王への道は険しくて

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賛とヒミカ

タヨ

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 私の人生で一番の大きな意味を持っている宝物は、父と母がくれた幸せ。タヨを残してくれたことだ。
「姉上、」
「どうしたの?」
「遊びに行こうよ!」
「忙しいから無理、また今度ね」
「えぇ、今日が良かった!」
ムスッとしたタヨを、カンの元へと送り届ける。ここで、農作業のお手伝いをしているのだ。
「ごめん、カンの所に行ったら友達いっぱいいるんでしょ。だから、ね」

こうやって、元気に過ごせていることも奇跡みたいだ。この時代、5歳になることが出来るのは、僅かに25%  それも、乳児の時に親が亡くなっているという条件を足せばもっと低くなる。タヨを一番側で、育ててきたのはヒミカだからそれは一番分かる。


夕方になってもタヨが帰ってこない。カンに居場所を訪ねても、帰ったと言う。
「あたしも、探す!」
焦り、一種のパニックになっているヒミカをカンは一度落ち着かせる。
「タヨのことだし、きっと大丈夫」
そう言って言い聞かせるが、内心穏やかではない。

タヨに何かあったらどうしよう。大怪我をしていたらどうしよう。倒れていたらどうしよう。もう、タヨの笑顔を見れなかったらどうしよう。
良くない想像が頭を支配する。グッと下唇を噛んだ。
「大丈夫、大丈夫」
不安は伝染する。姉である私が、タヨを信じられなくてどうする。

「ヒミカさん、お邪魔します、今日は僕が」
賛の言葉なんて耳に入らなかった。頭の中で巡るはタヨのことだけで。
「ヒミカさん、どうしたんですか?」
そこで、家のなかに賛が入って居たことに気がついた。その顔を見ると、つい堪えていた不安からくる涙が止まらなくて、賛は酷く困惑して、でも、説明も丁寧にできないくらい取り乱して。
「タヨが行方不明」
そう伝えると、賛は血相を変える。
「僕も探します。それで、必ず見つかりますよ」
タヨが居なかったら私は。まだ、行方不明になってからそんなに時間は経っていないはず。だったら、きっと見つかる。いや、見つけてあげるから、どうか、無事で居て。

「タヨー!」
たくさんの人に声をかけながら、一生懸命に探す。でも、探せど探せどタヨに近づいている感じはしないで、でも、考えないために、田んぼに分け入って、手足を泥に沈めながらでも探す手を止められない。ほんの少しでも、手を止めれば、心配で心配が鳴りやまない。
 
賛がヒミカに言った。
「ヒミカさん、タヨさんは家に戻ってくるかもしれません。だから、ヒミカさん、一度家に戻ってください。帰ってきた家に誰も居ないのは寂しいですから」
ヒミカは自身の手を見ると、痛々しい傷まみれで、出血もしていた。でも、痛みは感じないで、ただ、タヨを見つけたいという思うばかり募る。
「私も、探します。タヨは、私の弟なんです」

たとえ、この手がどんな姿になったとしてもタヨを探す。タヨは、父と母が私に残した宝物なのだから。今までの人生で片時もタヨを疎かにしたことはない。なのに、カンの元から帰ってくる道のりでどうして、居なくなっちゃったんだよ!
日は傾いて、夜を引き連れてやってくるお月さまが東の空から見えてきていた。
爪と肉の間には無数の石や泥なんかが詰まって、手も足もズンと痛む。


賛は、山の方へと捜索範囲を移した。
ヒミカは少し時間をずらして、賛の後を追った。なぜだか、分からないがそっちにタヨがいるような気がしたのだ。名前を呼ばれたような気がして、居ても経っても居られなくなった。

 何か、大きな荷物が落ちるような音がして、そっちの方へ向かう。岩の隙間から抜ける風は湿気をはらみ嫌な雰囲気だった。木々の間をすり抜けて、走っていく。少しでも、希望がある方へと急ぐ。タヨを助けるために。

山の一つ崖のようになった所に、タヨが立っていた。
「タヨ!」
ヒミカはタヨを抱き寄せた。
「良かった、無事で」
タヨは、ヒミカの顔を見ると号泣し始めた。
「姉上、怖かったぁ」
「もう、大丈夫だから、大丈夫」
そう言って、タヨの頬についた泥を手拭いで拭った。
「姉上、手」
「大した傷じゃない」
「賛さんが、落ちた」
タヨの言葉で、ギョッとして崖の下を見ると、賛の姿があった。バンと打ち付けられたのか、立ち上がれないようだった。意識がはっきりしているのかも怪しい。


ヒミカはタヨの手を引いて、少しの遠回りをして安全なルートで賛の元まで行って、賛をおぶる。力が抜けた人をおぶるというのは並大抵のことではない。でも、タヨを助けるためにこうまでなってしまった人を、助けない選択肢はない。

 診療所に着くと、賛の意識がないと言われた。どうして、こんなにも世の中は残酷なのだろうか。タヨが無事だと安堵したら、次は賛さんが危機なんて。
ヒミカは賛の手に自分の手を重ねた。ゆっくりと、握る。
苦しそうにもしないで、ただ寝ているような賛の名前を呼んでみるが、返事はしない。
「タヨ、何があったの?」
タヨは目線をしたに向けて、ポツリと声に出した。
「山賊に誘拐された」
何かが自分の中で切れる音がした。
山賊を強く憎む気持ちが止めどなく溢れだして、復讐でも何でもしてやりたい。きれい事を並べても、薄まらないこの感情をどうすればいいのか分からない。自分のことならいざ知らず、タヨに手を出したことは許せない行為だ。タヨを生きて取り返せたから良かったが、もしも、今、ここにタヨが居なかったとしたら、何をしていたか分からない。タヨは命に換えてでも守りたい対象なのだ。

賛がゆっくりと目を開けた。
「あ、目を覚ましたんですね!良かった」
「タヨは?何で、ここに居るんですか?タヨさんは?ここにいないならどうして、ヒミカさんがここに?俺の義弟はどこに?」
賛は、慌てて診療所を出ていこうとする。あまりの、騒ぎぶりに診療所のスタッフは皆、驚くが、タヨの顔を見て一つ落ち着いた賛は、冷静さを取り戻した。
タヨをこんなにも心から心配してくれている人が身近にいて良かった。そんな風に、思った。一人で育てているんじゃないんだと。
タヨを失った私がどれだけ悲しむか、怒るか、茫然としてしまうのか、きっと説明のしようはない。タヨは孤独だった私が生きた意味であり証だ。もしも、命に順位があるなら、きっと1位がタヨだろう。タヨを取り返すためならいかなることも辞さない。
「タヨさんが無事で良かったです」
そう言って、タヨを抱き寄せた賛は柔らかな笑顔だった。

帰り道、賛はタヨと二人で肩を並べて、今までとは違うタヨの笑顔に賛は少し戸惑っているようだったが、やがて、私のことも手招きで呼んだ。
多分、世間一般に幸せとはこういうことを指すんじゃないかと思った。この人たちに囲まれている生活は、大切で守りたいと。タヨがいて賛さんがいて、私がいる。居場所のある暮らしを誰よりも望んでいた。二人を失うことへの恐怖が、二人がいかに大切な存在であるかを心に深く刻み込む。
「だれ一人欠けていないことがこんなに幸せなんですね」



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