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賛とヒミカ
手紙
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時は流れ、私はいろいろあったが、罪を償って真っ当に生きれる道が開かれた。(気になる方は、王への道~僕とヒミカの成長録~へ)
「タヨ!」
呼び慣れた名前。それをこうやって、日の本で呼べるのはなんと素敵なことだろうか。
過去に犯した罪が消えるわけではない。でも、心からの笑顔で家族の胸に飛び込める。それだけで十分。十分すぎる。
「ヒミカさん、おかえり」
「ただいま」
賛にハグをされて、驚きもつかの間涙が溢れ出す。静かに頬をつたる雫を賛がソッと拭って、ニコッと笑いかける。
「大丈夫。もう、大丈夫」
優しく語りかけるような話し方。しばらく聞いていなかった賛の声。
一生に一度のお願いを使ってでも、タヨが居て、賛さんがいるこの生活を守りたい。
願いが天に届いたのか、平穏な生活が始まった。後ろめたいこともなく、まっすぐ前を向いて仕事と私生活の両輪で進むことができる。
でも、それと同時に現実も迫っていた。
「ヒミカさん、少し話があって」
「話?」
なんだろう。結婚かな。いやいや、それは気が早いって!でも、周りは結婚してる人がほとんどだし。私だって。
「僕、大学、受けようと思ってて」
「大学?」
それは、賛が時々話す場所のことだった。
「それで、受験勉強とかがあって。僕の学力では結構頑張らないといけないんです。だから、こっちに来れる回数が減ってしまうかもしれません」
賛は、人生で初めて堅い意思を持ってやりとげたいと思ったことがある人の締まってキリリとした顔をしていた。私に、止める権利はない。精一杯、応援するだけ。
顔には「来れなくなる」と書かれている。
「え…」
「あの、でも、ホントにできる限りこっちに来ます」
「大丈夫です。賛さんは、その受験勉強頑張ってください!私、応援してます」
「すみません」
「なんで、謝るんですか?やりたいことがあってそれに向かって頑張るってすごく良いことですよ」
「なんか、ちょっと、寂しくて。こうやって、ヒミカさんとタヨさんと会える時間が短くなってしまうことが」
「一緒にいられる時間…」
「こんなことを思っているなんて、僕は情けないけど、ヒミカさんと一緒に居るの、凄く楽しいし、幸せだなって思う。でも、本当にそれが全部で良いのか僕には分からない、きっと、僕が大学を卒業する頃には」
聞きたくなかった。咄嗟に耳を塞いで、賛に背を向けた。
私は、別れの時間が刻々と近づいていることを犇々と感じていた。時間が私たちをあるべき姿に戻そうとしている。元々、一年の予定だったのが、こうやって延びているんだ。賛さんには、賛さんの時間が流れていて、私には私の時間が流れている。きっと、賛さんの17歳と私の17歳は違っていて、未来に見える景色も違う。無理も無視もしていない。ただ、それを受け入れられそうもない。
賛の大学受験の話を聞いた日、私は、手紙をしたためることにした。
そうでもしなければ、ずっとダラダラと長引いてしまうから。それが、賛さんのためになるか自信がない。
慣れない、平仮名とカタカナと漢字を織り混ぜて賛さんが使っている文章を書きたい。そうすれば少しは賛さんと肩を並べて同じ景色を見れる気がした。
白紙の紙を前にして、書きたいことはたくさんのはずなのに筆が重く進まない。でも、もしもこれを書くことができなかったら私は一生後悔をするだろう。いつやってくる別れか分からない中で、唯一、私と賛さんが繋がっていた証しを残さないなんて。ゆっくりと、筆を持ち上げる。穂先をソッと紙においた。
「九条 賛さんへ
この手紙を渡すということは、私たちがそれぞれ別の道を歩み始めたということです。
私は、賛さんと一緒に生活をしてきた間、忘れていた沢山の感情と日々の色彩を取り戻すことができました。賛さんが、私の心を少しずつ暖めてくれたからきっと気が付けた。
私の約20年の人生の中で、賛さんと巡り会えたことは、神様の気まぐれだったとしても、大切な宝物です。生まれて初めて、この人と一緒に一生を生きたいと心から思ったことに嘘はないです。だから、辛いことも多くあったけど、それでも、賛さんを愛したことは大正解でした。賛さんの隣で笑っていることよりも、賛さんが笑ってくれていることが幸せで、今まで心の奥底で感じていた絶望や悲しみさえ太刀打ちが出来ないほどに、賛さんがいる世界というのは、私にとって大切で、特別で、掛け替えのない日々でした。
初めて出会った日のことを覚えていますか。私は、覚えています。迷子の怪我をした仔犬。戸惑いに戸惑いを上塗りしたような表情で、正直、大丈夫かなと心配が絶えませんでした。でも、賛さんは、勇敢で優しい誠実な人で、知れば知るほど魅力的な人だと感じたのも事実です。私の突拍子もない提案に振り回してしまってすみませんでした。
もしも、願いが叶うのなら、次に生まれ変わる時は、賛さんの時代を生きたい。どれだけの月日がかかるか分からないです。でも、必ず会いに行きます。
元々、どこかで別れが来ることも、一生共に生きていくことが叶わないことも、心のどこかで分かっていたのに、苦しくて、辛い。でも、賛さんが賛さんの心が動く方へ舵をきれないことはもっと辛い。賛さんは、自由に羽ばたく翼を持っています。自分を活かせる未来へ進んでほしいです。
私の中に流れる時間と、賛さんの中に流れる時間が一瞬でも交差しているなら、私はそれで十分です。時間が止まってほしいと思ったことは何度もあります。本気で家族になりたいと何度も願いました。でも、今、想うことはただ一つ。
賛さん、今までありがとうございました
ヒミカ」
涙がポロリと落ちた。
「タヨ!」
呼び慣れた名前。それをこうやって、日の本で呼べるのはなんと素敵なことだろうか。
過去に犯した罪が消えるわけではない。でも、心からの笑顔で家族の胸に飛び込める。それだけで十分。十分すぎる。
「ヒミカさん、おかえり」
「ただいま」
賛にハグをされて、驚きもつかの間涙が溢れ出す。静かに頬をつたる雫を賛がソッと拭って、ニコッと笑いかける。
「大丈夫。もう、大丈夫」
優しく語りかけるような話し方。しばらく聞いていなかった賛の声。
一生に一度のお願いを使ってでも、タヨが居て、賛さんがいるこの生活を守りたい。
願いが天に届いたのか、平穏な生活が始まった。後ろめたいこともなく、まっすぐ前を向いて仕事と私生活の両輪で進むことができる。
でも、それと同時に現実も迫っていた。
「ヒミカさん、少し話があって」
「話?」
なんだろう。結婚かな。いやいや、それは気が早いって!でも、周りは結婚してる人がほとんどだし。私だって。
「僕、大学、受けようと思ってて」
「大学?」
それは、賛が時々話す場所のことだった。
「それで、受験勉強とかがあって。僕の学力では結構頑張らないといけないんです。だから、こっちに来れる回数が減ってしまうかもしれません」
賛は、人生で初めて堅い意思を持ってやりとげたいと思ったことがある人の締まってキリリとした顔をしていた。私に、止める権利はない。精一杯、応援するだけ。
顔には「来れなくなる」と書かれている。
「え…」
「あの、でも、ホントにできる限りこっちに来ます」
「大丈夫です。賛さんは、その受験勉強頑張ってください!私、応援してます」
「すみません」
「なんで、謝るんですか?やりたいことがあってそれに向かって頑張るってすごく良いことですよ」
「なんか、ちょっと、寂しくて。こうやって、ヒミカさんとタヨさんと会える時間が短くなってしまうことが」
「一緒にいられる時間…」
「こんなことを思っているなんて、僕は情けないけど、ヒミカさんと一緒に居るの、凄く楽しいし、幸せだなって思う。でも、本当にそれが全部で良いのか僕には分からない、きっと、僕が大学を卒業する頃には」
聞きたくなかった。咄嗟に耳を塞いで、賛に背を向けた。
私は、別れの時間が刻々と近づいていることを犇々と感じていた。時間が私たちをあるべき姿に戻そうとしている。元々、一年の予定だったのが、こうやって延びているんだ。賛さんには、賛さんの時間が流れていて、私には私の時間が流れている。きっと、賛さんの17歳と私の17歳は違っていて、未来に見える景色も違う。無理も無視もしていない。ただ、それを受け入れられそうもない。
賛の大学受験の話を聞いた日、私は、手紙をしたためることにした。
そうでもしなければ、ずっとダラダラと長引いてしまうから。それが、賛さんのためになるか自信がない。
慣れない、平仮名とカタカナと漢字を織り混ぜて賛さんが使っている文章を書きたい。そうすれば少しは賛さんと肩を並べて同じ景色を見れる気がした。
白紙の紙を前にして、書きたいことはたくさんのはずなのに筆が重く進まない。でも、もしもこれを書くことができなかったら私は一生後悔をするだろう。いつやってくる別れか分からない中で、唯一、私と賛さんが繋がっていた証しを残さないなんて。ゆっくりと、筆を持ち上げる。穂先をソッと紙においた。
「九条 賛さんへ
この手紙を渡すということは、私たちがそれぞれ別の道を歩み始めたということです。
私は、賛さんと一緒に生活をしてきた間、忘れていた沢山の感情と日々の色彩を取り戻すことができました。賛さんが、私の心を少しずつ暖めてくれたからきっと気が付けた。
私の約20年の人生の中で、賛さんと巡り会えたことは、神様の気まぐれだったとしても、大切な宝物です。生まれて初めて、この人と一緒に一生を生きたいと心から思ったことに嘘はないです。だから、辛いことも多くあったけど、それでも、賛さんを愛したことは大正解でした。賛さんの隣で笑っていることよりも、賛さんが笑ってくれていることが幸せで、今まで心の奥底で感じていた絶望や悲しみさえ太刀打ちが出来ないほどに、賛さんがいる世界というのは、私にとって大切で、特別で、掛け替えのない日々でした。
初めて出会った日のことを覚えていますか。私は、覚えています。迷子の怪我をした仔犬。戸惑いに戸惑いを上塗りしたような表情で、正直、大丈夫かなと心配が絶えませんでした。でも、賛さんは、勇敢で優しい誠実な人で、知れば知るほど魅力的な人だと感じたのも事実です。私の突拍子もない提案に振り回してしまってすみませんでした。
もしも、願いが叶うのなら、次に生まれ変わる時は、賛さんの時代を生きたい。どれだけの月日がかかるか分からないです。でも、必ず会いに行きます。
元々、どこかで別れが来ることも、一生共に生きていくことが叶わないことも、心のどこかで分かっていたのに、苦しくて、辛い。でも、賛さんが賛さんの心が動く方へ舵をきれないことはもっと辛い。賛さんは、自由に羽ばたく翼を持っています。自分を活かせる未来へ進んでほしいです。
私の中に流れる時間と、賛さんの中に流れる時間が一瞬でも交差しているなら、私はそれで十分です。時間が止まってほしいと思ったことは何度もあります。本気で家族になりたいと何度も願いました。でも、今、想うことはただ一つ。
賛さん、今までありがとうございました
ヒミカ」
涙がポロリと落ちた。
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