう落ち込まないで。大丈夫、絶対、見つかるよ」
「絶対?」
幼い子供が母に確認をするように、ユウはサワに問いかけた。
「第五学年の時、学校で飼ってた馬が逃げ出してさ、敷地中探し回ってさ、でも、どうしても見つからなかったんだけど、2か月後に寮の真ん前で、見つかったことだってあったんだから。もう、本当に、ど真ん前で」
馬の帰巣本能か、あるいは、探し続けたサワたちの想いが届いたのか。
「そんなことが…」
僕の首元にはうっすらと汗が浮かぶ。それだけ、必死になって探している。


木の影、竹の影、岩の影、水辺、草原、窪んだ土地、挙げ句の果てには、上を見上げて、木の上の方さえも探してしまう。探しているうちに、高かった日も傾き始める。強い西日が、世界を橙に染めて山影に身を隠そうとする。


「馬は、木に登れないでしょ」
「そうだけどさー」
膝に手をつき、呼吸を整えるユウ。サワは、ユウの足に細かい切り傷や擦り傷があるのに気がつく。
「暗くなったら、探せないよ。明日はさ、誰かに聞き込みしよう」
「聞き込み ってこんなに、何もないんだ。僕らで探すしか」
「ユウ…」
サワを放って、まだ、探そうとするユウ。
「サワは先に帰っても大丈夫だよ。今日は、一緒に探してくれてありがとう」
サワは、ユウの肩を後ろからポンと叩いた。
「ん?」
「シキだってまだ万全じゃないし、まだ子供のイリナちゃんも、向こうには居るんだよ。確かに、翡翠を探すのは大事だけど、今は、暗くなったら、仲間と一緒に居よう?みんなのため」
シキは未だに、肩の筋肉と骨が裂けて、激痛から立つことすらも容易ではないし、攻撃を受けた方の腕については、まるで力が入らず、指をほんの少し動かすことができるか出来ないかというレベルだった。

ユウは捜索の手を止める。そして、しばらく考えて、「分かった」という返事とともに頷いた。



 翌日、その日は雨だった。朝から、本格的に降り始めて、時折、ザーザーという雨音が、波打つようなリズムで、グォォーグォォーと変わる。
瑠璃の白い鬣は雨でビッシャリとへばりつき、ネズミ色っぽくなる。
「すごい雨」
「そうだね、これじゃ、シキに当ててる布が乾かない」
イチナはシキの肩に包帯を巻く。これが、ストックの最後だ。
「ユウが何か持ってるかもよ?」
そう言ったサワ。イチナは首を横に振る。
「これで全部だって。はじめの何枚かは、血が付きすぎたから、燃やして捨てたの」
「何か代わりになるもの、きっとあるよ」
サワは辺りを見渡す。そして何か閃いたと、少し右眉を上げる。
「お願いできる?」
「もちろん!」
イチナはキランと笑ったサワにつられて笑顔を見せる。


「ユウ、ちょっと来て」
「ん?」
「この、服の入った大荷物。翡翠に背負わせてた分、ちょっと見せて」
「あー、良いけど、どうするの?」
サワは、水色のツヤッとした服を引っ張り出す。それは、前に芳様に会う時に着ていたユウの一張羅。この旅で唯一持ってきた、王家の紋章入りの服である。ただ、欲しいのはそれではなく、それを着るときの帯である。
「それを、どうしようと言うんだ?」
「シキの肩を固定するのに使いたい」
ユウは躊躇うようなしぐさを見せるが、了承をした。その帯は、父からの贈り物で、月下に透かすと、キラキラと特有の青白っぽい光沢を持っている。ただ、この帯が、もしも、役に立つというのなら、父も止めはしないだろう。
「ありがとう、ユウ」
「シキにはくれぐれも大切に使うように言ってくれないかい?」
「分かってるよ」
サワは帯を大切そうにまとめて抱える。

サワは、その帯をイチナに渡した。
「ありがとう」
「お礼なら、ユウにね」
「また、言っとく」

イチナは、シキの肩にその帯を巻き付ける。巻き付ける過程で、肩の角度が微妙に変わる度に、強く食い縛り、必死に痛みに耐えるシキ。それを半分、押さえつけながら作業するイチナ。
「シキ、もうちょっとだから、頑張って」
イチナはギュット、帯で肩を固定する。
「はい、終わったよ」
「悪いな、いつもいつも」
「良いんだよ、シキには元気で居てくれなくっちゃ。じゃあ、私、イリナみてくるね」
シキの側を離れたイチナ。シキは、イチナの後ろ姿を少し惜しそうに見つめる。
「私も、ご飯の支度してくるね」
「分かった」



「具合はどうだい?シキ」
イチナとサワと入れ替わるように、ユウがやってくる。
「まあ、少しずつだがマシにはなっている」
「そうか」
「サワもイチナも優しいな。いつもは、冷たい言葉も浴びせるくせに」
「冷たい言葉は、一歩離れて見てみれば、冷たくなんてなくて、シキへの心の近さの表れだと思うがな」
シキはハハッと声を出して笑った。
「そうか?」
「うん、二人とも、シキのことを本気で仲間だと思って居るし、僕だってそうさ」
仲間…バカみたいな響きで、弱いものの寄せ集め。失態を犯せば、態度は反転してしまう。そんなものだと、思って疑わなかったが、今の私にとってみれば、イチナをはじめ、皆、掛け替えのない仲間以上の絆で結ばれた大切な存在だ。
「それでは、簡単には死ねないな」
「そうだな」
「そうだ、ありがとうな、この帯」
シキは自由な方の手で、帯をそっと撫でる。
「大切に使うんだぞ、結構、高いんだから」
冗談っぽく言ったユウ。
「大切に使わせていただきます、王子様」
「王子などと呼ばないでくれ」
「良いだろう?そーいう気分なんだよ」
もし、ユウが王子でないならこんな帯も持っていなかっただろうに。
「ここにいる間は、身分など忘れさせて欲しいんだよ」
「そうか?まあ、分かった」
雨に濡れてしっとりとしたユウの髪の毛から一滴の雫が、落ちた。雫の先、ユウの指先は少し黒ずんで、小さな傷も見えた。



「サワちゃん、イリナが居ない!」

「え!?」
米を炊くサワの元に、イチナが駆け込んだ。ひどく、取り乱しているイチナ。

強い風が、雨を纏い、空には雷鳴が響き、地面が唸った


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