王への道は険しくて

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クウとヒミカ

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「あの、ヒミカさん」
「何?」
クウはグッと奥歯を噛み締める。
「この辺りで、祭りがあるらしくて、その、一緒に行きませんか?」
相手は女王だぞ、それも、私なんかよりも身分の高いかたとの縁談をも平然と断るような人だ。変な噂を立てないためでも、私なんかの誘いにのるわけがないし、ってか、スゲー無礼だし。あー、もう、さっきの言葉、取り消したい!
ちらっと、ヒミカの方を見ると少し眉をハの字にして困っている。
「すみません、変なこと言って」
「いえ、お祭りですか……行っても良いですか?」
思ってもみなかった返答に、驚きのあまり眼球が飛び出るかと思った。
「本当ですか?」
「祭りに行くと言えば、侍女が派手な格好をさせるか、止めるか。行けたとしても、普通に食べ歩いたりは出来ません。だったら、いまは、この普通の格好ですし、こっちの方が、楽しめそうですから」
フフっと笑ったヒミカ。
こうやって笑うと、本当に同い年なんだと思わされる。私としては、女王として堅く振る舞う彼女よりも、こっちの方がずっと似合っているように感じた。
「では、行きますか?ヒミカさん」
「はい、お願いします」



 祭りなんて久しぶりで、この、わいわいと人が活気づいて、あちらこちらから色々な声が聞こえてくるのが、少し不思議にさえ思ってしまう。そして、これだけ、人が居ても、誰も女王が居ることなんて気がつかない。まさか、こんなところに、普通の茶色の貫頭衣を着てここにいるなんて思うはずもない。
「凄いですね」
「はい、去年よりも随分、規模が大きくなっています。色々な出店も出ていて」
「何だか、夢の世界にでも紛れ込んだみたいです。迷子にならないようにしないといけませんね」
「迷子になっても、私が、どうにかして見つけます。ご安心ください」
「まさか、実際には迷子になんかなりませんよ」
秘密屋で、位置把握は必須の技術で、目印のない森の中ですら、行きと帰りで全く同じ道を通ることが出来るくらいの方向感覚がある。
「じゃあ、ここで少しお待ちください」
クウは、ヒミカに制止するように合図を送る。
「分かりました」
キョトンとするヒミカ。
クウは、ヒミカから少し離れて、屋台の肉の串刺しを買いにいった。

「一本?」
「二本ください」
「はいよ」

 手に赤ちゃんの腕くらいはありそうな肉の串刺しを二本持って、こっちにやってくるクウ。
「お待たせしました」
「わ!肉串!」
目を輝かせたヒミカ。鹿肉に、塩をまぶし、菜種油をひいた鉄板で豪快に焼いた逸品。昔、ヒミカの父が、軍の野営で肉串を食べて、すごく美味しかったそうで、よく、家でも振る舞ってくれていた思い出の料理。もちろん、王宮ではこんな食べ物は出てこない。
「これ、一本、どうぞ」
クウは二本のうちの一本をヒミカに差し出した。
「良いんですか?」
笑顔で聞いた、ヒミカに、クウも満面の笑みで答える。
「はい!」
パクッと一口かぶり付き、ちらりとヒミカの方を見る。
「安心してください、毒はありません」
「いただきます」
ヒミカも女王らしからぬ豪快さでかぶり付いた。
「んー!美味しいです!」
「良かったです、お気に召したようで」
「なかなか、こういう料理は、食べることが出来ませんから。あ、そうだ、お代を」
腰で止めた袋から、お金を出そうとするヒミカ。
「あ、お代なら私が払います」
「ですが、私の方が身分は上です。それに、こんな楽しい体験まで」
「私から誘っています。だから、私が」
「でも…」
「あ!では、ずっと、叶わなかった、はじめてお会いしたときのお詫びとして、ここでの飲食代は、私に払わせてください」
コクッと頭を下げたクウ。
「そういえばありましたね」
「そうです、それです!」
「では、お言葉に甘えます」
「任せてください!」
拳をどんどんと胸に当てるクウ。

 肉串を食べながら、色々なことを話す。政治とか経済とか治安とか女王になってから切っても切り離せないものを、完全に切り離せるような会話。

クウさんが小さい頃、小魚が歯につまるからと嫌いだった話。
肉は、鹿がおいしいという話。
髪型が決まらない朝は萎えると言う話。
寝ている間の夢は怖いものばかり覚えているから、損をしていると言う話。


そんな、つまらなくて、どうでもよくて、くだらない、意味もない会話だった。でも、それが、何だか、懐かしかった。そういえば、賛さんと話すときも、こんな会話ばかりで、仕事の会話の方がよっぽど内容は濃いのに、それなのに、なん十倍もこっちの方が楽しかった。

「向こうに、お酒も売っているみたいですがどうしますか?」
「お酒…お酒ですか…」
お酒といえば、薬師の合格祝いの後のことを思い出す。今、思い出しただけでも顔から火を吹きそうなくらいの恥ずかしさが込み上げる。
「あ、あまり、お酒はお飲みにならないんですか」
クウのこの表情、さては、クウは結構、お酒が好きなんだろう。確かに、祭りで振る舞われる酒とはどこか魅力的に見えるんだよな。
「う~ん、好きなんですけど、あまり強くなくて…ほら、帰ってから、「何をしてたんですか?酒臭いですね」とか言われても困るので遠慮します」
「酒臭いって、いつも飲むときは結構、飲んでいるという感じですか?」
「嗜む程度ですよ。飲みすぎは毒ですからね」
咄嗟にそうは言ったが、記憶を辿ると、確かに、飲むときにはかなり飲んでいるかもしれない。タヨにもドン引きされたことあるし。やっぱり、普段は飲んでいない反動かな?

「では、あっちの、ほら、赤い燈籠の隣の、果実水の方にしますか?」
「あ、良いですね!」
果実水の出店に向かうクウの横をチョコチョコッと付いて歩くヒミカ。

派手な看板が出ていたが、メニューは季節果実水のみ。
「おや?」
女王だと気付かれたか?
店主の声にドキッとする二人。
「恋仲さんかな?祭りの喧嘩別れはよう聞く話、兄ちゃん、ちゃんと、手握って、行くところ言う。これ、大事」
「私たち、そんな、恋仲なんかじゃないです。仕事の、ただの・・・上司と部下です」
顔の前で手をヒラヒラさせながら、そう答えたヒミカ。
うん、だいぶん階級は違うけどね。
「と、取りあえず、季節果実水2杯ください」
クウは二杯分きっちりを支払う。
「あいよ」
店主はニヤニヤしながらこちらを見ながら、二杯の果実水を渡した。
「ありがとうございます。 ヒミカさん、こっちに」
クウは、ヒミカを店主から遠ざけるように立ち回る。

果実水を飲むヒミカは、横目に辺りをキョロキョロするクウを見た。私が誰に気づかれることもないように、意識しているのが伝わる。
「クウさん、私、そろそろ戻ります」
「そうですか…」
「今日はありがとうございました。クウさんのお陰で、お祭りにも来れましたし、こんなに楽しかったのは久々です」
ペコッと頭を下げたヒミカ。
「あの、送ります。祭りで、酔っぱらいにでも絡まれると厄介ですよ」
「あなたと二人きりのところを、王宮の者に見つかる方が都合が悪いので、遠慮します。酔っぱらいには気を付けながら帰りますので」
「そうですよね。確かに、あらぬ疑いをかけられては困りますよね。ハハッ」
「クウさんもお気を付けて」
去ろうとするヒミカの背中を追いかけたい衝動に駈られる。何か、ヒミカさんに預けっぱなしにしとけば、いつでもそれを口実に会うことができたのではないか?そんなことを考える。でも、当然ながらそんなものは無くて、王宮へ歩くヒミカさんと私の距離は、どうしたって手が届かないほどに遠いことを痛感させられる。さっきまで、あんなに近くに居て、触れようと思えば触れることが出来たというのに。
伝えれば良かった、「また、一緒に祭りに行きませんか?」あるいは、「明日にでももう一回お会いしたい」と。
そう肩を落としていると、ヒミカが駆け寄ってきた。
「ど、どうされたんですか?」
驚くクウ。
「少し、伝えそびれたことがあって」
今しかない。クウは意を決する。
「私もあります!」
「え?」
「私から先に言わせてください!」
「ど、どうぞ…」
一度深呼吸を挟むクウ。
「また、一緒に祭りに行きませんか?半年後でも、一年後でも、三年後でも、十年後でも、予定が空いていれば。私は、本気ですよ」
フフッと笑ったヒミカ。
「何を言い出すのかと思ったら、では、行けるときがあれば一緒に行きましょう」
クウは、あんまりの動揺の無さというか、ヒミカの自然すぎるOKに、驚きを隠せない。
「そ、それで、ヒミカさんが伝えそびれたことというのは?」
「あー、クウさん、昇進が決まりましたよ。次は、教科書科の副組織長です。それで、昇進おめでとうございます とお伝えしたくて。明日、内示があるんで、また、仕事内容とか変わって大変とは思いますが、変わらず頑張ってください。
では、私はこれで」
昇進…
ヒミカは、ペコッと頭を下げてから、タタッと駆けて帰っていく。
ヒミカがまた祭りに一緒に行ってくれるであろうこと、昇進の話…驚きと嬉しいのが胸の中で大渋滞を起こす。
ヒミカの背中を見送る。辺りの人の雑踏も会話も聞こえない。ただ一人、ヒミカの後ろ姿だけが、クウの瞳にうつる。




    
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