王への道は険しくて

N

文字の大きさ
上 下
5 / 38
カイキと陽

陽との出会い

しおりを挟む
陽が持ってきたのは、魚の身をほぐして混ぜこんだお粥。カイキはそれを受け取って、息を吹き掛けながら食べる。熱々で舌を火傷しそうになるが、口を開けて温度を調節する。多分、王宮のどんな料理よりも美味しく、旨味があふれでる。陽はあっという間にカイキの胃袋を掴んでしまった。

 翌日になるとすっかり回復していた。カイキはお礼を込めて、自身の翡翠の玉がついた耳飾りを陽に渡した。
「お礼です。そんな大層なものではありませんが、商人に売ればそれなりの値はつくと思います」
「本当に良いんですか?私、そんな当たり前のことをしただけですし」
「あなたがいなければ、狼にでも殺されているところでしたから、受け取ってください。貴女は、命の恩人です」
カイキは陽に耳飾りを握らせた。陽は握らされた綺麗な翡翠の耳飾りを、飾り箱に入れる。


「折角ですし、うちの集落まわりませんか?」
「はい、是非」

陽は、カイキを家の外へと連れ出して、案内する。
王都と比べるとそこは小さくて、家もバラバラに立っていて、田畑もこじんまりとしていた。それでも集落の人たちは温和で優しい人が多いし、焼き物や稲作の技術は倭国よりも上。

「どうですか?旅商人的にはこの集落は」
「色んな集落を見たことがありますが、稲作も焼き物も質が高いですし、見どころ十分ですよ。それに、陽さん説明上手ですね。なんか、聞いていて楽しくなっちゃって」
カイキは久しぶりに思い切り誰かとお喋りを楽しんだ実感があった。部屋に閉じ込められて書物とにらめっこしていても何も面白くない。あぁ、こんなにも楽しいのはいつぶりだろう。
「同い年くらいですし、陽って呼び捨てで大丈夫です。それに敬語でなくても良いんですよ。この集落は小さいからか敬語で話すことはあんまりなくて、使い慣れてないし使われ慣れてもなくて」
「そうなん、だ。」
「そうそう」
「じゃぁ、私にも敬語は無しで良いで、良いよ」
敬語を使い、使われなれていると反対に変な心地だな。
「うん、そうするね、カイ」
ニコッと笑った陽に心を奪われた。眩しく輝いている陽。今まで、色んな人と出会ってきたが、ここまで笑顔ひとつに感情が揺らされることはなくて、初めてでも悪い感じはしない。
「あの、」
カイキは陽を呼び止める。
「うん?」
振り向いた君の顔を見てみたかったとは言えなくて。
「いや、何でもない」
「そう?」
陽はじりじりと暑い夏の道を涼しい顔して進む。カイキはそのあとを追う。額に汗が浮かんで、顎を汗が伝った。川沿いの綺麗な景色が目下に広がる。
「今日は暑いね」
「夏って感じだね、雑草抜き手伝わないと」
「そっか、美味しいお米作りには欠かせないよね」
「でも、今日くらい、仕事も忘れて良いかなって」
陽は、脚をチャプチャプと川につけて、手招きで呼ぶ。カイキは、無邪気に笑う陽のもとへ駆ける。
何気ない会話だった。他愛もない会話だった。でも、気がつくと辺りは暗くなっていた。神様が強引に太陽を連れ去ったみたいにあっという間だった。
「もう、暗いなんて神様も気まぐれだね」
「あ、それ、私も思ってた」
陽は、手を広げて丈の短い草が覆う堤防の斜面に背中を預けた。
「ありがとう、今日は」
「私こそ、ありがとね。くだらない事なのにあんなに笑う人初めて」
「陽に助けてもらって良かった。狼の餌食にならなかった上に、こんなに楽しい時間過ごせたんだもん」
陽に倣うようにカイキも堤防の斜面に体重を預けて空を見上げた。
「あ、見て、流れ星!」
陽は目をキラキラさせて、指を空へ向ける。流星群だ。無数の流れ星が頭上を通過していく。
「お願い事しないとだね」
「何それ?」
「知らない?流れ星にお願い事をすると叶うんだって」
「へぇー、そうなんだ。初めて聞いた。何、お願いするの?」
「自由に生きていけますようにって、好きな人と、好きなことをしながら一生を過ごしたい」
誰かに味方をしてほしいわけでも同情がほしいわけでもない、ただ自由がほしい。切実な願いだった。
「良いじゃん、じゃぁ私は、カイのお願いが叶いますようにってしようかな」
「え?それで、良いの?」
「良いの、良いの」
手を伸ばせば掴めそうな流れ星に目をつぶってお願いする陽を横目に、カイキは微笑んだ。今までのカイキを捨てて王宮を出たのだから、もういっそカイとして生きてみるのも悪くない。出身も家族もない放浪を続けるカイであってそれでいい。

一日で恋に落ちて、陽の神秘的な瞳と天真爛漫な笑顔がこんなにも見たいものになっている。


「おねーちゃん、早く帰ってこいってお父さんとお母さんが言ってる」
どうやら、帰りが遅いのを心配して弟が迎えに来てくれたみたいだ。その気配に気がついて、陽は立ち上がる。
「分かった、今から帰るから。カイ、今晩も泊まっていきなよ。今から、集落を出るのは危険でしょ?」
「良かったの?」
「うん」
陽はカイキに手を差し出し、グッと自身の方へ腕を曲げてカイキを立たせる。
「おねーちゃん、この人って倒れてたっていう人?」
「失礼でしょ、その言い方。旅商人の方なんだって。商品は、盗られたって言ってたけど」
陽が弟にそう言って、カイキは頭をポリポリとかく。商品を盗られた何て言うのは真っ赤な嘘だが、演技ぽくならないようにそう振る舞った。
「商品のない商人なんて胡散臭いよね。我ながらそう思うよ」
「おねーちゃんと結婚するの?」
知り合ってまだ3日も経っていないが、この時代では普通のことだ。特に、狭いコミュニティの場合は外部から来た人を積極的に招き入れて、結婚させることは珍しくない。それくらい、貴重な人員だからだ。
「え?」
だが、ずっと日本を離れて帰国後はほぼ部屋に閉じ籠っていた身だ。そんな当たり前はカイキには通用しない。だから、目が点になる。
「コラ、星、急にそんなこと言わないの」
陽は眉間にシワを寄せる。
「だって、おねーちゃん、カイさんを連れてきた時、スッゲー男前が落ちてたって」
陽は慌てて星の口を塞ぐ。顔を赤くしていることが、月光に照らされて分かる。カイキは頬を綻ばせた。そして、白い歯をちらりと見せる。
「男前かどうかは分からないけど、私が知る限りで陽は一番素敵な方だから拾ってくれて感謝してるし、陽と結婚できる人はきっと幸せ者間違いなしだね」
カイキはその幸せ者になれる者は自分でないことを自分自身に落としこむために、陽にそう言った。
「へ?」
陽は呆気にとられたと言わんばかりの顔をした。それが面白くて、カイキは笑う。

「ねぇ、もう帰るよ、二人とも!」
星は二人を家に連れて帰る。しっかりした弟だ。


    
しおりを挟む

処理中です...