王への道は険しくて

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賛とヒミカ

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賛さんは、本当に凄い人だと思う。
私が戦争で両親を失ったと告白して、きっと引かれてしまうと思っていた。不吉な存在だと思われてしまうのではないかと思った。今では薄れたが、戦後まもなくはそういう見方をしてくる輩が居なかったわけではない。上辺だけ同情をしただけで、何も起きないと思った。何も変わりはしないと。
 でも、違った。
そっと、ハンカチを手渡されて、真っ直ぐと真剣な眼差しを向けられた。煙に撒くように見ないフリをする人だって多いのに。賛さんに、背負う必要のないものまで、背負わせてしまったんじゃないだろうか。そう感じて、目の前の賛に視線を向ける。彼は、手を差しのべて、「何も、一人で抱え込もうとしなくても良いんですよ」と語りかけるような雰囲気だった。
 賛の一言一言は、今までかけられた言葉の類いとはどこか少し違っていた。「可哀想」そんな生ぬるいものではない、生きた禍々しい渦巻いた感情に一筋の希望を見せるようなそんな感じだった。
 賛の声で紡がれた言葉で、「戦争のない平和な世界を築きたい」と。同じ想いを心に宿した人が、目の前に居て、その彼は今までに出会った誰よりも、不思議な説明のしようがないような自信をくれる。

「僕は完全にヒミカさんの気持ちを理解できるなんて思いません。それに、きっと頼りなくて、優れた考えを出すこともできない。でも、ヒミカさんが辛く思ったときには、少しでも力になりたいんです。隣に居て痛みを分けあって、それだけで、楽になることもあるはずです」
賛はいつだってそうだ。誰か、偉い人が言ったこととは少し違う。理路整然としていながら、人間臭さのある素直な優しい言葉を選びながら、私に話す。だから、辛いときに、彼になら辛いと言える気がした。こんな人に出会えるなんて思っていなかった。

 ハンカチで涙を拭った。ハンカチからは、ほんのりと香る爽やかな石鹸の香り。賛の香りだ。
「洗って返します」
「ヒミカさんが持っていてください。僕がそうしたいんです。話してくれてありがとうございます」
賛は私に小さくお辞儀した。
いつの間に、賛の優しさに信頼を寄せていたのだろう。自分の弱味みたいなものを、人に出して、その反応を見て一層に話して良かったなんて思えてしまうなんて。
賛さんは、私にはないものを持って、違う景色を見て、歩き出している。
両親を失ったことを忘れる訳ではないけれど、私の前にも進むべき印は誰かが残してている。いつまでも過去に捕らわれてそこから動き出せないでいるわけにはいかない。
 話すことは心を解くようなことであると、昔の誰かから聞いたことがあった。賛に話してなんとなくその意味が分かったような気がした。
 歩いていくのは自分の足であったとしても、移り行く景色に賛の言葉が入って、歩く意味みたいなものを少し掴んだような気がした。
    
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