思い出を探して

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退院

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外はどんよりと雲っていた。ポツリポツリと雨が降り始めて、久々のアスファルトの地面に丸いシミをいくつか作る。
 怜はまだ腕に簡易ギプスを巻いているが、痛みもほとんどなくなって、今日、退院の日を迎えた。約1ヶ月間の入院生活ともおさらばだ。

「あ、怜さん!」
勇元さんは、私と同伴の私の父に手を振る。
「おぉ、賢太郎くん、わざわざありがとうね」
勇元さんは、「僕が荷物を持ちます」と言って、私の服やタオルなんかが入った鞄を、父から受け取って、それから、紙袋に入ったお菓子を父に渡した。
「良いのかい?」
「はい、僕からの退院祝いです」
勇元さんはそう言うと、怜の方を見ながら微笑んだ。怜はフイッと目をそらす。
父はその様子を見る。
「悪いね、賢太郎くん」
「いえ、早く良くなることを願うことしか僕には出来ないですし、まぁ、何より、無事に退院出来て、僕的はひと安心です」
勇元さんはどこか寂しそうな顔をしていた。
「車で来てるんで、車、まわしてきますね。雨も降り始めちゃいましたし」
勇元さんはそう言うと、やや強まった雨の中、駐車場を駆ける。

「お父さん、勇元さん、雨に濡れないかな?」
「まぁ、多少は?」
「まだ、勇元さんのこと、全然思い出せなくてさ、申し訳ないんだよね。勇元さんは、私に良くしてくれているのに、私は何も出来ないから」
「賢太郎くんは、怜が笑ってくれると喜んでくれると思うんだけどな」
「なんで?」
「なんでって、そういうものなんだよ」


白い軽自動車が止まって、窓がウィーンと下がる。
「後ろの席、どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
白い軽自動車の中は、特にカバーとか装飾もない。標準のまんまの車内。匂いもほとんどない。

家まで送ってもらう30分。父と勇元さんは楽しそうに話す。それを見ていると、どうやら私は勇元さんを父にも会わせていたんだろう。まあ、婚約者なら全然あり得る話何だが、なんか不思議な感じがする。

家の前に到着すると、勇元さんは、車を停める。
「到着です!怜さんの荷物はトランクにあります」
「OK、ありがとう。あ、家でコーヒーくらい飲んでいく?」
父からの提案に、勇元さんは少し悩む。
「今日は、怜さんもお疲れかもしれませんし、遠慮します。また、機会があれば、その時は頂いて良いですか?」
「良いよ、じゃあ、またの機会で」
「怜さん、またな」

怜は何度かペコペコと頭を下げて、走り去る軽自動車を見送った。ピカピカッとサザードランプが二回点滅して、まるで、勇元さんが、見送りにたいして手を振っているかのようだった。


家に入って、勇元さんがくれた紙袋の中を見る。
「手紙?」
怜は、封筒を開ける。

『明神怜さんへ

退院おめでとうございます🎉
記憶を失くしていると聞いても、やっぱり、信じられへんくて、入院中、ちょっと、うざかったかもしれません。それは、ほんまにごめん🙏

改めて、自己紹介するな。

勇元 賢太郎  27
出身  大阪 
職業  消防官
性格  優しくて真面目な方。ちょっと臆病
趣味  映画と料理

怜さんの婚約者やで。三回の夏くらいから付き合って、半年前に旅行先でプロポーズして、OKをもらってん。

これからも、よろしくお願いいたします。

よくデートで行った水族館、リニューアル工事中で一部見られへんかったんやけど、工事終わったみたいやし、また行かへん?
怜さんと行ったら、楽しさ倍増間違いなし!また、行ける日教えて💬


怜さんの怪我が早く良くなりますように!

体に気をつけてね。
思い出もゆっくり探していこう。思いだせへんくても、新しい思い出で上書きしていこう。

ずっと、好きです。

勇元賢太郎』

手紙を読んで、微かに頬が暖かくなるのを感じる。関西弁口調の手紙、ちょっと子供っぽい感じもしたが、新鮮味がある。それから、最後の言葉。例え、私が何も恋愛感情がなかったとしても、誰かに好意を向けられていることに悪い気はしない。
「へー、何て書いてあったの?」
「お父さんには内緒」

怜は、手紙を2階の自室の勉強机の引き出しの中に隠すようにしまう。

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