王への道は険しくて

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カイキと陽

カイキがカイになった日

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 世の中には好きな人に嘘をつくことが苦しくないのかと、無責任に問い詰めてくる輩がいる。答えよう、嘘は互いを傷つけないための盾なのだと。その盾が重くても幸せを守りたい想いに嘘はないと。

陽と結婚する約束をしたときに、私は誓った。カイキは自分の中で死んだのだと。カイキとして存在する限りクニに居場所はない。常に、政治の火種であり続け、邪魔者扱いを受ける。例え、血が繋がった両親であっても王子という人形が求めているのであって、カイキである必要はない。だから、大陸に送り、自分の都合で勝手に呼び戻し、生活をめちゃくちゃにしても何も思わないのだ。だったら、必要としてくれる大事な人が認めてくれる居場所に生きる別人をしていた方が良い。カイキでない別の人として。

「カイ」
「何?」
「何でもない、ちょっと呼んでみただけ。カイっていい名前だから」
「そう?陽もいい名前だよね」
この幸せを守る盾の嘘は悪いだろうか?



数日の間に、二人が婚約したことは村中に知れ渡った。
「マジで結婚すんの?」
「うん、カイと」
「すげー、おめでと!」
「ありがとう」
村中の人たちから、祝福を受ける。中には、二人のこれからについて心配している人も居ないではない。きっと、この集落の近さゆえだろう。
「旅商人なんて大丈夫かしら?向こうのご両親には報告はされたの?」
「カイはご両親とは幼くして離ればなれで今はどこに住んでいるのか分からないと」
「大変ねぇ」
「でも、カイは優しいし良い人だから、きっと、ご両親も分かってくれる方だと思う」
「そう?でも、子供ができたりしたら、あなたたちだけの問題じゃないのよ。一度、よく聞いてみなさいよ」


「ただいま」
「おかえり」
陽がカイを出迎える。
慣れない。家に帰るとこんなに笑顔で出迎えてくれる人がいるなんて。こんなに幸せすぎて良いのか不安になる。
「今日、ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「ごはん食べてからでいいや」
「そう?」
二人は、お頭が所有する別邸に二人暮らしをしている。
食べ終わると、陽は真剣そうな顔をして、カイに尋ねる。

「カイのご両親に会ってみたい」
絶対に会わせたくない。会いたくない。
「どこに住んでいるのかも分からないし、会えないよ。でも、私たちの婚約については、きっと、おめでとうって言ってくれると思う」
カイは笑顔を繕った。
「小さい頃、どこに居たの?」
「色んな集落を巡ってたから出身はない。でも、少しの間、大陸に行ってた。一番、印象的だったし記憶にも残ってるからそこかな」
「カイは、他の集落で付き合っていたことはある?」
「ないない、陽が初めて。本当だよ。初対面の人と話すのが苦手だから、仲良くなる前に去ることになってた」
どうしたんだろう?私の過去についてそこまで興味があるのか?
「どうして、そんなことを聞くの?」
「カイがどんな人なのかもっと知りたくて、家族になるんだもん。ごめん、話したくなかったらいいの」
「話したくない訳じゃないんだけど、あんまり過去について聞かれたことが無かったから」
「じゃぁ、最後の質問してもいい?」
「最後じゃなくてもいいよ」
カイは、水を一口飲む。

「私と婚約したこと後悔してない?」
真面目な声色に、思わず立ち上がってしまった。
「してないし、一生しない!」
「そっか、なら良かった!カイはずっと冷静で、あんまり嬉しくないのかなってちょっと不安だったの。なんか、浮き足たってるのが自分だけみたいで」
「ごめん、不安にさせちゃって。本当に嬉しいし、幸せだよ。あんまり、感情を表に出すのが得意じゃなくて、これでも史上一番盛り上がってるんだけ
ど」
「カイのそういうところも折り込み済みなのに、私ってば」
「陽の何でも素直に思ったように表現できるの可愛い。一緒にいて楽しい」
確かに、陽と婚約してから親のこととか身分のこととかちょっと考えている時間が長かったかもしれない。これからは、二人で生きるはずなのに。
「もう、急に言わないでよ。はずいじゃん」
「だって本当なんだもん」
カイは恥ずかしがる陽を前に笑った。
「今まで、何回か定期船が来て、しつこく言い寄られたり、強引にくっつけさせられそうになったことはあるんだけど、自分の意思を持って好きになったのカイが初めて」
「そうだったんだ」
「うん、だから、カイにハッキリ言って欲しかった。もっと近付きたいって、朝起きたり、夜眠る前、考えるけどやっぱり、昔のことがトラウマで。カイが怖い訳じゃないんだけど。まだ、散歩しながら手すら握ったことがないし、こんな私と居ても疲れるんじゃないかなって、思いたくないけど、思っちゃうし」
珍しく元気ない。
二日目の晩に、私の方にあえて近づいて寝てきたのは、陽なりの克服方法だったのかな。近付いてみて、どうなるか、試したかったのかな。確かに、言われてみれば行動は大胆だがいざとなるとまだハグで止まっている。
「じゃぁ、私たちは私たちの時間をかけてゆっくり進んだら良いんだよ。私も、そういうのは馴れていないし。ほら、手を出してごらん」
陽はカイに手を出した。カイは陽の手のひらに指で「開」と漢字で書いた。
「何それ?」
「離れていても一緒の印。これだったら、離れていても手を繋いでいるみたいでしょ?陽の嫌がることをするような人からは私が守るってこと」
陽の顔を見て、ホッとした。「どーいうことよ、私もやりたい」と言って笑っている。カイの手のひらには「陽」と書かれた。見えない文字を見て笑いあった。
「多分、こういうところだなー」
「うん?何が?」
「どうせ同じ手法で他の村の女の子も落としたんでしょ」
小悪魔っぽい笑い方。それに、真剣な表情で答える。
「ううん、正真正銘、陽が初めてだから。その、好きになったの」
陽はみるみる顔を真っ赤にした。相変わらず分かりやすい。耳の先まで真っ赤になって停止した陽。
 カイは、そんな陽をお姫様抱っこして、寝室まで運んだ。腕におさまる陽は超かわいい。案外重たいけど。
「ねぇ」
「うん?位置悪い?」
そっと下ろそうとしたときだった。ニューッと陽の顔が近づく。吐息がかかりそうな距離にある陽の艶やかな色の瞳。魅力に吸い込まれるのに時間はかからなかった。甘い陽の香りが自分から香る。そっと目を瞑っているのに、瞼の裏側にまで陽が入ってきて、優しい言葉を投げ掛ける。そんな感じだった。
「カイ、ありがとう」
恥ずかしくて、目を会わせられない。世の中の人はどうやって、口付け後を過ごすのだろう?
「大丈夫だった?」
「うん、だってカイだもん」
カイ 何度も陽に呼ばれてその名前の重みが確実に増している。



半年後
「先生、見てみて、雪だるま」
手のひらサイズの雪だるま。それを生徒たちと作る。
「上手、先生の雪だるまより可愛いね。雪だるまを長く持たせるためには、雪だるまに簑を着せたらいいんだけど、皆、簑を作ったことはある?」
「なーい」
「じゃぁ、今日は雪だるまさんの簑を作ろうか。その前に、どうして簑を着ると雪だるまが溶けにくくなるか考えてみよう!」
子供たちは、積極的に友達と話して考える。カイの方針だ。暗唱より思考が大事。
「また、変な授業をやってるなぁ」
爺さんがカイに近づいてそう言う。
「アハハ、変じゃないですよ、季節を感じ、何故を追及し、最後は制作。勉強は繋げることが大事なんですよ。計算が苦手な子でもそれが橋を作るときに役立つと知れば興味を持つといった具合に。机で勉強するだけが授業ではないですから」
カイの方針を勉強させていないと非難する声が無いというわけではないが、好評ではあった。
陽は陽で、普通に土器工房で働いている。

「じゃぁ、明日から簑作りやってみよっか。皆、なかなかいい推理だったよ。今日はお疲れ様、さようなら」
「先生、さようなら」
子供たちはバーッと教室から出ていく。
 空になった教室は割りと好きだ。落ち着く。多分、人生の割合でこの教室という空間にはすごく長いこといたからだ。

「カイ先生」
声がして、外を見ると薪を背負った星。
「何かな?」
「星です。おねーちゃんにお使い頼まれて」
薪をそりに乗せて引いている分もあるみたいだ。雪がうっすらと積もっている。
「そっか、大変だね」
「手伝って、おねーちゃんからのお使いってことはカイ先生も使うものでしょ」
「確かに」
まだ、仕事、残ってるんだけどなぁ。
仕方がないというか、カイは一度残った仕事を切り上げて、星と家まで帰った。
「おじゃまします。中に入っても?」
「家の中に入れといて欲しいな」
クンクンとする星。
「うわ、すげー、おねーちゃんの匂い。家と全然違う」
それが面白いのか、星は他の部屋も見てみたいと言う。カイは案内することにした。

「うわ、ここも、おねーちゃんの匂い。なんか、懐かしい」
普段過ごしいると、家自体に陽の香りがしているとはあんまり感じないんだけどな?
「そ、そう?」
「カイ先生、おねーちゃんと仲良いでしょ」
「まぁね」
「なんか、おねーちゃん、俺にお使い頼んだとき、幸せそうだったんだよな。この薪をくべて一緒に居るの楽しみなんだろなって」
この薪は多分、風呂用だな。大きさ的に。
「そうなのかな?」
「そうだよ。おねーちゃん、幸せにできるのカイ先生だけだわ。頼んだぜ」
「うん、任せて」
弟にそう言われるのは嬉しい。ただ、生徒にそう言われていると思うと恥ずかしい。

その晩
「って、ことがあって」
「ありがとね、星のお手伝い」
「私も使うものだし、それはいいんだけど、星くん相変わらず元気だね」
「うん、ほんと子供だよね。雪でもお構いなしに走って遊んでるのも見たし」
陽の家族とも関係は良好。仕事もそれなり。陽との仲も良好。そして、今日も陽は可愛らしい。その華奢な体に、可憐な仕草。深い青を混ぜたような瞳に、小さな口。それで、明るく快活で料理は最高。
「あ、そうそう、言おうと思ってたんだけど、そろそろ、祝言挙げない?」
「あぁ、良いね。同棲にも馴れてきたし、村の人たちも知ってるし、なにか区切りをつけて本当の夫婦になりたい」
「決まりだね、カイ」
ニコッと音がしそうな笑顔。
「そうだね」
順風満帆な生活に身を置いて、次第にカイキの存在はカイの中で薄くなっていった。



後日
陽の家で祝言をあげることになった。お頭の娘ということも参列者は部屋に収まらない。
「いやぁ、あの陽ちゃんが結婚かぁ。幸せにしてくれよカイ先生!陽ちゃんはワシの姪の子供なんだ」
なんだ?式が始まる前からお酒飲んでる?
「はい、幸せな家庭を一緒につくります」
「陽がこんな小さい頃から知ってるんだ。あの子を頼んだぜ」
頭をワサワサと触られる。
「はい」
色んな人に話しかけられる。主に男の人から。ちらっと、陽の方を見ると、陽は陽で女友達や女性の親戚なんかに囲まれて微笑んでいる。

いよいよ式が始まる。あんなに騒がしかった会場は静まり返る。
「緊張してる?」
「うん、緊張するよ。陽は?」
「大丈夫、だって、カイが隣にいるんだもん」
グッと拳に力を込めた。キリッと表情を引き締める。

「カイは生涯にわたり陽と手を取り合い生きていくことを誓いますか?」
「はい」
まっすぐ前を見て、ハッキリと答えた。
「陽は生涯にわたりカイと苦楽を乗り越えていくことを誓いますか?」
「はい」
少し笑顔を浮かべながら、小さく頷く。
お頭の言葉はズンと胸の奥に響く。

「ここに、カイと陽の婚姻を認める」
そうだ、私は陽の夫のカイになったんだ。
ドッと拍手が巻き起こった。
「口付けくらいしろー!」
「そーだ!」
男の悪ノリみたいな声がする。
カイは、立ち上がり陽へ手を差しだし、そのまま陽をお姫様抱っこをした。
そして、陽の耳元で囁いた。
「一生一緒に居てください」
「はい」
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