王への道は険しくて

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賛とヒミカ

シゴトとカリン

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カリン
まずは、彼女の説明をしよう。
彼女は、ヒュウガのセンパイである。カリンは、シゴト上では凄く頼りになるセンパイなのだが、素性は隠しつつお互いに私的な交流を持つほど仲が良かった。どこで、入手した情報か、私が結婚したこと、そしてその結婚が偽装であることまでバレてしまった。さすがはプロと言ったところか。抜群の弓矢のセンスを見せ、師匠からの信頼もあつい。のほほんとしたオーラからは考えられないシゴト力。


「ヒュウガ、困ったシゴト受けたな」
「だって、師匠にあんなこと言われたら断れないです」
賛を王になる前に、貶める。それが、師匠からの指令。今までに受けたどんなシゴトよりも遥かに難しい。中間選挙までの頑張りを知っているから、簡単に決断できない。
「お金?」
「まぁ、それもあります」
ヒュウガは、カリンにお茶を出す。コトンと音を立てて机に置かれたコップ。ここの、森にあった小さな粗末な小屋は秘密基地感があって気に入っている。
「ふーん、それで?どうするの?ア氏は、ヒュウガの仮でも夫じゃん」
ア氏=賛 である。カリンはいち早くヒュウガの葛藤を見抜いた訳である。
「シゴト優先です。所詮は、互いの利益の為に結婚したまでで、相手に何か特別な思いがあるわけでもありませんし」
カリンは一拍置いて、ヒュウガに尋ねた。
「ア氏ってどんな人?」
ヒュウガは少し考える。
「優しくて、真面目な人です。私の話を親身に聞いてくれます」
「そっか」
訳あり気に、ニヤッと含みを持った笑いをした。
「え~、なんだかんだ好きなんだ」
「ちょっと、なんで、そんなことになるんですか?」
「見てたら分かるよ。だって、ヒュウガ、ア氏と知り合ってから明るくなって、真っ先にア氏の良いところを答えるなんて」
「好きなんてことはないです!」
ヒュウガは思わず大きな声を出してしまった自分に驚いた。
「自信を持って?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「辛いなぁ、わざわざ茨道?ヒュウガはどこまで知っているか分からないけど、師匠は本気で命を奪うような冷血漢だ」
「心配はいりません。赤の他人に情を抱きシゴトを疎かにするほど私は情けなくないですから」
ヒュウガは、お茶を口に含んだ。カリンは、ヒュウガの手をじっくりと観察するみたいに眺めた。ヒュウガの手の血管はいつもよりも薄く、爪の血色が悪い。これは、典型的な血の巡りがよくない証。緊張や不安があると一時的にそうなる。ヒュウガなりの頑張り…
「嘘吐かなくても、良いんだよ。私たちのシゴトは時に酷く残酷な結末をまねきえる。今は、仮に好きでなかったとしても、それなりの情愛を持って接しているんだろう?いつまでも、そうやって、なぁなぁで誤魔化しながら都合よく気持ちを変えていくには限界がある。ア氏のことを本心はどう思っているのか自分に、よく聞いてみて。ヒュウガなりの正しい答えを見つけて。今なら、まだ引き返せる」
ヒュウガは黙りこくる。そして、何か忘れ物を思い出したかのように声を発した。

「どうして、胸が苦しいんでしょう」

私がシゴトを完遂させて、そこにある世界は美しく見えるのだろうか。賛を欠いた世界。賛を裏切った後の世界。
「ヒュウガの気持ちがヒュウガを通り越して出てこようとしているからだよ。いくら、私情を持ち込むまいとしたとしても、所詮、ヒュウガの頭も体も一つしかこの世に存在してないんだから」
カリンは、視線を下に向けたヒミカにお菓子を出した。
「ア氏は、私の夫で、私は夫のことを本心では応援したいんです。でも、喉に蓋がされたみたいに声を出せなくて、」
ヒュウガは言葉が詰まった。カリンはじっとヒュウガの次の言葉を待つ。
「シゴトはシゴトで、私は私で、ア氏に想いたいことが変わって、ア氏の支えになるようなことは何も出来なくて、裏切るのが怖くて、何回も訓練も実践も積んだのに向き合えなくて、努力を見てたから辛くて、良いところを知っているから正しいことが分からなくなる」
ヒュウガは、手で顔を覆って涙を流す。いろんな考えや感情が渦巻いて、混沌とした頭を整理しようにも整理のしようがないほどに荒れている。
カリンは、ヒュウガの肩をさすった。
「私は、どんな決断でもヒュウガの意見を尊重するよ。一人で、抱え込まないで、シゴトには私が居て、一歩外の世界には、本職の人や家族が居て、私たちは普通の人なのだから。ヒュウガはヒュウガの心が動く正しい道を、正解にして進んでいけばいい」
カリンは、ヒュウガが落ち着くまで、側に居てくれる。孤独なシゴトの仲間として、カリンと出会えて良かった。誰にも打ち明けられない深い悩みを話してしまう。良くないのは分かっている。プロのシゴトを、迷ってはいけない。そんなこと分かっている。でも、どうして、よりによって賛さんなの?シゴトが辛いと思えたのは今回が初めてだった。このシゴトは本当に人のためになっているのだろうか。カリンが言うように、私は誰でもないヒミカとして生きていて、一方でヒュウガとしての人格があって。整理の追い付かない頭で作られた感情にはヒュウガとヒミカが混在して、賛に対してどう思っているのか、自分で分かるのに、分からなくなる。
「ヒュウガがア氏を特別に思うように、私がヒュウガを思うように、人は誰しもが、支えになってほしい人のことを応援してみたくなるもの。それは、人の心の仕組みで罪じゃない」
「カリンセンパイは、そういう経験があるんですか?」
「ある」
「どうしましたか?」
「標的に身分を明かして、素直になって話したら、驚いてたけど、師匠の思惑なんかをうまいこと外してくれた。その人が今の夫になるんだけど。このシゴトはなかった呈で家では過ごしている」
「そう、ですか」
「ヒュウガはまだ若い。シゴトは誤りがあるまでは無いことにできる」
カリンは、グッとお茶を飲み干すと姿をくらませた。

ヒュウガの人格を仕舞って、ヒミカとして生きることが出来れば、もっと楽なのかな…
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