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過去と向き合え です。
八岐大蛇の伝説 です。
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芳の登場により当初の目的を忘れかけていたが、このクニへわざわざ立ち寄った理由はヤマタノオロチに関する話を聞きに行くことだった。
イチナはシキと一緒にクニの外れにある祈祷所を訪れていた。高床になっていて、梯子を使って中に入る。手がかじかんで、しっかりと梯子を握れない。だが、それで断念なんてできない。
祈祷師と名乗る人物は仙人のごとく長い白髭と、垂れ下がった目尻に、シワを集めてくしゃっとしたような、しおれた肌。服装は、麻の貫頭衣。貧しいのか修行の一貫か、一般人にはなんとも判別しづらい。
「八つの頭を持ち、強大な力を持つ伝説の蛇がヤマタノオロチとこの辺りでは言われています」
イチナが聞いた情報と一致した。
「それは、どこにいるのですか?」
イチナが前のめりに祈祷師に訊いてしまうのは、ヤマタノオロチに会いたいと願うからではない。生け贄として捧げられた妹に逢いたいからだ。
「この平野の奥の川を渡ったところだよ」
祈祷師は布にかかれた地図を広げて指でポンポンと指した。
「今までに幾人もの人が、ヤマタノオロチを倒し英雄になることを夢にみた。その昔、蛇行した剣で倒したと言われる者が居たそうだが、結局は大蛇と戦ううちに噛まれた時に毒が入って、最期はあっけなかった」
ゴクッと唾を飲んだ音がイチナの方からして、シキはイチナのことをみた。
「その蛇行した剣は今も、ヤマタノオロチの所にあるのですか?」
「噂ではな。ただ、それを知る者は、我先にと目指しているだろうな」
目指すものがいることを知っている?ということは前にも…
「前にも私らがした質問をしたものが来たのですか?」
祈祷師は記憶の糸を辿る。
そして、思い出したと言わんばかりにうんうんと頷く。
「糸目にほくろの大柄の男が、やって来てね。何でも、蛇行剣は二つで1つだと言うんだ」
シキは懐からイトスギの人相書を出す。シワを広げる。
「こんな人ですか?」
「はいはい、確かにこんな人だった。ただ、もう一人、娘かな…。娘の方は目が不自由だそうでね 」
目が不自由…
「なんと言ったかな、えっと、」
「イトスギですか?」
「あぁ、そうだそうだ、イトスギという男と、イリナという娘だ」
心臓の鼓動が速まって、呼吸を落ち着けるので精一杯だ。イチナには心当たりしかなかった、イリナという名前を持ち、目が不自由と言えば、私の妹しかいない。でも、それが、イトスギと一緒にいるのか?グルグルと目が回る感覚に襲われる。
「イチナ、大丈夫か?」
「え…あ、うん、大丈夫」
「そうか?」
「まあ、蛇行剣を探すのなら、早いに越したことはない。なんせ、イトスギとやらは、かなり本気のようだったからな。大柄な男のくせに、剣の話になると少女のように目をキラキラと輝かせていたからね」
イトスギが少女のように目を輝かせる?まったく、想像がつかないな。あの目は、世の憎いものを見るためだけについているようにしか見えないのに。というか、そこまでイトスギが剣にこだわるのはどうしてなんだ?シキはそこまで頭を働かせたところで、答えが出そうにもないと悟り思考をやめた。
「…イリナは元気そうでしたか?」
「えぇ、元気そうでしたよ。翠の勾玉が印象的でしたね」
「良かった…」
「どうしたのです?イリナとはお知り合いなのですか?」
祈祷師は、イチナがイリナという名前に特別な思い入れがあるということに気が付く。
「はい」
「イリナって、もしかして、イチナの妹?」
イチナは隣のシキを見てコクッと頷いた。
生け贄で死んでないんだ、生きてるんだ。そう思うと、我が事のように、嬉しく思えて、奥歯のもっと奥で喜びを噛み締めた。
「あの、イトスギとイリナがここに来たのはいつですか?」
「2週間前かな」
「今から追い付けますか?」
「さあね、私には千里眼なんかはなくてね。でも、追い付きたいなら今すぐ行くこと」
イチナは立ち上がる。
「ありがとうございます」
「あぁ、そうだ、ヤマタノオロチを退治するならこれを持っていくといい」
祈祷師は少し怪しげな薄紫の液体をイチナに渡した。
「なんですか?」
「これは、
"痛みを消す薬"
噂ではヤマタノオロチは猛毒を持っているという。これは、毒の回りを遅くすることはできないが、痛みを消して、最期まで全力で戦えることを可能にするために作られた秘薬なのだよ」
「ありがとうございます」
イチナは薬を鞄にしまう。
「さあ、行きなさい」
祈祷師はこれ以上に語ることはないと言って、イチナとシキを外へ出す。
イチナとシキは深々と頭を下げた。
イチナが先に梯子をおりる。祈祷師はシキと二人きりになったタイミングで、シキには薄い桃色の薬を渡した。
「これは?」
「あの子に渡したのは偽薬、こちらが本当に痛みを消す薬だよ。蛇の毒でなくても痛みを消せる。ただ、治っているわけではないと注意は必要だよ」
病のことを見透かされているような物言いに、シキは少し驚くような顔を見せた。でも、直ぐに薬を受け取って、イチナ同様、薬を鞄へ入れた。
「ありがたくいただきました」
「使うときはよく考えるんだぞ」
「分かっています」
イチナはシキと一緒にクニの外れにある祈祷所を訪れていた。高床になっていて、梯子を使って中に入る。手がかじかんで、しっかりと梯子を握れない。だが、それで断念なんてできない。
祈祷師と名乗る人物は仙人のごとく長い白髭と、垂れ下がった目尻に、シワを集めてくしゃっとしたような、しおれた肌。服装は、麻の貫頭衣。貧しいのか修行の一貫か、一般人にはなんとも判別しづらい。
「八つの頭を持ち、強大な力を持つ伝説の蛇がヤマタノオロチとこの辺りでは言われています」
イチナが聞いた情報と一致した。
「それは、どこにいるのですか?」
イチナが前のめりに祈祷師に訊いてしまうのは、ヤマタノオロチに会いたいと願うからではない。生け贄として捧げられた妹に逢いたいからだ。
「この平野の奥の川を渡ったところだよ」
祈祷師は布にかかれた地図を広げて指でポンポンと指した。
「今までに幾人もの人が、ヤマタノオロチを倒し英雄になることを夢にみた。その昔、蛇行した剣で倒したと言われる者が居たそうだが、結局は大蛇と戦ううちに噛まれた時に毒が入って、最期はあっけなかった」
ゴクッと唾を飲んだ音がイチナの方からして、シキはイチナのことをみた。
「その蛇行した剣は今も、ヤマタノオロチの所にあるのですか?」
「噂ではな。ただ、それを知る者は、我先にと目指しているだろうな」
目指すものがいることを知っている?ということは前にも…
「前にも私らがした質問をしたものが来たのですか?」
祈祷師は記憶の糸を辿る。
そして、思い出したと言わんばかりにうんうんと頷く。
「糸目にほくろの大柄の男が、やって来てね。何でも、蛇行剣は二つで1つだと言うんだ」
シキは懐からイトスギの人相書を出す。シワを広げる。
「こんな人ですか?」
「はいはい、確かにこんな人だった。ただ、もう一人、娘かな…。娘の方は目が不自由だそうでね 」
目が不自由…
「なんと言ったかな、えっと、」
「イトスギですか?」
「あぁ、そうだそうだ、イトスギという男と、イリナという娘だ」
心臓の鼓動が速まって、呼吸を落ち着けるので精一杯だ。イチナには心当たりしかなかった、イリナという名前を持ち、目が不自由と言えば、私の妹しかいない。でも、それが、イトスギと一緒にいるのか?グルグルと目が回る感覚に襲われる。
「イチナ、大丈夫か?」
「え…あ、うん、大丈夫」
「そうか?」
「まあ、蛇行剣を探すのなら、早いに越したことはない。なんせ、イトスギとやらは、かなり本気のようだったからな。大柄な男のくせに、剣の話になると少女のように目をキラキラと輝かせていたからね」
イトスギが少女のように目を輝かせる?まったく、想像がつかないな。あの目は、世の憎いものを見るためだけについているようにしか見えないのに。というか、そこまでイトスギが剣にこだわるのはどうしてなんだ?シキはそこまで頭を働かせたところで、答えが出そうにもないと悟り思考をやめた。
「…イリナは元気そうでしたか?」
「えぇ、元気そうでしたよ。翠の勾玉が印象的でしたね」
「良かった…」
「どうしたのです?イリナとはお知り合いなのですか?」
祈祷師は、イチナがイリナという名前に特別な思い入れがあるということに気が付く。
「はい」
「イリナって、もしかして、イチナの妹?」
イチナは隣のシキを見てコクッと頷いた。
生け贄で死んでないんだ、生きてるんだ。そう思うと、我が事のように、嬉しく思えて、奥歯のもっと奥で喜びを噛み締めた。
「あの、イトスギとイリナがここに来たのはいつですか?」
「2週間前かな」
「今から追い付けますか?」
「さあね、私には千里眼なんかはなくてね。でも、追い付きたいなら今すぐ行くこと」
イチナは立ち上がる。
「ありがとうございます」
「あぁ、そうだ、ヤマタノオロチを退治するならこれを持っていくといい」
祈祷師は少し怪しげな薄紫の液体をイチナに渡した。
「なんですか?」
「これは、
"痛みを消す薬"
噂ではヤマタノオロチは猛毒を持っているという。これは、毒の回りを遅くすることはできないが、痛みを消して、最期まで全力で戦えることを可能にするために作られた秘薬なのだよ」
「ありがとうございます」
イチナは薬を鞄にしまう。
「さあ、行きなさい」
祈祷師はこれ以上に語ることはないと言って、イチナとシキを外へ出す。
イチナとシキは深々と頭を下げた。
イチナが先に梯子をおりる。祈祷師はシキと二人きりになったタイミングで、シキには薄い桃色の薬を渡した。
「これは?」
「あの子に渡したのは偽薬、こちらが本当に痛みを消す薬だよ。蛇の毒でなくても痛みを消せる。ただ、治っているわけではないと注意は必要だよ」
病のことを見透かされているような物言いに、シキは少し驚くような顔を見せた。でも、直ぐに薬を受け取って、イチナ同様、薬を鞄へ入れた。
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「分かっています」
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