思い出を探して

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季節は進んで、夏の熱気も日差しも徐々に弱まって、風が吹き抜けると、人によっては寒いと感じるかもしれない。

「怜さん!」
(ゲートで)
「怜さん!」
(食事中に)
「うわぁ、色々あんねんな、あ、これなんかどう?」
「かわいい」
と言って、商品を手に取るが、眺めて戻す。そして、なにも購入することなく、店を出る。
「なんか、ほしいもんあった?今日は、一応、記念日やから」
ベンチに腰を掛ける。
「うーん、特には、」
賢太郎さんいわく、今日は、結婚式を予定していた日らしい。もし、私が記憶さえ失わなければ、結婚一周年だったのかな。
「今日は、ちょっと奮発しても何か、怜さんが喜びそうなものをっと思ったんやけど、何がほしいんかわからんかったから。なんか、したいこととか」
怜は、海を望める観覧車を見る。
でも、観覧車とか幼稚だとかって思われたらどうしよう。怜は、「観覧車に乗りたい」と言うのをちょっと躊躇う。多分、賢太郎さんだったら、バカにして笑ったりすることはないだろうけど。
「観覧車とかどう?あの観覧車、日本一やって。アハハ、やっぱり幼稚かな?」
え?心の声、読まれた?
ただ、これで乗りたいと言い出しやすくなった。
「観覧車、乗りたい!」
「じゃぁ、行こっか」
「はい」

乗り場に到着すると、案外空いていた。平日だったからだ。
スケルトンゴンドラが回ってきたが、賢太郎が高所恐怖症だからということで次の箱に入った。(はしご車は平気らしい)

「待ち時間なく乗れてラッキーやったな」
「うん」

「・・・」
何か、話のネタを!

「あ、あれ、さっきの店、上から見るとあんな形なんや」
「本当だぁ、上から見たら変な形」
「そうやな」

「・・・」
密室で無言ほど気まずいものはない。
賢太郎は、景色より怜の方を見てしまう。怜は、下の景色を楽しんでいるようだが。

いよいよ、頂上に差し掛かろうと言うとき怜の方が口を開いた。視線は、観覧車の外、海に面する窓を見たまま。

「あの、どうして、賢太郎さんが私なんかを好きなのか、ずっと疑問に思っていて、思い出をなくして、賢太郎さんとの大切な思い出だったのに、思い出せなくて、私と話していてもつまらないんじゃないかって、私は楽しい会話をしたりするのは下手で、賢太郎さんみたいな素敵な人がどうしてって」
うつむく怜。正面に座る賢太郎は怜の膝の上、ちょこんと置かれた手に自分の手を重ねる。そして、怜をちょっと覗き込むようにして言った。
「僕の方こそ、怜さんと一緒に居てもいいのかなって、僕には何か秀でた才能があるわけちゃうけど、怜さんは皆から信頼されてて、器用だし、それに、優しくて真面目でかわいくて、、僕は怜さんの記憶とか、思い出を好きになったんじゃなくて、僕は怜さんやから好きになったんやで。やから、私なんかとか思わんといてせめて僕の前では」
ニコッと笑う賢太郎。
怜は、賢太郎の言葉が、ジワッと細胞に染み込むような感じがした。どうして、この人は、そんなことを言えてしまうのだろうか。私がほしい言葉を知っているみたいに。
「…はい」
怜は小さく返事をする。そこで、賢太郎は怜の手に自分の手を無意識のうちに重ねていたことに気づいて、慌てて手を離す。
「あ、いや、これは、その」
好きでもない男からいきなりこんなことされたらドン引きやろ!
賢太郎はそう思って焦っている。

「もう少しこのままが良いって言ったら賢太郎さんは嫌だって思いますか?」
怜は依然として窓の外の海を眺めたままボソッとそう言った。窓に薄く写る自信の顔が、微かに赤く染まり、こんな顔で賢太郎の方を向ける訳がなかった。
「、、、嫌じゃないです」

 観覧車は下に着く。
「はーい、お疲れさまでした」
「ありがとうございます」

「良かったね、観覧車」
「日本一高い観覧車の頂上からの景色は凄かった」
怜はそういいながら頂上からの景色は眺めていないことに気づく。正確には、視界に入るが、視覚まで意識が回らなかった。
「僕は、見る余裕なんかこれっぽっちもなかったで」
「賢太郎さんは高所恐怖症だから」
もちろん、互いに緊張していたから景色を見逃したのである。
「はしご車は平気やねんど、ハハ」
「あの、もう少し回ってから帰らない?」
「うん、怜さんはどこみたいん?」
「向こうの建物のお店を」
指の先の建物はここから少し離れていた。
「お、良いな」
二人は、一緒に歩き始めた。

「手を繋ぎたい」
小さい声。あまりにも細い糸のよう。賢太郎は、何も言わずに手を出す。
「寒くなってきたな、もう秋って感じ」
賢太郎が季節のせいにしてくれるから、恥じらいが少し薄れるような心地がする。賢太郎さんは私よりも私の心に詳しいんじゃないだろうか。そんなことを思ってしまう。
「はい」

建物に入って、寒くはなくなったが、二人は手を繋いだままだった。
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