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北東村の訪問

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冬休み、部活も入っていない賛にとって最高の自由時間のような気もするが、賛にそんな時間があるわけもなかった。シューが鬼のような訪問スケジュールを立てたのである。選挙前最後の大幅な時間を確保できるチャンスではあるが、なかなかの肉体労働、毎晩毎晩遅くに帰っている。

「シューさんは、疲れないんですか?」
「疲れはするが、これも大事なことだからね」
賛はクニのあちこちを駆け回るということで、自転車を弥生時代に持ち込んだ。一緒に移動するシューにも物置から引っ張り出したママチャリに乗ってもらっている。
 きつい坂道に差し掛かり、自転車を押す。道はデコボコだし最悪だ。自転車に乗れば、おしりにアザでもできるんじゃないかと思う。じんわり凍っている地面をジュリジャリと踏みしめ進む。

「さ、着いたよ。賛くんのことは事前に知らせてあるから快く迎えてくれると思う。ただ、ここは…」
シューが賛に小さな声で囁く。
《ここは治安がいい地域ではない。貧乏人も多いし、それこそ王都や西南とは違って字が分かる者もほとんどいない。一年ほど前に戦争を経て倭国に仲間入りをした村だ。票も動くと見ている、ちゃんと投票してもらえるように頑張るんだぞ》
「はい」
シューが事前に村の情報を教えることはあってもこんな風に声を小さくして言うことはなかった。そして、シューは少し気の進まなさそうな雰囲気を出していた。



「よくぞお越しくださいました。村長の星です。こちら、村の案内の稲です」
どうやら名前の雰囲気も全然違うようだ。それに、村長と名乗ったのは十二、三才の少年。背も低く、声も高い。
「ど、どうぞよろしくお願いします」
若干戸惑いつつ、村に足を踏み入れる。

村に入ると、その異様さが伝わってくる。
なんだ、子供しかいない?そりゃ、弥生時代の平均年齢は若くはあるが、ここまで小さい子ばかりというのは見たことがなかった。それも皆、十数歳。田畑は荒廃しツンと鼻をさすような臭い。思わず、手で口元を覆ってしまう。家も粗末でウサギ小屋を彷彿とさせる。

「さ、ここで演説を」
「ありがとう、稲さん」
そこは道の真ん中の小さな台。村人はほぼ誰もいない。呆然と台から村を見渡す。どこも、質のいい暮らしをしてそうな人は見当たらない。シューからの事前情報を踏まえ少しずつ演説内容を変えるのだが、ここまで荒れて荒んでいるとは思わなかった。
「イテっ」
「どうした?」
「なんか、石を投げられたような感じがして」
シューは石を手に持つ少年らを見つける。手でおいでとやってみるが、そうすると逃げ帰る。

「星村長、なかなか人が集まりませんね」
「もう、話し始めてください。きっと、いくら待っても来ないですよ」
賛は少し考えてから、声を張り上げて堂々と話し始める。
「教育を受けることで、戦争を…」
すると後ろから泥水をふっかけられる。ビックリしすぎてすぐには反応できない。氷みたいな冷たさだし最悪だ。

「良いご身分が、戦争とか知ったような口で言ってんじゃねぇ!教育だのなんだのそんなもん金持ちの道楽だろ!バーカ!」

「こら、なんてことをするんだ!折角、お越しいただいたんだ」
星が少年グループを咎める。
「うっせぇ、星。だいたい、てめぇのせいでこうなってること忘れんじゃねぇ。俺らに偉そうな口聞くな」
「違うだろ?お前らだって、良くしようとか考えてないんだろ。誰かに押し付けて、俺の身にもなってみろよ!」
星もスイッチが入ったようで今にも拳を振り上げそうな勢いである。
「まぁまぁ、落ち着いて」
シューと稲が仲裁に入る。
「あぁ?黙れ、俺は」
「うんうん、ハイハイ」
「お前も、戦を体験したことなんかねぇんだろ。王がこの土地を見てなんと言ったか知ってるのか?知りもしない奴等が俺らの心に土足で入ってくる」
「いや、私も戦争は経験をしている。ちょうど君たちくらいの年齢の頃だ。私を守ろうとした大人は皆殺された。仲の良かった友達も消息不明になった。それでも、まだ、君たちの気持ちの少しも分かることが出来ないのかな?」
少年グループは口をつぐんだ。
 賛は、その様子を見てグッと拳を握った。
俺がいくら言っても、シューの言葉やヒミカさんの言葉の何百分の一にも及ばない。だったら、俺がこの子供たちを納得させるにはどうすれば良い?俺は無力すぎるだろ。良くしたいと俺が思うほど理想からは遠退くような気がした。
 泥水が髪の毛を伝って顎を伝って地面に水滴となって落ちて行く。
一体このやり場のない悲しみや憎悪をどこに向かせるべきか、失くすべきか。

「おい、続き話せよ!コイツが言ってんのが本当だったら、お前、本気で戦争なくすこと考えてんだろ?俺らに教えろ」

唐突に下から声が聞こえてハッとする。前髪をかき上げ、目を開ける。
俺がやるべきことは、上辺の共感や同情、その場しのぎの支援じゃない。彼らのこの負の感情を紛らわすことじゃない。俺が、実現したいことは、みんなが安心して暮らせる平和な世を築くことだ。俺が生き延びるためだけに王を目指してもダメだと思ったはずだ。

「僕は、戦争は無知が及ぼす最悪の事態だと思っています。知識が乏しければ、人は簡単に都合の良い広告に騙され道徳的の概念が変わる。だから、そんな、一部の人が勝手に決めた決まりに、いろんな方面で知識を組み合わせて判断する力があれば戦争は起こらない。耳を傾け真実を知る努力を怠らないことです」
「お前が並べるのは綺麗ごとだな」
お前か、俺もまだまだだな。
「…そうですよね。理想論、綺麗ごと、机上の空論かもしれない。でも、私は諦めるつもりはないです。それは、あなた方のような境遇の人を助け、新しく生まないようにするためです。僕を含めてそれを実現したい想いが現実を動かしていくんですよ」
力強く高らかに言った賛の周りには気付けば、北東村の若者が集まっていた。
「おい、そりゃ俺らにも出来ることなのか?」
誰かがそう言うと、黙って聞いていた群衆が波をたてて迫ってくる。不平や不満、不自由な生活を嘆く声。賛にはそれを聞き分けるような聖徳太子スキルはない。だから、賛は一人一人と向き合う。
「分かりました。僕はここに立っているので、押さないで並んでください。そして、教えてくれませんか?何をしたいか、どうなりたいか」
シューはやれやれという表情をするが、これも賛くんの良いところだなと賛に声をかけて、賛の隣に立った。
「俺は…」
「あたしは…」
「うん、そっかぁ、確かに、ちょっと書いてもいい?」
誰かが喋って、賛が頷く。そして、ペンを走らせる。

小さな村ではあったが、皆の話もなかなか長く、日は傾いてきた。最後の一人が、メモをする賛の肩をポンと叩いた。
「きっと良い王になれるよ、青年」
「あ、ありがとうございます」
その人は、星の姉だそうで綺麗な目をしていた。歳はいくつだろう。賛よりは少し上、シューと同じくらいかちょっとだけ下?戦争があって王都の人との縁談も立ち消え、職も失ったそうだ。美しいが悲しみを滲ませる青みがかった瞳を前に、賛は「大丈夫ですよ」「分かりました」という言葉は使えなかった。
 彼女の話は戦争を失くすことだけではなくそのアフターフォローが大事だということだった。彼女自身、戦争で家族を失って気を病んでいた時期があり、今でも万全ではないそうだ。だけど、必死に前を向いて歩き出そうとしている。なんとなく、その境遇と雰囲気がヒミカに似ているような気がして他人事に感じられなかった。



「お疲れ様」
シューは爽やかに笑いかける。
「シューさん、すみません、この後も予定入ってましたよね」
シューは頭を横に振る。
「そうでしたっけ」
なんか最近は忙しくしすぎて予定もハッキリと覚えていない。
「あぁ、この村で長くなることは想像していたから、この後には予定は入れなかったんだ」
「そうだったんですか」
シューにはお見通しのようだ。
「きっと、この村の人たちを見たら賛くんは必死になっていろいろやってみようとすると思ったしね。でも、まさか一人一人の話を聞いていくとは、君はやっぱり凄いよ」
「シューさんがいろいろ教えてくれたからですよ」
賛は拳に力をこめた。
俺は、少しずつでも前進してる。一歩は小さくても良い、進み続ける方向は間違っていない。
そんな自信が沸き上がる。
「じゃぁ、そろそろ帰ろうか」
「はい」
自転車をこぎつつ、何気なく空を見ると、月が浮いていた。満月は二台の自転車の影を地面にうつす。空気は冷えきって、手先は凍っているも同然だ。


「ただいま」
「おかえりなさい、毎日大変ですね」
ヒミカが出迎える。緊張が緩む。暖かい部屋に笑顔のヒミカとタヨ。
「大変ですが、楽しいです」
ヒミカは髪を櫛でときながら、頷いた。
「賛さん見てみて、表彰された!」
一位の文字が賞状には踊っている。
「タヨさん凄いです!」
「今日はずっとその話ばかりで」
「それだけ嬉しいってことですね。何で表彰されたんですか?」
「それはね…」
タヨが熱心に話すことに賛は耳を傾けて、タヨのことを褒めたり、一緒に盛り上がったり。
その姿を見るたびに、グッと胸が苦しくなるヒミカ。本当にこの人が王になってはいけないの。近くで見ているから、どれくらい頑張っているかは知っている。どれくらい善良な人であるのかも知っている。だから、いつかこの人の努力をなかったことにしてしまうことがいつの間にかすごく苦しくなっている。

タヨはもう一枚賞状を持ってきた。
『最優秀賞』とそこには書かれていた。家族に関する作文を学校で書いてそれが表彰されたということだった。
「賛さん、姉上と結婚してくれてありがとう」
パッと顔をあげるヒミカ。
「急にどうしたんですか?」
「だって、タヨ、今すごく楽しいんだもん。賛さんがタヨと一緒にいて。姉上も賛さんと喋ってるときは本当に楽しそう。タヨの父上と母上は亡くなっているから、皆みたいな家族じゃないかもしれないけど、タヨは今の家族が一番特別で大好き」
はじめはあそこまで嫌われていたのに、人の気持ちというのはわからないものだ。でも、タヨからその言葉を聞いて超をいくつつけてもきりがないくらいに嬉しかった。
本物じゃない そんな事実を通り越して、タヨを思いっきり高く持ち上げた。
「タヨ、良かったじゃん!」
満面の笑みを浮かべるタヨに、若干の後ろめたさがついて回るヒミカは、それをふりきるように笑顔を見せた。

北東村の人たちにも、それぞれの家があってこんな生活をしていたんだろうな。荒れていても、きっとそれは今の話で、過去にも未来にもずっと生活は続いて、僕はそれの支えになることは叶うかな。







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