ソーダ色の夏

N

文字の大きさ
上 下
19 / 19

番外編 大人になった私たち

しおりを挟む

 誰もがいつしか大人になりそれ相応の心を持つ。それは少年少女であったあの4人も例外ではない。

社会人になった、4人は久しぶりに一同に会した。場所は、琥珀が経営する居酒屋。東京の大学から大学院に進んだ紅葉と東京にすむ琥珀ですら互いに忙しく連絡もなかなか取り合えていない。蒼士と紅葉は紅葉が帰省したときにちょくちょく飲みに行っている。


「蒼士は警官?いやぁ、凄いな、あ、そういや、指は?」
蒼士は目線を下げて自分の手を見る。
「あぁ、紅葉が腕のいいお医者さんを紹介してくれてそこで手術を受けたんだ。ちょっとつっかえる感じがあるけどスゲー良くなったよ」
「翠ってあれなんでしょ、今年のプロジェクトの代表参加の服をデザインしたんだよね」
「うん、まさか僕のが選ばれるなんてね。あのときは、中学のジャージ着てたのに」
「アハハ、確かにそうだったわ、」
「紅葉は今何の研究してんだ?」
「ホッジ予想」
「初耳だなぁ、それは」
「僕、聞いたことだけはあるよ。数学そのものの真髄に触れる予想だって」
「結構面白くてさ、」
「え!蒼士、左手の薬指」
「俺、結婚したんだよ、春にはパパだ」
「蒼士がパパだよ、私なんかまだ学生なのに!
ビックリだよね」
それは4人が過ごしたバラバラの時間を埋めるのには十分すぎる時間だった。
「おい、起きろよ紅葉」
紅葉は酔いつぶれてしまった。もとより酒には強くない。
「わりぃな二人とも。」
「蒼士、僕がタクシー呼ぶよ」
「サンキューな」

偶然、紅葉と蒼士は隣のホテルとアパートに泊まっていた。タクシーのお金は、蒼士が出す。2000円くらいだった。


残された二人は、琥珀の行きつけのバーに移動する。

「うん?なんか、顔についてる?」
「いやぁ、ただ、美人だなって」
大人になった琥珀は誰が見ても美人だと納得する端正な顔立ちだ。翠は琥珀に淡い恋心を抱いたまま大人になった。
「そんな冗談、言えるようになったんだ。」
「はは、冗談、、、あ、琥珀はいつからお酒飲めるようになったの?」
本気、だったんだけどな。
「う~ん、徐々に体をならしていって飲めるようになった」
「そうなんだ、あの時は本当に驚いたよ」
「あんまり覚えてないな」
「そうだよね、もう8年も前のことなんだし」
「あのさ、翠は結婚とか興味ないの?」
「あるけど、友希が20になるまではしないと思う。それこそ、君みたいな、、」
君みたいな人と結婚したい。と言いかけて言葉を飲み込んだ。
「あたしは、恋愛を知りたいな」
そう吐息混じりに吐いた言葉はなにかはらんでいた。その言葉の裏には、恋愛することはもう無い。だから、知ってみたかった。というニュアンスが見えかくれする。

「もう出よっか、終電、あるでしょ」
「あ、うん」
翠は、店から出て琥珀の隣を歩いて、そっと手を琥珀の寄せる。琥珀はパッと手を引く。
「ゴメン、まだ、もう少し琥珀と居たくて」
正直な気持ちを吐露した。琥珀は立ち止まってハッキリと一言言った。
「私は、翠と居たくない」
一瞬、目の前が暗転した。理解が追い付かなかった。いや、そんなにハッキリと断られるなんて。
「私、大人になったから。もう、あのときとは違うから。翠といると、分からなくなる。自分の気持ちも何もかも。一緒にいたらダメなんだよ。もう一度あなたのことをスキになりそうで怖いの」
琥珀はそういうと、左手に光るものをちらっと見せる。あぁ、そういうことか。そうか、そうか、なんで僕は気づかなかったんだ。僕は、やっぱり、琥珀に選ばれるような人ではない。
「そっか、おめでとう」
作り笑いはうまくできただろうか。
「親が選んだ許嫁。同じ、大堂っていう苗字なんだよ、笑っちゃうよね」
琥珀の乾いた笑い声が閑散としたビルの間に響く。いや、実際には閑散としてなんかいない。あちらこちらで人の声が絶え間なく聞こえている。けれども、翠の耳には琥珀の声が妙にハッキリ聞こえるから、そう感じるのだ。
琥珀はそれでも駅まで送ってくれた。
「またね」
「うん」
片手を振って改札の前で一旦立ち止まる翠。長い片想いが正確に言うならば、いつの間にか片想いになっていて、それが終わって。片手で目尻を押さえる。それくらい、翠にとって琥珀の存在は大きかった。
 バッと後ろから暖かい人に包み込まれる。

「ずっと、ずっと、好きでした。」

あまりにも切実な声は翠の鼓膜を振動させる。

「幸せになってください」

翠は、琥珀の顔を見ることは無かった。翠は、ピッという夜には妙に浮く音をたてて、改札をくぐる。

「琥珀さん、」
駅には優しそうな顔の男性がターミナルで待っていた。男性は毎週、この曜日は友達とチェスを終電までして車で帰る。たまたま、琥珀を見てターミナルまで戻って待っていた。
「秀さん?ごめんなさい、私、」
溢れる涙。
「私たちは、私たちの速度でゆっくり幸せになりましょう。時間がかかっても、私は一生あなたを愛し抜きます。」

妻になるという人が、男と一緒に歩いている姿を見ても、ハグをしている姿を見ても、彼は怒ったりしなかった。ただ、決して大きくないが芯のある声で、愛してる。と言った。ただの許嫁、親が決めた結婚相手。それでも、誠実に真剣に秀はじっと琥珀を見つめる。
 急に決まった縁談。準備ができていないのはお互い。気持ちの整理だってまだだ。でも、今日でハッキリした。

「私も、秀さんが好きです。嘘偽りなく本当に」

翠は一歩を踏み出せなかった。ずっとずっと変わらないまま。琥珀は新しいところへ一歩踏み出した。

「きっと彼はすごくイイ人なんでしょう。だって、あなたが好きになった方です。」
琥珀は秀にあれがどういう相手であったか素直に全て話した。
「はい。」
「良かったです。話を聞く限りでは、琥珀さんが好きになった方があまり私とかけ離れていない人で。初恋だったんですか?」
「忘れられますか、初恋って」
「忘れられないでしょう。だから、忘れようとしないでください。きっとそういう体験が琥珀さんを作っているので。むしろ、感謝かもしれません。」
秀は、そういうと爽やかに笑って見せた。店のために婚約させられらと思っていたが、やっぱり、この人が好きになってしまったようだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

リストカット伝染圧

クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。 そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。 鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。 リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。 表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...