秀才くんの憂鬱

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出発前 です。

サワ です。

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 王になる権利も義務も持たない王子など、クニにとって不要である。何千万いやそれ以上の額を投資をして、結果、クニに奉仕するわけではないのだ。幼い頃に抱いた、憧れの王に手は届かない。
しかし、それは、今までの僕が歩んだ道を否定する理由にも、僕の未来に価値がないと主張する理由にもなり得ないのだ。
確かに、僕は王になる教育を施された訳ではあるが、命をかけて王になる覚悟があったかと問われれば、そうではない。だからだろうか、王になれない悔しさや悲しみはあまりない。

  僕は人のために役立つことができれば、  それこそ、 王と同じ位の大きな仕事をなすことになると思っている。

綺麗事で理想論と揶揄されても、何も行動を起こさないよりかはマシだ。


と、大口を叩いたはいいものの、邪馬台国から長年住んでいる魏へ戻ることは叶わず、強制的に学校も中退になり唐突に目標を失った。

 気分が沈んだときに、必ず訪れるところがある。それは、王宮が開いている図書館だ。シンと静まり返り、書物をめくる音と、木札が重なる音だけが静寂に溶け込む。ここでは、誰も僕のことを気にしない。
上段にある、うっすらと埃を被った漢書を手に取る。人としてなすべき徳やら仁やらを説く書は、魏で通った学校を思い出させる。
「何、してるの?」
不意に声をかけられ、ビクッとするユウ。声の方を見ると懐かしい友。
「笑いに来ましたか?学校も中退になって、仕事もない僕のこと」
そう言いながら、次の本を取り出す。
「笑いになんか来てないよ、ただ、元気ないって聞いたから。久しぶりの邪馬台国なのにユウ、図書館に入り浸ってばっかりでつまんない」
「図書館が好きなだけです。元気はあります」
「嘘だ~、だって、何もなくて、ユウがそんな難しい本を読むわけないもん」
「たまには読みますよそういう本も」
「なんて書いてあるの?読んで、読んで」
この女は、まったく昔と変わらない。いつも、自分の思ったことをすぐに口に出す。それも、仮でも王子の僕にたいして、タメ口で。
「読めるでしょ?」
そして、この女は母親が渡来人で大陸の言葉を流暢に使える。
「読んでよ!」
ユウは少し考える。突っぱねても良いのだが、この女のことだ。雑草並みの執着を持って、何度でも僕に同じお願いをするだろう。ならば、一度目で要望に応えてしまう方が結果的には良い。
「あぁ、分かりました。じゃあ、一度、外へ出ましょうか」

  外へ出ると、カーンと燃えるような暑さが待ち構えていた。陰もない日中、どこか涼めるところを。
「アッツー!何、この暑さ」
「涼しいところ教えて。僕は暑さに弱いんです」
「あんた、このクニの王子でしょ?地理くらい把握しときなよ」
誰のせいで、外に出てきたと思ってるんだよ。と、怒る元気さえも削ぎ取る暑さ。

「あ、あそこにしよう」
あそこと言われて、女が指す方向に目線をやるとそこは、警学校。
「入れるんですか?」
「入れるよ。だって、私、警学校の学生長だもん」
ケイガッコウノガクセイチョウ?この女が?僕のいない間にいったい何があったんだ?いや、そんなの今はどうでもいい。早く、一刻も早く陰に入りたい。

警学校の校門。久々だ。この、変な緊張はなんだろうか。
校門をくぐる。休日の学校とはどこか寂しい空気の漂う空間である。廊下にせよ、教室にせよ、誰の話し声も聞こえてこない。だが、職員室の前だけはそうではない。
「お邪魔しまーす。教室、一つ借りるね」
教室の鍵を番号が割り当てられたフックから取る。
「はいはい。熱心なことだな、サワさん。そちらの方は誰なんだい?関係者以外立ち入り禁止だよ」
「すみません。あ、僕は、ユウです。えっと、結構前なんですけど、僕が7歳の時ちょっと通ってて、今でも、休学扱いだと思うんですけど」
「ちょっと、待ってね」
先生は席を外し、奥の方へ行ってしまう。サワがそれを呼び止める。
「先生、あれですよ、ここにいるのユウ王子です!留学から帰ってきたんですよ、ほら、面影あるじゃないですか」
先生はまじまじと僕を観察する。すると、記憶の糸を手繰り寄せた先に僕がいたのか、にっこりと笑いかける。
「おぉ、よくぞいらっしゃいました。教職員一同、生徒一同、お帰りをお待ちしておりました。ご立派になられて、我が校 
始まって以来の…」
長くなりかけた話をサワが強制修了させる。
「はーい、感想はそこまで。じゃ、教室、行ってきまーす」
サワが歩き出すのに気付き、置いていかれないように、後を追う。
「ちょ、待ってください」
呆然とする先生。無理もない。突然、休学していたはずの王子が現れたと思ったら、急に話を終わらせられたのだから。



「はーい、ここが、教室。覚えてる?」
「まぁ、ぼんやりとですが」
十五くらいの椅子と机が並ぶ空間を、見渡す。五十人くらいで受けていた魏での授業とはずいぶん違いそうだ。
「ってか、私のこと覚えてる?」
「覚えています」
何年、一緒に過ごしたと思っているのだか。
「私の名前は?」
「カルダラ・シュー・サワ」
「大陸の文字で、サワって書いて」
「爽」
「おぉ~ 、正解」
サワは一人、手を叩く。
「逆に、僕のこと、本当に覚えていたんですね」
「当たり前、お母さん同士仲良いし、ちっちゃい頃から一緒だったじゃん。まぁ、私は、ユウの足引っ張ってばっかだったけど」
 このクニの王都に次ぐ規模を誇る町の町長のご息女であるサワ。母の出身が、その町の前身の村で、サワの両親とは幼馴染み。そんなわけで、同い年であるサワとユウは、小さな頃から、しょっちゅう遊んでいた。だから、サワとサワの御両親は、このクニで唯一、ユウの家族以外でタメ口でユウに話しかけることが出来る。サワとは腐れ縁で警学校も7歳の時に一緒に受けた。ちゃらんぽらんな人に写る瞬間も多々あるが、サワは、心根は素直で真面目。努力を惜しまない性格だ。受験の時には、散々緊張すると言いながら、満点に近い点数を取っていた。
「そうでしたか?」
「そうだよ。後、敬語やめてよ。なんか、壁感じる。昔は、そんなんじゃなかったのに」
何百という喧嘩をしてきたサワに急に敬語はやはり、おかしかったか。
「サワだけだよ、僕に、そんなこと言うの。大体の大人は、王子なんだからちゃんとした言葉遣いをとか言うから」
「それそれ、王子がタメ口ってのが面白いんだよ」
ケラケラと笑うサワ。
「サワの面白いは常人には理解できないな」
ボソッと呟く。
 サワと二人きりの教室に、夏のぷぅーんと熱気をはらんだ風が流れ込んで、目の前のサワの髪が靡いた。サワの長いまつげが互いに重なりあって、ゆっくりと離れる。 この、何年と見ない間に、サワは中身こそあんまり変わった感じはしないが、容姿端麗、羞花閉月、明眸皓歯、どの言葉を当てはめても足りない程の美しい女性になっていた。確かに、幼い頃から、カワイイと評判だったし、御両親も父は眉目秀麗、母は一笑千金と言われる程の美男美女ではあったが、久しぶりにあって懐かしいフィルターでもかかっているのだろうか
「何?なんかついてる?」
「ううん」
「っそ、さ、じゃあ、読んで、その漢文。聞きたいな、魏の長官学校に通った人の朗読」
「サワの方が上手いと思うけどなぁ」
ユウは渋々、書物を手にとって読み始めた。
なんか、懐かしい光景である。小さい頃、体が弱く、ひ弱だったユウに、色んな本を持ってきて読み聞かせごっこをしていたサワ。
「ねぇ」
「うん?」
「このクニに帰ってきて、やっぱり、楽しくない?」
心配そうに覗きこんできたサワ。
「そんなことないよ。確かに、魏もいい国だけど、生まれたクニが嫌いな訳ないよ」
でも、もし、願いが叶うのなら、生まれ変わるのならこのクニの王子は嫌だ。王になれない王子なんて
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