王への道は険しくて

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カイキと陽

王の子

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「開喜と名付けるのはどうでしょうか?この利発そうなお顔立ちは、まさしくこのクニの益々の発展を導く者として相応しいです。喜び開かれんことを」
長い髭を蓄えたヨボヨボの爺さんが、生まれて数日の王子の顔を覗き込む。ベビーベッドの上で、すやすやと寝ている赤子はこのクニ運命を背負うことになるかもしれない、王様の次男。
「カイキか、良い名ではないか」
「私も、この子にぴったりの素敵なお名前だと思います」
王様と王子の母と長老様の緩やかな時間が流れる。
そこに、ダンと大きな音をたてて、やけに装飾の派手な男が入ってくる。女官の制止を振り切って強引そのものだ。
「貴様の子など我がこの手で捻ることなど造作もない。王子だ?分からない奴だ。こんな、出来損ないの女の、子が?」
「ゲルダ様、もう、そのお話はついているでしょう?」
「そうだ。カイキは王子である。口の聞き方には気を付けろ」
カイキの母は、元ゲルダの側室で、今では王様の側室だ。ゲルダは未練タラタラで、王もその女性も憎んでいた。元はと言えば、ゲルダの身勝手な性格について行くことが、できなくなっていた時に王様に言い寄られ不倫し、そのまま王様に正式に見初められたという訳だが、ゲルダは納得できていないらしい。カイキは生まれながらにして常に権力の派閥争いと共に生きていくことを余儀なくされた。



4歳になったカイキは10歳ほど離れた兄に酷く嫌われていた。兄は正室の子であることが誇りで、側室の子のくせに、王様が正室より側室が好きだからという、ふざけた理由でカイキの方が優遇されていることを許せなかった。それを受けて、カイキの母は、王位継承順位1位の顔をたてるために、王位継承順位2位の幼いカイキを大陸に送った。

 カイキはなんの事だかさっぱりのまま中国に着くとそこで待っていたのは、贅沢とはかけ離れた生活だった。

「なんだい?この子は、何も話せんし」
「そこをなんとか、お願いしますよ。この子は、列島きっての大国である倭国の王子でございます。貴国の素晴らしい学術を備えさせたいのです」
学校の寮に僅か5歳で入れられた。大人たちは多分、誰も責任も面倒も負いたくなかったのだろう。カイキを味方することは誰かを敵にまわすこと同然だ。

 寮での生活は始めこそ苦しいことやいじめなんかも多かったが、一年後にはすっかり寮生とは仲良くなっていた。優柔不断であると馬鹿にされたが、いつしか周りからの見方はどちらの意見も尊重できる心の広い奴になって、頼られることも多かった。

勉強もカイキは良くできる方で、成績は常にトップクラス。だからか、勉強が楽しくて仕方がない。寮も学校も好きだった。幼い頃から縛って世界の価値観を固定しようとする王室の考えとは反対のような自由の中でカイキは知識を蓄えていった。

11年後
「帰国ですか?倭国に」
「えぇ、王命です。カイキ様のお兄様がお亡くなりになったことで、王子として帰国せよと」
使節団の団長に呼び出され酷く困惑した。兄という存在はうっすらと記憶にあったが、王子になることなんて意識して生きてこなかったし、倭国に戻る気にもなれなかった。だが、王命に背くことなど許されず、楽しい学校生活を捨てて帰国した。

王宮は記憶のままの姿で、ゴクリと唾を飲む。
「王様、ただいま戻りました。カイキにございます」
「入れ」
入ろうとしたその瞬間だった、カイキは父親に頬を叩かれた。
「ふざけるな!何年待たせるつもりだ」
父の話によると、兄は5年前に病気で亡くなっていたらしい。カイキが大陸に渡ってから3人子供ができたがどの子も亡くなり、王子というポジションは空白だったという。

「今日からお前には王としての素養を身に付けさせる」
それは、地獄の宣言だった。
四六時中監視がついて、手と筆を紐で縛り付けられて、ずっと一人ぶつぶつと暗唱課題を押し付けられたり、帝王学というくだらない授業を受けさせられた。一時でも勉強を怠ると激しく鞭で打たれた。楽しかった勉強も一気に楽しくなくなった。遊ぶ時間は存在せず、完璧以外は価値がないとやり直しを強制された。
そんな生活が、1年半も続いた。
 閉ざされた空間にうんざりだった。限界だった。今まで父親の言うことに従順にしたがってきたが、カイキは深夜王宮を抜け出して裸足のまま逃げることを決意した。門番をまいて、川の上流へと走る。確か、川の上流には集落があったはず。そんなおぼろげな記憶を頼りに脚が千切れそうになるくらい、肺に穴が空きそうなくらい、とにかく王宮から離れることを第一の目標に駆け続けた。



 「ぶ?」
あれ、体が動かない。どうなってるんだ?目を開けるんだ、私の体、言うことをきけ!深呼吸だ、ゆっくり肺に空気を送るんだ。
「じょうぶ?」
カイキは片目ずつゆっくりと瞼をあげる。
「ここは…」
木で作られた天井、目映い太陽が差し込む。夏の痛いような暑さが僅かに和らぐ感覚。
「大丈夫?目を覚まされたのですね!良かったです。酷くうなされていたので」
ニュッと視界に入り込んだのは、同い年くらいの女性。驚いた顔をして、その顔はたちまち綻び、安堵の笑顔へと変わった。
「私は一体…あ、逃げないと!」
立ち上がろうとすると、ひどい立ちくらみに襲われて世界は暗転する。ガクッと膝から力が抜ける。
「どこへ逃げるのですか?倭国とここは相当に離れております」
冷えた手拭いを額にかけられる。気持ちいい。
「ここはどこなのですか?」
「川上集落です。倭国から一日では来ないい距離ですよ。普通だったら、3日はかかります」
倭国が使う川の上流にある集落にたどり着いたということか。良かった、ここが倭国でなくて。
「あなたは?」
「あ、失礼しました。私は、陽と申します、この集落の頭の娘です。貴方は、なんというお名前なのですか?」
「か、かい、カイです」
見知らぬ人に私の名など教えられるか。迷惑をかけかねん。
「カイさん、どのような理由がおありか分かりませんが、この集落ではゆっくり休んでくださいね。戻れない理由をお持ちなら、ずっと、ここでも」
「そんな、申し訳ありません。回復すればすぐに離れます。そ、それに、私は農民あがりの旅商人なので帰るところも、留まるところもございません」
「そうなんですか。大変ですね、逃げるっておっしゃたので何かに終われているのかと」
「夢を見てました。熊に追われる夢ですね」
カイキは嘘をつく。まさか、王子など悟られぬように。
「熊ですか…そういう夢って怖いですいね。あ、お腹空きましたか?すぐに何かお持ちします」
体は正直だ。グーッとお腹が鳴って赤面。
陽はクスッと笑ってから、一礼すると部屋を出た。







    
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