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出発前 です。
願いを託して です。
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事態の悪化から、学校に行くことすら叶わない日々が続く。
何度も読み返した赤い表紙の本。
「願いが叶う剣か…」
もし剣に今、この状況になる前と同じように、疫病に怯えなくてもいい日を願えばそれが叶うのだろうか。
そうすれば、僕は人の役にたてるだろうか。
ユウは、久々に濃い青の着物を着て、腰に剣を差して、目元だけが出るように口元を覆う布をつけて、風呂敷に旅に必要なものをまとめて結んで、それを斜めがけする。最後に、魏で履いていた足をすっぽりと覆う靴を履く。完成した服装は、王子とは思えない。きらびやかさや、華やかさはない。例えるならば、暗殺者。とでも言おうか。
「イチナさん」
「はい」
「今から、母に会ってきます」
「えっと、そのお姿は一体なにをなさるんですか?」
「僕は母に、草薙剣を探しに行くと伝えます。もし、あの本に書かれていることが本当だったら、このクニを救えます」
イチナはひどく驚いた顔をした。そして、顔を切り替えて、キリリと引き締まった顔を見せる。
「わ、私も行きます!私の先祖が打ち出した剣ですし、それに伝わる伝説も聞いております。きっと、何かお役にたてると思います」
その勢いに、一歩足を引く。
そして、僕はコクリと頷いた。
なんとなく、イチナがそう言い出す気がしなかった訳ではない。
イチナと一緒に母の元へ向かう。
「女王様に改めてお会いするとなると緊張いたします。今まで、先輩からの伝言でしか聞いたことがなくて」
「そうだったんですか。てっきり、ほぼ毎日のように会っているのかと思ってました。まぁ、でも大丈夫です。昨日からこの時間に僕が行くことは伝えていますし、息子である僕がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、優しい人なんで」
緊張するイチナにユウは笑いかけた。
重々しい扉の奥には母がいる。二人の扉を守る男に母に会うことを伝え、扉を開けてもらう。
「母上、今、お時間をいただけますでしょうか」
ユウが頭を下げると、イチナも慌てて頭をさげる。
「そっちに腰かけて、二人とも」
コトンと音をたてて、水が入ったコップが目の前に置かれた。
「ユウ、そんな格好をしてどうしたの?」
「僕は、草薙剣を探しに行きます」
「草薙剣?そっち?タヨから聞いていたけど本気なの?」
そっち、ってなんのことだ?
「はい、伝説によれば碧い瞳を持つ王子が見つけると。それから、草薙剣には願いを叶えるという力があります。願えば、この惨事を止められるかもしれません」
お母さんは、僕の瞳を真っ直ぐ見る。そして、一度視線をイチナへ向ける。
「あ~、私ってばユウが大事な話とか言ってから、女性を連れてきたから、結婚するのかと身構えてたじゃない」
そっちの内容はそれか。
「そんな、僕はまだ」
「確かに、ユウにはちょっぴり早いかもね。あなた、イチナさんですよね」
「は、はい!」
急に、話題が飛んできて、イチナの声は緊張からか裏返る。
「噂は聞いております。まだ、こちらへ来て何年と経っている訳ではないのに、細やかな気遣いが出来て、仕事も丁寧だと」
「その評判を守れるように、これからも一層頑張ります」
ニコッと笑ったイチナ。
「毎日、うちの息子がお世話になってます。それで、ユウと一緒に来たってことはイチナさんも草薙剣を探しに行くんですか?」
「はい、その覚悟を持ってこちらへ参りました」
母は大きく深呼吸をする。
「決めたことなら、行ってきたら良いと思います。そんな冒険できるのも若いうちだけだし。イチナさんの仕事の方は私から伝えておきますし、ユウの学校の方にも連絡は入れとくから」
「なんか、やけにあっさりしてるね。僕はもっと怒られるのかと思った。だって、確実に存在することが現時点では保証できないわけだし」
お母さんは、小さく笑った。
「私にもそういう時期があったからね」
まさか、私が2000年後の未来かやって来た人に恋をして、その人が王になっていく姿を間近で見て、その人に逮捕されて、刑期を終えて一緒に過ごして、急に別れた。なんて、息子たちは思ってないだろうな。
昔のことがふと思い出されて、懐かしくなった。それから約20年という長い月日を経て、同じように冒険を目の前にする息子。
「行っておいで、草薙剣があっても無くても、行ったっていう記憶は絶対に忘れられないものになるよ」
母には昔から放任主義っぽいところがあった。僕らがやりたいと思ったことを、満足するまでやれるように見守っている。ありがたいことだと、常々感謝している。
「イチナさんはともかく、ユウはその格好してる時点で止めても行くんでしょ」
「ばれてた?」
「当たり前じゃない」
三日後
「今から、行ってきます!」
王宮の門には、ユウとイチナの姿。振り向くと、父と母とユリとユシンが手を振っている。
左足を前に出して、王宮の門の影を超える。日は高く、絶好の冒険日和だ。
ここから、卑弥呼の息子であり、王になれない王子の草薙剣を探しに行く物語が始まる。
何度も読み返した赤い表紙の本。
「願いが叶う剣か…」
もし剣に今、この状況になる前と同じように、疫病に怯えなくてもいい日を願えばそれが叶うのだろうか。
そうすれば、僕は人の役にたてるだろうか。
ユウは、久々に濃い青の着物を着て、腰に剣を差して、目元だけが出るように口元を覆う布をつけて、風呂敷に旅に必要なものをまとめて結んで、それを斜めがけする。最後に、魏で履いていた足をすっぽりと覆う靴を履く。完成した服装は、王子とは思えない。きらびやかさや、華やかさはない。例えるならば、暗殺者。とでも言おうか。
「イチナさん」
「はい」
「今から、母に会ってきます」
「えっと、そのお姿は一体なにをなさるんですか?」
「僕は母に、草薙剣を探しに行くと伝えます。もし、あの本に書かれていることが本当だったら、このクニを救えます」
イチナはひどく驚いた顔をした。そして、顔を切り替えて、キリリと引き締まった顔を見せる。
「わ、私も行きます!私の先祖が打ち出した剣ですし、それに伝わる伝説も聞いております。きっと、何かお役にたてると思います」
その勢いに、一歩足を引く。
そして、僕はコクリと頷いた。
なんとなく、イチナがそう言い出す気がしなかった訳ではない。
イチナと一緒に母の元へ向かう。
「女王様に改めてお会いするとなると緊張いたします。今まで、先輩からの伝言でしか聞いたことがなくて」
「そうだったんですか。てっきり、ほぼ毎日のように会っているのかと思ってました。まぁ、でも大丈夫です。昨日からこの時間に僕が行くことは伝えていますし、息子である僕がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、優しい人なんで」
緊張するイチナにユウは笑いかけた。
重々しい扉の奥には母がいる。二人の扉を守る男に母に会うことを伝え、扉を開けてもらう。
「母上、今、お時間をいただけますでしょうか」
ユウが頭を下げると、イチナも慌てて頭をさげる。
「そっちに腰かけて、二人とも」
コトンと音をたてて、水が入ったコップが目の前に置かれた。
「ユウ、そんな格好をしてどうしたの?」
「僕は、草薙剣を探しに行きます」
「草薙剣?そっち?タヨから聞いていたけど本気なの?」
そっち、ってなんのことだ?
「はい、伝説によれば碧い瞳を持つ王子が見つけると。それから、草薙剣には願いを叶えるという力があります。願えば、この惨事を止められるかもしれません」
お母さんは、僕の瞳を真っ直ぐ見る。そして、一度視線をイチナへ向ける。
「あ~、私ってばユウが大事な話とか言ってから、女性を連れてきたから、結婚するのかと身構えてたじゃない」
そっちの内容はそれか。
「そんな、僕はまだ」
「確かに、ユウにはちょっぴり早いかもね。あなた、イチナさんですよね」
「は、はい!」
急に、話題が飛んできて、イチナの声は緊張からか裏返る。
「噂は聞いております。まだ、こちらへ来て何年と経っている訳ではないのに、細やかな気遣いが出来て、仕事も丁寧だと」
「その評判を守れるように、これからも一層頑張ります」
ニコッと笑ったイチナ。
「毎日、うちの息子がお世話になってます。それで、ユウと一緒に来たってことはイチナさんも草薙剣を探しに行くんですか?」
「はい、その覚悟を持ってこちらへ参りました」
母は大きく深呼吸をする。
「決めたことなら、行ってきたら良いと思います。そんな冒険できるのも若いうちだけだし。イチナさんの仕事の方は私から伝えておきますし、ユウの学校の方にも連絡は入れとくから」
「なんか、やけにあっさりしてるね。僕はもっと怒られるのかと思った。だって、確実に存在することが現時点では保証できないわけだし」
お母さんは、小さく笑った。
「私にもそういう時期があったからね」
まさか、私が2000年後の未来かやって来た人に恋をして、その人が王になっていく姿を間近で見て、その人に逮捕されて、刑期を終えて一緒に過ごして、急に別れた。なんて、息子たちは思ってないだろうな。
昔のことがふと思い出されて、懐かしくなった。それから約20年という長い月日を経て、同じように冒険を目の前にする息子。
「行っておいで、草薙剣があっても無くても、行ったっていう記憶は絶対に忘れられないものになるよ」
母には昔から放任主義っぽいところがあった。僕らがやりたいと思ったことを、満足するまでやれるように見守っている。ありがたいことだと、常々感謝している。
「イチナさんはともかく、ユウはその格好してる時点で止めても行くんでしょ」
「ばれてた?」
「当たり前じゃない」
三日後
「今から、行ってきます!」
王宮の門には、ユウとイチナの姿。振り向くと、父と母とユリとユシンが手を振っている。
左足を前に出して、王宮の門の影を超える。日は高く、絶好の冒険日和だ。
ここから、卑弥呼の息子であり、王になれない王子の草薙剣を探しに行く物語が始まる。
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