王への道は険しくて

N

文字の大きさ
上 下
9 / 38
カイキと陽

気持ち

しおりを挟む
カイは死ななかった。陽の願いが通じたのだろうか。気絶後火を放つまでの間に、誘拐されて、今、王宮に閉じ込められている。
「カイキ、お前にはがっかりした」
「期待してなど頼んだ記憶はない」
「くそ生意気になりやがって、向こうで悪いことを吹き込まれたに違いない」
罰を与えられている。まだ、気を抜けば意識が飛びそうなくらいボーッとしているのに、お構いなしで鞭で打たれる。手足には余すところなく切り傷。痛いなんて感覚が追い付かない程のぶたれよう。髪の毛を捕まれ頭をグワングワン揺さぶられる。頭からは流血しているというのに。
「た、助けて、母上」
朦朧とした意識の中で助けを求めたのは、幼少の頃ずっと味方でいてくれた母。
「助けをこうでない。妾の子ではないお前を助けるつもりはない。お前の面倒を見ることになってすぐにこれだ。お前の実母も所詮は愚側室であったな」
冷たくあしらわれた。
「は?」
「あ、そうか、お前の実母なら亡くなっている」
見下すような嫌な笑みだった。痛いなんてどうでもいい、ただ、母上に助けてほしいと思った。亡くなっている?冗談だろ。そう思えど、冗談ではなかった。


 地獄の拷問が終わると、監禁生活が始まった。外側から鍵をかけられた、自室に戻ると、山のように積まれた書物。それを書き写すないと、行けなかった。当然のように手と筆はぐるぐる巻きにされて絶対に取れない。
 多分、こんな生活の中で気を確かに保つことが出来たのは、陽に謝りたい。という強い意志があったからだ。でも、心のどこかでは忘れてしまいたいとも思っていた。陽との生活を思い出すと今の生活が辛くなってしまうから。

「カイキ王子、娘との結婚は」
大臣の娘や近隣国の王女、しきりに縁談話はやってくる。誰に申し込まれたところで頷くことはない。ずっと陽の存在が心を包んで離さない。

  陽からは頻繁に手紙が王宮へ送られてきていた。「遺体を回収させてほしい、行方不明の人を探したい」そんな内容だったそうだ。直接、それがカイキの手に触れることはなかった。

カイキが唯一外部との接点としているのは老いぼれた優しい先生。
「王子、ため息ばかりつかれてよろしくない。国家を担うものとして、前を向き明るい未来を」
カイキはグッと下唇を噛む。その、未来を奪ったのは誰なんだ。そう、問いただしたくなる。
「このクニでは、明るい未来はないだろう、この王家が権力を握り続ける限り。私は、即位するつもりはない。民主的に王を決めるべきなのだ。民衆の意見を取り入れてこそクニは成長できる」
そんなことを言えばまた、父に叩かれる。そんなことが脳裏をよぎるが、目の前の老教師はにんまりと微笑んだ。
「王子はご聡明ですな」
老教師はそう言うと、頭を下げて授業を終えた。思っていなかった反応に少し、ぎこちないお辞儀になる。
「あ、そうだ、王子に渡そうと思うものがあったのです」
そう言うと、老教師は手紙の束を差し出した。
「これは、一体?」
「北東村の陽という方からのお手紙でございます。これは、一つ手紙を届けた者より聞いた話なのですが、陽という女性は翡翠に金の装飾があしらわれた耳飾りをされていたそうです」
翡翠に金の装飾の耳飾りは王子の身分を象徴するものであった。象徴といっても、普段はつけないので、一般人であれば綺麗な耳飾り止まりの代物である。そして、この手紙をわざわざ王子に届けるということは、老教師には、陽との関係がばれてしまったのかもしれない。
「気持ちに嘘をつくのはお辛いでしょう、王子」
その言葉に涙が溢れた。忘れようと逢いたいと矛盾した感情が渦巻く縛られた心が少し軽くなって。老教師は、今度こそ本当に部屋を去った。
カイキは、手紙をそっと握った。そして、陽の手を握るかのごとく優しく、指でなぞりながらそれを読みはじめた。
「綺麗な字だ」
『倭国王宮様
私は北東村の陽と申します。家族や友人の中には、未だ行方不明の者が多くいます。捜索には行けないでしょうか。毎晩、寝床からのすすり泣く声が村を包みます。せめて、墓を立て、きちんと別れた人に向かい合いたいのです。難しいことであることは存じておりますが、このままでは救われた者も救われません。愛しい存在を突然に失った悲しみを乗り越えるために、私たちにとって遺体の回収や行方不明者の捜索は大きな意味を持っています。』
大衆文字で、王朝特有の堅苦しい漢文とは一線を画す手紙。でもそこには切実なことが書かれていた。読んでいて胸が苦しい。戦争が始まった原因となったのはきっと、カイキだから。

「あれ?もう一枚ある?」
最後の封筒には、2枚の手紙が入っていた。
『カイ
 私、カイと過ごした時間は人生で一番楽しかったし、幸せだった。ありがとう。
 もし、願いが叶って、この手紙を読んでくれたら、伝えたいことは決めていたはずなのに、カイのことを考えるとどの言葉も私の感情を伝えるには相応しくない。
ずっとまた会える日を数えて、カイの仕草や声を思い出して、一生一緒に生きていく約束を勝手に破ったことも、忘れてないんだから。カイが私の人生と感情を豊かにしてくれたから、失うと空気がなくなったみたいに苦しい。不安もわがままも言い合って、励まし合って、笑いあって、手を繋いで、そんな日が来てほしい。カイが隣に居て、心から幸せだと言える日が来てほしい。巡り会うまでにいくつも障害があったとして、辛くても、時間をどれだけかけようとも、私はカイの妻であると名乗り続ける覚悟ならできてるから。
   陽』
カイキは、手紙を読みながら涙を流す。二回続けて読んでから、封筒に戻した。涙が止まらない。逢いたいと思う資格も無いと思っていたのに、こんな手紙を読んでそのままでなんて無理だ。辛い、と陽に吐き出して、どこか遠くで暮らしたい。陽がどういう意図でこの手紙を差し込んだのかは分からない。でも、陽の想いなら痛いほど伝わっている。
 カイキは紙に向かって、筆を握る。誰かの指図じゃない、自分の意思で書き連ねたい言葉が溢れ出す。
『陽
私は生きて、王宮にいます。偽りで固めた私のことなど忘れてください。』
陽は私のことを思っていて幸せになれるのだろうか。そう考えると、忘れられてしまうのがよく思える。辛いし苦しいけど、陽が悲しむのを感じることはもっと辛いんだ。
『私の名前は、カイキで、倭国の王子で、旅商人ではありません。ずっと、貴女の優しさに甘えて、貴女の大切な時間を奪ってしまいました。』
筆が思うように進まない。陽のことを考えるほど書こうとする内容と反対のことばかり思い浮かぶ。
『私の生きる意味を作ってくれてありがとう。貴女が作ってくれた貴女のいる景色は、この世界中の花を集めたものすら霞む程に、尊く美しいと思う心は本当だった。どんな言葉で、どんな世界で、貴女と幸せになれるか考えてとても楽しかった。貴女に出会える人生で良かった。
 でも、貴女には貴女の人生が広がって、私には私の人生が広がっている。もう、肩を並べて同じ道を歩んでいくことは出来ない。違う道を歩んでいく。別の景色を見て、違う人たちと関わって年をとる。限られた時間の中で、軌跡を描く私たちの人生が交わる点は終わった。思い出はなかったことにして、出会う前に時間を戻して、それぞれの人生を生きよう。私の妻であってくれてありがとう。これからも妻であろうとしてくれてありがとう。でも、それは、辛すぎる。別れよう。
カイ』
文章を読み直して、陽を想い描いて、孤独な鍵がかけられた部屋にはカイキの寂しい泣き声が響いた。
神様、どうか陽を幸せにしてください。


 王選で、北東村は賛さまサイドにつくという情報がカイキのもとへ回ってきた。この監禁状態が解かれ、自由になるチャンス到来!お手紙は、彼らに託そう。きっと、北東村へはこれからも何度か訪れるだろう。私は行けない北東村にこの想いを届けてほしい。

と、思い、二人に渡してみるものの、あっさりと断られてしまった。
しおりを挟む

処理中です...