秀才くんの憂鬱

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道を歩け です。

出国の晩 です。

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 小さな門には門番の一人もいないのに加えて、正直、門をくぐらなくても外へは出放題な状態だった。逆に言えば、侵略しようと思えば簡単に侵略できる状態にある。無防備なクニだ。と我がクニながら思う。しかし、これが実現できるのは圧倒的平和ボケと他国だって邪馬台国を攻めたところで利益がないことを重々承知しているからだろう。
「なんだか、やけにあっさりって感じ」
イチナは少し不思議そうにする。無理もない。
「そうだな」
「でも、私たち、ついに邪馬台国を出たんだね」
「うん、ここからは、身分とか一切通じない未知の世界だ」
「魏まで行った人が、海を渡らず未知の世界か」
「初めてだからね」
瑠璃と翡翠はブルルと鼻を鳴らした。空気が変わったのだろうか。

 続いていく一本道。ただ、その道を3人と2頭の影が進む。景色はさっきとはまるで違う。さっきまで、一面を覆っていた稲が生い茂った田んぼも、畑も、建物も無い。あるのは、川の上流へと続く道と、川と反対方向に見える竹林。鳥が羽ばたき、細い葉がヒラヒラと舞い落ちる。

「イチナちゃんは、どうして、剣を探したいの?」
「草薙剣はもともと私の先祖が打ち出した刀で、それにまつわる言い伝えがあるから、私、少しでも力になりたくて」
「そっか、力になりたくて か」
サワのそっけなさそうな反応の意味も分かる。正直、理由が薄い気がしていた。理由に優劣をつけようとは思わないが、危険を承知のはずなのに とは思う。
「でも、もう一つ、理由があって、それは、私の妹を探したいから」
「イチナさん、兄弟いるの?王宮で働いたりは?」
王宮で働く者は、親戚も同業であることが多い。同じ、家族であればいちいち信頼に値するか親戚関係を洗い出す必要がなく手間が少ないからだ。確かに、個人でみれば家族は個であるが、犯罪に加担するときは一気に手を貸して集団を形成したということが過去にあったそうだ。
「私は、途中上がりなので」
イチナは、少し自信なさげにそう言った。
途中上がり とは、王宮に勤めることなど現実的でない身分の者が、既に王宮に勤めている者から推薦を受けて王宮に入ることを指す。単身、貧乏、境遇は決して良いとは言えない人が多い印象だ。一家から一人だけに適用される。
「兄弟、何人?」
「…妹が一人。目が不自由で、すごく心配。私が、王宮に上がる一日前に、巫女を名乗る人物に八つの頭を持つ蛇の生け贄にすると連れて行かれて」
「妹のお名前は?」
「イリナ」
「へー、なんか、イチナとイリナって響きが似てる」
「生け贄?そんなもの邪馬台国では認めていない」
「私が住んでいたのは、後から邪馬台国に入った集落で、年数が浅いからしばらくは独自文化を優先できる特権があるの」
文化多様性を重んじる政策の一つだろうが、生け贄は認めていなかったはずだ。そんな、命を軽んじるような。
「生きてるうちに助け出すって約束してるから、絶対に探さないと。八つの頭の蛇と、草薙剣が関わってると文献から分かったから、草薙剣を探す旅に出ることが出来たら妹を助けられると思ったの」
「そうだったんだ。妹ちゃん、無事だと良いね」
サワに同意だ。
「無事でありますようにって毎晩、流れ星に祈ってる」
流れ星に祈る。か、邪馬台国にはもともとない文化だな。
「そうか、今晩からは僕もイチナさんの妹の無事を祈ろう」
僕のリサーチ不足だった。家族構成も出身も知らなかったなんて、僕としたことが。
「私も!」
サワは手を挙げた。
「ありがとうございます」
イチナは嬉しそうに笑った。


 それから、日がくれるまで歩く。
「ユウ、もう今日はこれくらいいいんじゃない?夜道を歩くのは危険だよ。目標にしていた、出国は出来たんだ」
サワがユウを引き留めた。
ユウは空を見上げた。まんまるい月が空の少し東よりくらいに位置している。
「そうだな、サワの言うように休もう。イチナさんもお疲れ」
僕とサワは、体力を鍛えているから問題はないが、イチナさんはド素人だからな。
「二人も、お疲れ。ほんと、盗賊が出たときとか役に立てなかったんで、料理なら任せて。せめてもって感じだけど」
「イチナちゃんの作る料理とか絶対に美味しいじゃん。期待しちゃって良い?」
「はい」


僕は道を逸れて横の竹林に入る。そして、動物の糞がないことなんかを確認して、スペースを作る。その間にイチナはご飯作り。サワには瑠璃と翡翠のケアをお願いした。

「ユウは相変わらず、超がつくくらい器用だよね」
「まぁな」
ユウは、竹と竹の間に布を張って、ピンと張られたハンモックのようなものを作る。空中ベッドとでも呼ぼうか。
「寝床確保だね」
「あぁ、こっちに、水汲みに使えるかなと思って桶も作っといたから」
「売れそう」
無駄に完成度が高い竹で作られた桶。ついで ではないレベル。

「ご飯、出来ました」
「ん!美味しそう!」
イチナの後ろからサワが覗きこむ。

 ご飯を三人で等分に分ける。量で言えば、王宮で食べていた分の方が多いが、なんだろう、この満足感は。
「美味しい、イチナさん、料理上手だったんだ」
「これで、推薦されたみたいなものだから」
笑いの絶えない食事時間。一体、いつぶりだろう。疫病が流行ってから、ずっと部屋で一人きりで食べていた。そのうちに、味覚が退化していたと思う。誰かと、食を囲めること。案外、贅沢な時間なのかもな。


イチナは、食後、すぐに寝てしまった。やはり、よほど疲れていたんだろう。無理をさせてしまったかもしれない。
 女子二人が、ハンモック。ユウは、したに布を引いて横になった。流れ星を探そうと目を凝らしてみるが、満月が邪魔をして今日はよく見えない。時間が経つと薄雲がかかり、流れ星の影を見ることもできない。
 ユウはなんとなく寝付けなくて、小さなアルコールランプと同じ仕組みのろうそくのようなものを立てて開喜日記を読んでいた。
「…カイキさんが、旅をしたらどんなだっただろう。王宮が嫌で大逃げしたみたいだけど。でも、逃げた先で奥さんを見つけたんだもんな。行動力が半端じゃないんだよな。多分だけど」と、そんなことを思いながら、見たこともない王様に思いを巡らせる。この時間が、好きだ。耳を澄ませば、声が聞こえてくる。
「ユウ」
ほらね。 ん?は?ちょ、どういう?ん?
「ユウ、寝てる?」
「サワ?どうした?虫に刺された?」
「違うよ、なんとなく眠れなくてさ」
サワは、空中ベッドを揺らさないようにそっとおりた。
「気分が高まる?」
「ユウ、ちょっと川辺の方に行かない?ここで、話すとイチナちゃんを起こしちゃう」
「良いけど」

ユウは、サワと川辺に出てきた。
水面に月と星が歪んで反射する。夜であっても川の流れは止まらない。
「どうした?僕を起こすってことは何か問題でもあった?」
「怖くなって」
「怖い?」
小刻みに震えるサワの手。握ろうとして、躊躇ってやめた。サワの辛さを受け入れる準備が僕には出来ない。口では平気そうに言って、でも、サワがどこか本心になれないことなど分かっていた。でも、それに気がついていないフリをしていた。そっちが楽だった。
「私は、なんでお母さんを護れなかったんだろう。毎晩、毎晩、その時の現実が悪夢になって私の心を壊そうとしてくる。口でテキトーに不都合を隠してさ、自分だって騙してしまいたいのに。クニを出てまで、私がしていることが正しいか分からない」
顔を伏せたサワ。そりゃ、母親が殺されて間もないうちに、母国を出ているんだ。心に大きな影響があって当然じゃないか。
「僕にだって今、こうしているのが正しいのかなんて分からないよ。僕は大丈夫とも忘れたら とも言うつもりはない。でも、分からない時はとにかく動くんだ。そして、遠回りでも間違っていても、正しいに書き換えていけば問題ないよ」
僕は励ましの言葉を伝えるのは下手だ。人の気持ちを完璧に理解しようなど思わないし、出来ない。でも、僕が親友を失ったときにかけて欲しかった言葉は分かる。
「それ。不正じゃない?」
「不正じゃない。僕が保証する。だから、約束して、もう自分を騙してしまいたい。とか言わないで。素直な心で辛いときには、僕が何度も何度も話を聞くよ。そうやって、少しずつ向き合っていくんだ。そうすれば、」
「そうすれば?」
「そうすれば、サワのお母さんが、サワに凄い力を授けるよ」
「何それ」
想像の斜め上をいく言葉にクフッと笑ったサワと反対に、ユウは真面目な顔をする。
「護りたいものがあるときの人の力は時に自然をも凌駕する。それは、サワが誰かを思う気持ちも、僕が誰かを思う気持ちも、亡くなった人が生きている人を思う気持ちも、きっと全部そうだ」
「そっか、見てくれてるのかな?」
「きっと、見てくれているさ。怖いときには、いつでも、思い出してあげて。それでも、怖いときには僕が側にいよう。サワは一人じゃないんだ。生きた者には、生きる意味を見つけて生きる使命がある」
「ユウの言葉って感じ。突き放すような、引き付けるような」
「僕は魏に居るときこの疫病によく似た病で、親友を失ったんだ。僕の不届きで。これは、その男からの受け売りだよ」
「ユウは辛くなかった?」
「何千回も何万回も、後悔したし。これからだって、後悔するし、辛くなるよ。でも、過去を見ていても、過去は過去でしかない」
「強いんだね」
「いや、臆病だからそこまで言えるんだよ。僕からすれば、サワの方が数段先を見ている気がする」
僕は、その親友の死がきっかけで医者という夢を半ばで諦めた。この道に進むのがどうしようもなく怖くなって逃げ出したんだ。
「人次第だよね」
「…そうかもしれないな」
「ありがとね、ユウ。おやすみ」
「僕も寝るよ、おやすみ」



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