秀才くんの憂鬱

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出発前 です。

疫病② です。

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帰宅を命じられ、王宮へ戻る。ちょうど、それと同じ時間に妹と弟も帰ってきた。
「あれ、ユリもユシンも?」
「なんか、疫病が発生したから帰れって。今日、半分以上休んでた。昨日までは、4人くらいだったのに」
「そうか、ユシン。どの学校でもか。ユリの方も?」
弟のユシンは官学校という官僚を養成する学校に通っている。警学校に次いでこのクニを代表する名門校。違いといえば、警学校は一般人の子供が多いのに対して、官学校は親が官僚のお金持ちが多いということ。病気なんかが出たら大事をとって休ませる家庭が多い気がする。
「うん」
三人が王宮の門付近で話していると奥の方から、数人の女官がやってくる。

「皆様、ご無事でしたか」
ホッと胸を撫で下ろすイチナ。
「あ、イチナさん。一体、何が起こっているのですか?」
「私も詳しいことは分からないのですが、今、女王様は部長・代表議員会議をなさっています。たった今、衛生部からの正式発表で、疫病発生との宣言がありました」
疫病?噂じゃなくて、本当に?今まで読んできた歴史書なんかから分かる。疫病というのは、クニ一つくらい簡単に滅ぼす悪魔だ。政治が上手くいかなくなる原因でもある。
「そうだったんですか。
 ユリ、ユシン、各部屋に戻ったらすぐに風呂に入り体を清潔にし、そして、部屋には極力誰も入れないように。家族でも。この我が家から感染者を出すことになれば国民は不安になるだろう」
「はい!」
「いい返事、よろしくね。僕も気を付けるから」
ユリとユシンに指示を出して、ユウ自身も部屋に戻る。

部屋に備え付けられた風呂に入る。
ザバッと頭から水を流す。顔を何度も洗う。少しでも、綺麗になるように。今からでは、遅いかもしれないけど。
疫病の恐ろしいところは、身分など関係なく被害が出るということだ。例え、大金持ちであったとしても死ぬときはあっけない。

大判の手拭いで、体を拭いて、選択済みの棚に置かれた服を引っ張って着る。

着替えを終えて、扉越しにイチナを呼ぶ。イチナはこの時間であれば、常にユウの部屋の前で待機している。
「イチナさん、もう、休んでもらって大丈夫ですよ。僕、外にも出ないんで。毎日、早朝、深夜とお疲れでしょうから」
「大丈夫です!女官の中では一番若いのに、休憩なんて」
「生活の時間が乱れると、体調を崩しやすくなります。そうなると、後々、僕を含めあなたに関わる人が大変な思いをすることになります。なので、休める間に休まれるということも立派な仕事です。他の女官にもそう言ってください」
「そういう訳には…」
「僕は自分のことは自分でできますから。それと、休憩をされる際にはなるべく一人一人で距離を取ってください」
イチナは中々どこうとしないようだった。

「僕はもう、病で命を落とす人を見たくないんです!」
珍しく大きな声を出したユウに驚いたのか、あわてて駆け出したイチナの足音が遠ざかっていく。

一人きりの部屋。布団に仰向けになり天井を見上げる。そして、思い出してしまう。

 魏に居たとき、赤い発疹、高熱、という今回のものに酷似した症状が出る病気が蔓延した時期があった。その当時は、僕は13歳だった。寮の仲で一番仲が良かった友達と毎日のように一緒に居た。そんな、ある日、朝起きると顔や首もと、腕や脚、胸元に背中、体のあちこちに赤い発疹が出来ていて、体は怠かった。熱があるのは間違いなかった。皆、怖がって看病どころではなかったが、その親友だけがうなされる僕を必死に看病した。
「シュエン、僕の病気がうつるよ、だから、もう、部屋に戻って」
「こんなに親友がしんどそうなのに、放っておけないよ」
僕は、一週間、生死を彷徨った。でも、甲斐甲斐しいシュエンの看病のお陰かだんだんと回復に向かうことができた。
僕が回復して動けるようになったのは、症状が出てから二週間後だった。
「シュエン、ありがとう」
「良いんだよ、ユウが元気になってくれて良かった~」
そう言っていたシュエンが次は、感染した。その頃になると、寮の中で病気ではない者が居なくなり、回復した僕がみんなの世話をしていた。軽度から重度まで症状は一律のようで個人差があった。
僕は、特に症状が重い人の面倒を見ていた。
「シュエン、ごめんな。僕の時は、つきっきりだったのに、あんまり看病する時間を取れなくて」
「俺より症状が重い子にまわってよ、俺のことは別に気にするな。すぐに、治すから」
シュエンは僕の前で気丈に振る舞っていた。出された食事は食べていたし、僕が話しかけると返事をくれる。周りに比べたら、軽度だと信じて疑わなかった。
でも、シュエンの症状が出て四日目の夜、シュエンは静かに息を引き取った。寮内で死んだ唯一の人だった。
「ほら、朝だよ、朝日入れないと。なんだ?今日はまだ眠いのか?いっつも、目覚めいいくせに」
僕がいくら話しかけても返事がなくて、恐る恐るシュエンに触れるとシュエンは冷たくなっていたんだ。死んだ人特有の臭いがして、ゾッと血の気が引くのが分かった。シュエンの体を揺すぶる。
「シュエン!起きるんだ!」
返事はない。シュエンの上体を持ち上げると、背中側は真っ赤に染まっていた。発疹が潰れていたんだ。擦れて皮膚が破れている。僕がもっと、体を拭いてあげたりしていればこんな惨事にはならなかったんじゃないだろうか。もっと、早くにシュエンの体調に気が付けばこんなことにならなかったんじゃないだろうか。そう考えると、何度もシュエンがサインを出していたように思えた。朝から夜までいつ見に行っても同じ体勢で、食事も異様に長い時間がかかっていた。口を閉じぎみに話して、きっと口内にも症状が広がっていたんだ。筋肉だって満足に動かせない程に重症だったんだ。もともと、医者志望だった僕にとってそれは自分の無力さを思い知らされた出来事だった。シュエンがやってくれたことを僕はできなくて、シュエンが亡くなった。
感情の整理ができなくて、僕はシュエンの葬式に参加できなかった。

魏から去る日の前日、僕はシュエンの墓に向かった。墓石を綺麗に洗って、シュエンが好きだった炒飯を供えた。
「シュエン、今まで来れなくてごめんな。1日たりとも、シュエンを忘れたことはないし、これからだって忘れないよ。僕は明日、魏を出る。何があるか分からないけど、見守ってほしい」
そう語りかけると、シュエンが答えてくれるような気がした。


僕は、未だに怖いんだ。病で命を落とす。どうにかすれば、救えた可能性のある人が死ぬということが。普通なら、友の死を経てこんな人を増やすまいと医者になるのかもしれないが、あの日のことが脳裏をよぎると怖くてたまらないんだ。



 それから、一ヶ月後、疫病は終息の兆しを見せず、ただこのクニを着実に蝕んでいった。
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