秀才くんの憂鬱

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イチナとイリナ です。

シキとイチナ です。

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 弱るシキ。肩から短刀を抜いて、包帯で止血と固定を済ませて、痛み止になる薬草を煎じた薬を飲ませる。
 夜になってもシキは眠りについたままだった。サワとユウは、二人で、シキの手を握る。夜を通して、ずっと、ずっと、シキのことを看るだろう。

「イチナちゃんは、イリナちゃんの側についてあげて」
サワからの言葉だった。イトスギと会わせてしまったこと自体、私のせいだと、シキをみては責めてしまう私を察したのだろうか。


簡易的な屋根の設けられたスペースの隅で、イリナの隣に座る。
「温まるから、これ、どうぞ」
イリナの手に渡したのは、イリナが好きだったキノコの風味が効いたスープ。
イリナは緊張気味にスープを受け取った。
「いただきます」
イリナは口をつける。
なんだか、懐かしい。
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
「良かった」
「あの、ごめんなさい。今日はひどい目にあわせてしまって」
イチナは一度、深呼吸をした。
「イリナのせいじゃないよ」
「私は貴女のことも思い出せません」
「イリナは、ゆっくり、思い出を取り戻していけばそれで十分だよ。これからは、ずっと、一緒だから」
イチナはイリナの肩に腕を回した。
この人は、暖かい人だな。思い出してみたい。どうして、思い出せないんだろう。なんか、すごく、懐かしい感じがするのに。
「私は、貴女を思い出せますか?」
「うん、絶対に思い出せるよ。だって、イリナは私の妹なんだから」

 イチナは、イリナを寝かしつける。トントンと呼吸に会わせて、手を当てて、横になったイリナに暖かい服をかけてあげる。


「サワちゃん、ユウくん、イリナ寝たし、一回、休憩取って。ずっと、ここに座っているのは疲れるし、ちょっと、横になるだけでも」
深夜の2時を回っている。二人は私よりもよっぽど、疲れているだろう。
「でも」
「サワ、イチナにシキは頼んで少し休憩をしよう」
ユウが留まろうとするサワに休憩を促した。サワの目の下には大きな隈ができている。



シキとイチナの二人きりになる。

「シキ、死なないでよ」
シキの手を握って、そう言ったイチナ。ゆっくりと上下するシキの胸。大丈夫、シキの体は懸命に生きようとしている。降り注ぐ星の下、シキの呼吸とイチナの呼吸は重なりあう。

 右手が暖かい。運が良かったか、まだ俺の腕は胴体とおさらばしていないんだな。でも、なんで、暖かいんだ?誰かが、俺の手を握っている。起きろ、目を覚まして。まだ、生きてるんだったら、とっとと起きろよ!

シキは、ゆっくりと瞼を開ける。
「…イチナ」
暗がりの中、それは、ほとんど勘だった。正直、俺のとなりに座り、手を握るのが誰かんて見えやしない。イチナが俺の手を握る人物であってほしい。そんなエゴだったかもしれない。
「シキ!」
私の手を握り返してきたシキの手。弱々しいが、がっしりとしたその手は私の手を優しく包み込む。あ、生きてる。そんな風に感じる。私の瞳の真ん中で、輝いているシキのいろんな表情がこれからもまた見られる。そう思った途端に、今まで堪えていた涙が頬を伝い、手の甲に落ちる。
「…な、泣くことないだろ?」
泣かせてしまったと慌てるシキ。
「泣いてない!」
手を離そうとしたイチナ。そのイチナの手をグッと掴むシキの手。
「え?」
シキは、星に願った願いの全てと交換をしても悔いは残らない。そうきっぱりと言い切ることが出来るくらいに、イチナの温もりを感じていたかった。細く柔らかい指と、厚みのない手のひら。俺の手とはまるで違う。イチナの手はこんなにもか細いのか。それでも、この手が俺を救ってくれた。
 こんなにも、弱っている姿を、強がらないで見せることができるのは、イチナだけだ。

「もう少し、私の手を握ってくれないか?」

仰向けのまま、頭だけをコトンとイチナの方に向けて、囁くような声でシキは言った。
 いつもならば、「また、馬鹿みたいなこと言ってる」そう言って、シキの手を払うかもしれない。
 でも、今日のシキの言い方と、シキがイトスギから自分を遠ざけて守ろうとしてくれたこと。こんな言葉が正しいか分からないけど、初めて「かっこいい」そんな風に思ってしまった。強さだけが絶対的な基準じゃない。今日くらいは、この人の手を握り、この人の言葉に頷くことも悪くない。

優しい言葉も励ましの言葉も、何もかも、この二人の間にはいらなかった。

「…分かった」
頬が緩く赤く染まるのを自覚して、星を見上げた。長い尾を持つ流れ星が空を滑り落ちた。一際目映い光を放つ流れ星。今までに、見た中で最も美しかった。
「綺麗だ」
シキが声を漏らした。
「うん」
イチナは発色の良くなった顔を、ちらりとシキに見せるみたいに頷いた。

ずっと薄汚れていて暗いと思っていた世界に、イチナが隣に居るだけで、どうして、こうも美しくなるのだろうか。死んでも良いと思っていた心が、生きたいと主張をする。もっと、もっと、未だ見ない輝く世界を、見たいと願ってしまう。


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