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イトスギ です。
生死感 です。
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時刻は、サワに出会う少し前に遡る。
ユウとサワは一緒に走りに行って、イチナとシキと二頭の馬が、昨晩の寝床にとどまる。野宿には馴れてきたが、やっぱり屋根のある家が時折、恋しくなる。
イチナは肩や腰をほぐして、服を着替えてから、弓を持ち出す。
イチナは、呼吸を整えて、キリキリと弓をひく。シュタッと放たれた矢は、真っ直ぐに空気を切り裂く。矢は同心円状に白黒と色を互いに入れ換えながら集まる的の中心を射抜く。
「ふぅ」
「朝から精が出るな」
瑠璃と翡翠に餌をあげ終えたシキはイチナの、弓を構えた姿を見る。
「今日は、瑠璃に唾、飛ばされなかった?」
「あぁ、今日は。でも、どうも、瑠璃に嫌われているみたいなんだ」
「何となく嫌われてるんじゃない?」
「何となくで嫌われるのは、ちょっとなー。これほどまでに、モテてしまう私への嫉妬かなんかかと思っていたのだが」
イチナは、どうでもいいシキの言葉などスルーして、弓を構え直す。
目を瞑り、精神を統一する。
風の呼吸に耳を澄ませる。よし、今だ!
またしても、イチナの矢は的の真ん中。驚異的な的中率。
シキはイチナの横に立って、的の方へ目を凝らす。
「天才なんだな」
「天才?」
「いろんな人を見てきたが、イチナ程の弓の名手は見たことがない。しかも、その歳で、筋肉量では劣る女性で」
「教えてくれた人が上手かっただけだよ」
「誰に教わったんだい?父親?それともお兄さん?」
イチナは頭を横に振る。
「ユウくんだよ。この弓矢もユウくんのだけど、ユウくんが私には弓矢の才能があるからって、くれたの」
「ってことは、もしかして、弓矢を初めて日も浅いってことなのか?」
「まぁ、今年の夏からだからね」
冗談だろう?この短期間で。私の父も武芸の才能に長けた人ではあったが、それでも何年という単位で修行を積んでいた。なのに、横に立つイチナは、既に圧倒的な技量を手に入れている。
「ユウが、イチナを羨む気持ちが分かりますね、イチナのたぐいまれな天才さを見せつけられると」
「ユウくんが私を羨む?」
「えぇ、私だって、羨ましい」
イチナは自身の弓の腕前が、ダントツに秀でていることにまだ、しっかりと自覚を持てていないのだろうな。
「そうだ、シキ、具合はどうなの?」
「具合?」
「とぼけないで、余命が一年だって話し、私は覚えてるんだから」
シキの余命の話は、サワとユウは知らない。イチナだけが聞かされた話し。
「大丈夫 と言っても君は心配するんだろう?でも、安心して、私は見ての通り元気だから。しんどい時はしんどいと言うよ」
「無理…しないでね」
「どうだろうな」
「どうだろうなってそんな無責任な」
「私は、十九まで生きることができるだけで奇跡なのだから、その奇跡を存分に使いたいじゃないですか。一日でも一秒でも長生きしたいという本心とそれに応えてくれない体。思い込めば楽なのはどちらか明白でしょう?」
シキは東の山の隙間から昇ってきた太陽に手を透かせる。そして、イチナの方を見て白い歯をのぞかせた。
「私は、シキみたいに考えられないや」
「ん?」
「だって、生きれば生きるほど、あぁもっと長く生きて、色んな世界を見たいって思っちゃいそうだから。普通なら子供の顔、孫の顔、月日が流れないと見られないものもあるし、思い込めない」
今は、生け贄に捧げられて離ればなれになった妹が成長した姿。片時も忘れたことはない。
「普通なら?」
「いや、何でもない」
私は、きっと、子供がいたりする生活は送らないだろうから。
「寿命がいつ来るか分からないから、漠然と明日があるような気がしてるが、そうとは限らない。で、あれば、いっそ全てを使いきって燃え尽きるのが私の本望だな」
「そう思ってても、シキの人生は、シキが独り占めできるものじゃないんだからね」
イチナは、肩の力を抜いて、弓をおろす。そして、数秒目を瞑ってから矢を放つ。矢はヒューっと空気を切り裂く音をたて直進して、的を揺らした。
シキは、イチナの言葉を反芻する。
「私の人生は、イチナのもの とでも言うのか?」
イチナは細く息を吐いてから、弓を拭いて片付ける。
「シキの人生と関わった人たちの人生にも何らかの影響を与えてるってこと。例え、シキが死んだ後でも永遠に」
シキは、シキの父が亡くなった時をふと思い出した。もし、父が今も生きていれば、私はこんな旅に出ることもなかっただろう。一鍛冶屋として生活していただろう。だが、父の死が私の人生に影響を与えた。
シキは、弓矢を片付けるイチナの方を見る。
「そういう体験があったのか?」
「…あるよ。その人はまだ死んでないって信じてるけど」
シキは今までのイチナとの会話を思い出す。
「妹の存在か」
イチナはこくりと頷いた。
イチナから直接深く聞いたことはなかったが、ユウの会話から何となくそんな気がした。確か、生け贄として八つの頭を持つ蛇に差し出されたと聞いた覚えがある。
私のかつて住んでいた集落にも生け贄があった。生け贄に選ばれるのは、いつだって幼い子供だ。訳もわからないうちに、あれよあれよと準備して、連れていかれて、戻ってこない。神を鎮めるために、大切なものを差し出す。生きた子供が生け贄になるのは、ある意味で、その村にとって最も大切な存在だからなのだろう。なんとも、皮肉な話だ。
ユウとサワは一緒に走りに行って、イチナとシキと二頭の馬が、昨晩の寝床にとどまる。野宿には馴れてきたが、やっぱり屋根のある家が時折、恋しくなる。
イチナは肩や腰をほぐして、服を着替えてから、弓を持ち出す。
イチナは、呼吸を整えて、キリキリと弓をひく。シュタッと放たれた矢は、真っ直ぐに空気を切り裂く。矢は同心円状に白黒と色を互いに入れ換えながら集まる的の中心を射抜く。
「ふぅ」
「朝から精が出るな」
瑠璃と翡翠に餌をあげ終えたシキはイチナの、弓を構えた姿を見る。
「今日は、瑠璃に唾、飛ばされなかった?」
「あぁ、今日は。でも、どうも、瑠璃に嫌われているみたいなんだ」
「何となく嫌われてるんじゃない?」
「何となくで嫌われるのは、ちょっとなー。これほどまでに、モテてしまう私への嫉妬かなんかかと思っていたのだが」
イチナは、どうでもいいシキの言葉などスルーして、弓を構え直す。
目を瞑り、精神を統一する。
風の呼吸に耳を澄ませる。よし、今だ!
またしても、イチナの矢は的の真ん中。驚異的な的中率。
シキはイチナの横に立って、的の方へ目を凝らす。
「天才なんだな」
「天才?」
「いろんな人を見てきたが、イチナ程の弓の名手は見たことがない。しかも、その歳で、筋肉量では劣る女性で」
「教えてくれた人が上手かっただけだよ」
「誰に教わったんだい?父親?それともお兄さん?」
イチナは頭を横に振る。
「ユウくんだよ。この弓矢もユウくんのだけど、ユウくんが私には弓矢の才能があるからって、くれたの」
「ってことは、もしかして、弓矢を初めて日も浅いってことなのか?」
「まぁ、今年の夏からだからね」
冗談だろう?この短期間で。私の父も武芸の才能に長けた人ではあったが、それでも何年という単位で修行を積んでいた。なのに、横に立つイチナは、既に圧倒的な技量を手に入れている。
「ユウが、イチナを羨む気持ちが分かりますね、イチナのたぐいまれな天才さを見せつけられると」
「ユウくんが私を羨む?」
「えぇ、私だって、羨ましい」
イチナは自身の弓の腕前が、ダントツに秀でていることにまだ、しっかりと自覚を持てていないのだろうな。
「そうだ、シキ、具合はどうなの?」
「具合?」
「とぼけないで、余命が一年だって話し、私は覚えてるんだから」
シキの余命の話は、サワとユウは知らない。イチナだけが聞かされた話し。
「大丈夫 と言っても君は心配するんだろう?でも、安心して、私は見ての通り元気だから。しんどい時はしんどいと言うよ」
「無理…しないでね」
「どうだろうな」
「どうだろうなってそんな無責任な」
「私は、十九まで生きることができるだけで奇跡なのだから、その奇跡を存分に使いたいじゃないですか。一日でも一秒でも長生きしたいという本心とそれに応えてくれない体。思い込めば楽なのはどちらか明白でしょう?」
シキは東の山の隙間から昇ってきた太陽に手を透かせる。そして、イチナの方を見て白い歯をのぞかせた。
「私は、シキみたいに考えられないや」
「ん?」
「だって、生きれば生きるほど、あぁもっと長く生きて、色んな世界を見たいって思っちゃいそうだから。普通なら子供の顔、孫の顔、月日が流れないと見られないものもあるし、思い込めない」
今は、生け贄に捧げられて離ればなれになった妹が成長した姿。片時も忘れたことはない。
「普通なら?」
「いや、何でもない」
私は、きっと、子供がいたりする生活は送らないだろうから。
「寿命がいつ来るか分からないから、漠然と明日があるような気がしてるが、そうとは限らない。で、あれば、いっそ全てを使いきって燃え尽きるのが私の本望だな」
「そう思ってても、シキの人生は、シキが独り占めできるものじゃないんだからね」
イチナは、肩の力を抜いて、弓をおろす。そして、数秒目を瞑ってから矢を放つ。矢はヒューっと空気を切り裂く音をたて直進して、的を揺らした。
シキは、イチナの言葉を反芻する。
「私の人生は、イチナのもの とでも言うのか?」
イチナは細く息を吐いてから、弓を拭いて片付ける。
「シキの人生と関わった人たちの人生にも何らかの影響を与えてるってこと。例え、シキが死んだ後でも永遠に」
シキは、シキの父が亡くなった時をふと思い出した。もし、父が今も生きていれば、私はこんな旅に出ることもなかっただろう。一鍛冶屋として生活していただろう。だが、父の死が私の人生に影響を与えた。
シキは、弓矢を片付けるイチナの方を見る。
「そういう体験があったのか?」
「…あるよ。その人はまだ死んでないって信じてるけど」
シキは今までのイチナとの会話を思い出す。
「妹の存在か」
イチナはこくりと頷いた。
イチナから直接深く聞いたことはなかったが、ユウの会話から何となくそんな気がした。確か、生け贄として八つの頭を持つ蛇に差し出されたと聞いた覚えがある。
私のかつて住んでいた集落にも生け贄があった。生け贄に選ばれるのは、いつだって幼い子供だ。訳もわからないうちに、あれよあれよと準備して、連れていかれて、戻ってこない。神を鎮めるために、大切なものを差し出す。生きた子供が生け贄になるのは、ある意味で、その村にとって最も大切な存在だからなのだろう。なんとも、皮肉な話だ。
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