思い出を探して

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告白

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賢太郎は緊急事態に高田先輩と安道先輩を家から追い出す。

やがて家に戻ってきた怜。
パチン!痛々しい音が家に響く。涙目をした怜。怒りと悲しみが混ざった瞳。生まれて初めて、伝わるジーンとした痛みを伴う手のひらの感覚。
賢太郎は顔を背くことなく怜の方をまっすぐに見た。
怜さんは分かってくれる。
「賢太郎さん、あれはどういうことだったんですか?」
「ごめん。あれは、偶然起こった事故で」
「事故であんな風になるわけがないじゃないですか」
陽葵に覆い被さりキスをしていた。そんな姿が思い出される。
「僕も驚いた、高田先輩にも謝ったし、二人とも事故やって思ってる」
「そういうことを聞いているのではありません、賢太郎さんは、あのとき何にも思わなかったんですか?だいたい、私が家を出たことには気づきましたよね?それに、おかしくないですか?あんな事が起きたのに故意じゃないって」
私、どうしたんだ?どうしても許せない。自分の気持ちと頭と口と行動の全てが噛み合っていない。自分が自分じゃないみたいな、そんなことは分かっている。賢太郎さんを責められる訳ではないと理解はできるのに。なんだこのモヤモヤ。賢太郎がキスしたこともその相手が陽葵だったことも全部、怜にとってはいやだった。
「誤解されるような態度をとって悪かった、でも、本当にあれは事故で、怜さん分かって」
「そんな風に言われて、はいはい、分かりましたなんてなるわけがないじゃないですか!」
「本当に自分でも信じられへんし、怜さん、ホンマにそういうつもりはなかったんやって」
「そういうつもりがなかったとしても、どうしても分かりません!もう、話さないでください!」
感情にまかせた言葉が、賢太郎のことを深く傷つけている。目の前の賢太郎の表情を今まで見たことがなかった。
「ごめんなさい、私はお風呂行ってきます」
怜は賢太郎の顔を見ることはできなくて、逃げるように脱衣所に行った。
「待って」
賢太郎がどれだけ弁解を試みてもすべては無駄だった。

 脱衣所の鏡に写る自分は、酷い顔だった。ぐちゃぐちゃで穢れている。
 賢太郎の頬を叩いた自分の手だって他人の手みたいで、まるで、自分がこの世でもっとも嫌うあの男。お母さんの再婚相手、あんなに嫌なのに、賢太郎さんへの態度はあいつと何も変わらないんじゃないか。
一瞬でもそう思ってしまえば、その手が小刻みに震え出す。
「なんで…」
怜は震える手を反対の手で押さえつける。
どうすれば…


怜が考え付いた方法は、思いもよらないものだった。

自分の気持ちを素直に伝えよう。賢太郎さんにどう思われてしまったってこのまま、心に秘めて、言わないなんて毒だ。

床でなぜか正座をしている賢太郎。

「賢太郎さん、私と向かい合ってください」
敬語は心の離れの現れ。そんなことを、思いつつ、賢太郎は言われた通りにする。
「目をつぶって、後ろを向いてください」
怜は、賢太郎の顔の方向に移動する。
相変わらず、綺麗な顔をしている。
そして、賢太郎の顔にジリジリと自分の顔を近付けて、息を止める。自分も目を閉じる。うるさい鼓動を体に溶かす。そして、賢太郎にそのままキスをした。フワッと怜の香りがする。2秒間。賢太郎は目を閉じたままだった。

えっ?

「目を開けてください」
「えっと、今のは?」
ちょっと、いや、相当、訳がわかっていない賢太郎。だって、さっきまで、え?風呂になんか入ってた?え?どういう?ん?
耳の先まで、赤くなった怜。
「これで、私の気持ち、分かりましたか?もう絶対に、他の人と同じことはしないでください。お願いします」
ようやく状況が飲み込めた。ブワーっと顔が熱くなる。
「はい、しません」
それ以外の返事なんて、この顔を前にしてできるわけない。賢太郎は怜の目を見て誓う。
 怜は気持ちを伝えるのが不器用だ。プロポーズを受けたときだって、すぐに はい と言わずに、指輪をはめて、、
怜さんはずっと怜さんでただ一人。

「きっと私はもう一度記憶を取り戻すことは難しいと思います。だって一年以上、経ったのに思い出せないし。でも、同じ人を好きになって、同じ人に恋をしてるんです。勇元賢太郎という人に」

賢太郎は、怜を抱き寄せる。
「僕も、好きやで、前の怜さんも、今の怜さんも。怜さんが一番好きだ」
女性の体って、こんなに細かったっけ。怜からは柔らかい石鹸の香りがして、思わず、ギュッと力をこめる。すると、怜が賢太郎の背中に手を回した。
 肩に怜の気配を感じて、この人を一生幸せにしたいと思った。一生、一緒に生きて、どんなことも、乗り越えていける自信が湧く。もう、二度と、あんな思いはさせない。これからは、二人で幸せになるんだ。
みなまで言われると恥ずかしくなる二人。
「二人で幸せになりましょう」
賢太郎は、怜の返事に耳を傾けた。
「幸せに、なります」
小さい声。でも、暖かみのある声だ。

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